第10章 楽しい行事



 私達が学んでいる騎士学校は、騎士になる為に必要な、技能と知識を身につける学校である。

 ……と言っても、実はいつも剣についてばかり教えているわけではない。

 詰め込み過ぎは良くないし、適度な息抜きは、学習の効率を求める上では必要不可欠だ。


 そういうわけで、フィンセント騎士学校では定期的に学生たちの為にイベントが催される。

 それは先に行われたような反省会の様に、課題や授業の延長線上にあるものもあれば、行楽や旅行などの様にまったく関係のない物も……。


 今回は後者の番だ。








 アルケミスト領 カルディナ湖


 透き通った色の、宝石のエメラルドの様な湖が目の前にある。

 私達がいるのは、その湖の近くに建てられた宿泊施設の前。


 学生達の息抜きにと考案された旅行。

 それ参加した私は、他に名乗りを上げた者達とともにアルケミストのカルディナ湖に来ていた。

 旅行の工程は一泊二日。泊りがけだ。

 帰りは明日の昼頃になるだろう。


 正直アルケミストは、以前課題に失敗した遺跡が近くにあるので良い思い出はないのだが、楽しい事好きなニオに引っ張られる形でこうしてここに来てしまったのだ。


 ステラも別に楽しい事は嫌いではない。

 他の者達と一緒に思い出を作りたいとも思う。


 だが、町を出てきた時の事を考えていたら……ちょっとだけ憂鬱になってしまっていた。

 町の周りには森がある。

 出かけるなら、当然森を通って抜けなければならない。

 私にとってはそれは苦行そのものだったのだ。

 帰る時もまた、通らなければならないのだろう。


「はぁ……、やっぱりまだ治ってなかったのね」

「どうしたんだステラ。俺悩みなら何でも聞いちゃう。何が「はぁ……」なんだ?」


 声をかけてくるのはツェルトだ。


「ちょっとね、昔あった事を思い出してただけよ」


 ほんとはそれだけではないが、あえて旅行中の身である彼に教える事でもないだろう。

 ステラが森が苦手であると言う事や、森に囲まれている王都の外に容易には出られない事など。

 彼に言ったところで、どうにかなるわけでもない。


「ところでツェルトはどうして?」

「俺がステラに話しかけるのに理由なんかいらないだろ。ステラと話したいから話すんだよ」

「退屈だったの?」


 話をしたいから話をしてしまう程、他に何もやる事が無かったのだろうか。

 そんな風に思えばなぜかツェルトは脱力。


「そうなるよな! ステラだったらそうなるって最近俺分かって来た! でも挫けない!」


 挫けないらしい彼は自分に気合を入れた後、ステラに手を差し出してくる。


「行こうぜステラ。落ち込んでたってしょうがない。今日のこれからの予定はまず水辺でお遊びで、せっかくここまで来たんだ。目いっぱい楽しまなくちゃな」

「そうね」


 ひょっとしたらツェルトは私が元気がないと分かったから声をかけに来てくれたのかもしれない。

 差し出された手を掴むと、勢いよく引っ張られる。


 向かうのは近くにあるカルディナ湖の周辺。


 そこで皆と集合して、ちょっとした水遊びをする約束なのだ。


 運動が苦手な人は、絵を描いてたりのんびりしてたりしてもいいだろう。一応は自由参加だが、せっかくなのだから行かなくては損だ。


 この湖では精霊が住むなんて噂もあるから、滅多に人に姿を見せない精霊を見る事だって、ひょっとしたらできるかもしれない。






 集合場所に行くと、皆はもう楽しんでいる様だった。


「そーれっ、鬼はニオだぞー。むしろニオが鬼だー。きゃー!」


 ニオが集団の中心になって、人が行ったり来たり。


 クラスの中の工作が得意な人が作ったらしい道具……木製の水鉄砲を持って、水をかけ合いハシャギまわっている。


「ニオ程、旅行を満喫してる人は他にいないかも」

「盛り上げ役として最適だよな」


 水辺での楽しい一幕を外側から眺めているとそれがよく分かる事だった。


「おやおや、お二人さん。手なんか繋いじゃってお熱いのなぁ」


 そんな風にしばらく集団観察していると、ライドが声をかけてきた。

 からかうような声音で、面白がるような表情。


 私には彼がそんな事をわざわざ言って来る意味が分からない。


「そんなに面白い見世物?」


 何かこの行動におかしな所でもあるのだろうか。


「くそう、意識されてない事がありありと分かるぜ。でも俺忍耐強い男! やっぱり挫けない!」


 繋いでいた手が離れて、ツェルトは先程と同じように悔しそうな、不満そうな、または抗いに奮起するような表情で拳を握る。

 私としては、そうやって何事かに奮起されるよりは説明して欲しい気持ちがあるのだが、何となく聞いてはいけないような気もしてきた。


「皆楽しそうね」

「ステラも交ざってくればいいじゃん。ニオに目を付けられたら大変そうだけど」

「ツェルトは行かないの?」

「俺はちょっとやる事があるから」


 どうしてあんなに楽しそうなのに交ざらないのだろうか、と問えば、ツェルトは意味ありげな視線をライドに送ったりしている。


 彼は何か他にやりたい事があるのだろうか。


 意外と手先が器用で、クラス一番とまでは行かないが小物を作る事が出来るツェルトは、ニオに何か頼まれて他に遊び道具の製作でも任されているとか……。


「いや、それも楽しそうだけど今回は他に適任がいたから、そっちにまるっと投げといた。俺がやるのは……ちょっとした修行だな」

「修行?」


 ツェルトは何かを思い出すような仕草をして、表情を曇らせた。


「ほら、俺この間の課題の時、途中からずっと役立たずだったじゃん?」

「それは……」

「あんな風にならない為に鬼の力を制御できるようにならなくちゃなって」


 普段は何事もないように過ごしている様に見えたけど、やはり気にしていたのかもしれない。


 あの後聞いた事だけど、ツェルトは見た目は普通の人間と変わらないのだが、遠い祖先に鬼族の血を引いている影響で、鬼族と同じような力を振るえるらしい。


「気にしてるの? あの時の事」

「そりゃ、気にしない方がおかしいだろ。肝心な時に大切な人の役に立てなきゃ、強くなる意味がない」

「ツェルトは、その大切な人の為に頑張ってるのね」


 ひょっとしたら騎士になろうとするのも、その為なのかもしれない。


「まあな。実際には恥ずかしくて口にはできないけど、まあ大切な人だよ。普段は横暴で、横暴で、横暴だけど」


 その人は、結構横暴な人らしい。

 口より先に手が出る性格なのだろうか。


 そう思えば、顔を知っているらしいライドが口を挟んでくる。


「黒髪ちゃんはそうだわなぁ、ツェルトの姉さんはかなりおっかなかったぜ」

「ツェルト、お姉さんがいるの?」

「ああ、まあ血は繋がってないけど、養子ってやつ。小さい頃は普通だったったんだけどなぁ。どこで何がねじれてあんな暴力的な性格になっちゃったんだか」


 ツェルトはツェルトで色々と家庭内の事で苦労しているらしい。


「まあ、そんなでも一応俺の家族だからな。力になれるように、こうして学校に入って頑張ってるわけだ」

「そうなの。そのお姉さんの事が大好きなのね」

「そう言われると、素直に頷きたくなくなるけどな」


 いつかその人に会ってみたいと思った。

 きっと素敵な人なのだろう。


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