第8章 反省会



 どういう事なのか、分からない。

 だがありのままの事実を述べる事は出来る。


 長い間行方知れずだった人が目の前に現れた。例の先生だ。

 その人が課題中に大惨事になりかけたステラ達を助けてくれたのだ。


 そして、何故なのか理由は分からないが、ステラ達のいる学校の先生になっていた。


 もう、訳が分からない。

 一体何がどうなったら、いきなりそんな事になるのか。







 フィンセント騎士学校 屋上


 第一回目の課題挑戦を無事に終えた後、合格した者、不合格になった者を集めて反省会が開かれた。

 課題に合格した者は、力におごることなくこの先をさらに精進する為に、合格できなかった者はどのような点が悪かったのかそれらを話しあう為に、だ。


 それで。ステラ達の場合だが、結晶がそもそもなくなったので遺跡踏破は不合格だ。

 課題に挑んですらいない状態なので、下手に失敗したところよりも虚しくなれるというおまけつき。


 次に課題を挑む場所は用心して調査しなければならないだろう。


「そーんな風に難しく考えてるのはステラちゃんだけだよ、皆星を見ながら楽しくお喋りしてるだけだってば」


 真面目に考え事をしていたところに、割り込む様にニオが話しかけてきた。


 そんな呑気な、と言っても良い所だが実際は、ニオの言う通りでもあった。


 試験と言っても、行われるのは一回だけではない。

 クリアできなかった物でも、何度も再挑戦できるようになっているので、浮かれている者はいても、考えるほど悲観的になっている者は少ないし、雰囲気も固くなってなどいないのだ。


 そういうわけなので、ステラ達は学校の屋上で星を見ながらお疲れ様会をしている状態だった。課題を達成した人たちの方は、浮かれ過ぎないかちょっと心配ではあるが。


「ステラちゃんって、自分から進んで苦労を背負い込んでくタイプだよね」

「ニオ。私だって分かってるわよ、それくらい。でも一人くらい真面目に考えてる人がいた方が良いでしょう?」

「うーん、そうだけど……」


 息抜きが必要な事ぐらい、私だって分かっている。

 常に上を目指すだけでは息が詰まってしまうだろうし。


 けれど、何も収穫がないのに浮かれられるほどステラの精神構造は、前向きではないのだからしょうがない。

 力が足りなかったから、修行狂いになろうと思わなかっただけマシな方だと思う。

 先生と出会う前の昔の自分だったら、確実にそうなってただろうし。


「そういえばニオ、ライドの姿だけ見当たらないけど……」

「ああ、ライド君なら生徒会の臨時メンバーに抜擢されてて、裏方に引っ張られてるよ。あれで中々、書類整理が上手いんだって」

「そうなの」


 初耳だ。


 彼が生徒会に所属していたなんて話聞いた事がないが、ニオが嘘を言っている様にも見えない。

 あれでいて、ふざけてない時は気が利くし、視野も広いから重宝されているのかもしれない。

 新入生なのに、そんな手伝いをする余裕があるとは、感心してしまう。


「生徒会長さんがね、超厳しいの。ライド君がちょこっとおいたしたのを発見して、罰に引っ張ってそれっきり。目を付けられちゃったみたいだね」

「罰みたいな感じなのね」


 てっきりもっといい感じの流れかと思ったら、結局はそういう話だったらしい。

 こういう催し物の時に顔を出せないというのはちょっと可哀想な気もする。


 だが、悪い事をしたのなら仕方がない。

 何をしでかしたかはしらないが、反省してほしいところだ。

 比較的しっかりしているとはいえ、あのツェルトと息が合うくらいだから、少々の規則を破る事くらい躊躇いが無いのだろう。


「まあ、そっちの話は放っておいて、っと。放っておいてもステラちゃんを構いたくて仕方がない人がいるみたいだし、譲ってあげよっかなー。どうしよっかなー」


 そんな人いるの?


 と、疑問に思っていればその構いたくて仕方がないらしい人がやってきた。


 ツェルトが満面の笑みで私に話しかけてくる。

 犬みたいだと少し思った。

 しっぽとかあったら、すごい勢いで振ってそう。


「ステラステラステラー、俺と話そうぜ!」

「いつも話してるじゃない」

「そうかもだけど、俺は常にステラと話してたいんだよ。何だったら朝昼晩ずっとでもかまわないぜ」

「うわぁ」


 今のうわぁは、ニオのうわぁだ。

 彼女はなぜかその場から一歩後方に、身を引いている。


「ツェルト君って、今まで好きになった女の子いないでしょ」

「よく分かったな。俺はステラ一筋だから」


 ニオと会話してるのに、なぜかこちらに視線を向けてくるツェルト。

 その視線に何か意味でも込められているのだろうか。

 生憎とステラには分からなかったので、反応に困る。


 だが、嬉しそうな様子のツェルトに、ニオが彼を打ちのめすような一言を吐いた。


「ツェルト君、重い。愛が重いよ。潰れちゃいそう」

「え……」

「そんなんじゃきっと最後まで振り向いてもらえないね」

「ええっ」

「というか、気づいてもらえないんじゃないかな」

「えぇぇ?」

「不安だからってのも分かるけど、もうちょっと常識に則って行動してみたら?」

「えーっ!」


 ただ会話しているだけなのに、何故か言葉を重ねるごとにツェルトが悄然としていっている様に見えた。

 すごく不思議な光景だ。


「俺、出直してくる」


 ついには、そんな一言を残してツェルトがとぼとぼとその場を去って行ってしまう。


 大丈夫なのだろうか。

 そんなはずはないのに、彼の周囲の空気だけやけにどんよりとしている様に見えた。


「やれやれちょっとお節介が過ぎちゃったかなぁ」


 肩をすくめて見送ったニオはどうやら親切をしていたらしい。

 私からはとてもそんな風には見えなかったのだけれど。


「お節介焼いてたの?」

「うん、かなり貴重な。ニオは恋に関しては煩い方だからねー」

「そうなの、頑張って」

「他人事みたいに言ってるけど、ステラちゃんも当事者だからね!」

「そうだったの?」

「駄目だ、この子。純粋過ぎて、さすがのニオもどこから手をつけていいのか分かんない。こっちは時間かかりそうかも……」


 なぜか今度はニオが打ちのめされる番だ。


 この短時間に二人の人間の精神に多大なる問題を引き起こした事柄とは、果たして一体何なのだろうか。


「ま、それはともかく」


 以外にも復帰の速かったニオは、目の前にある何かを身振りでそこらへんに追い払った。


 ニオは離れたところにいるとある人物を視線で示しながら、親指をぐっと立てて見せた。


「せっかくずっと会いたかった人に再会したんだから、話したい事あるでしょ。ステラちゃん行ってきなよ。途中でツェルト君が邪魔しに行きそうだったら、何とかするから」


 そうだ。


 離れた所には先生の姿が見える。

 学校の教師ではなく、お医者さんとして小さい頃にお世話になった先生だ。

 でも何も言わずにある日いきなりいなくなってしまった。


 私は先生に今まで話しかけられていなかった。


 流れた時間の間、どうして何も知らせてくれなかったのか気になって、もしかして嫌われてしまったのではないか、というそういう恐怖があって……、自分から行動を起こせないでいた。


 悩んでいると、ニオが普段よりも真面目な様子で声をかけてくる。


「ステラちゃん、話したい人がいるのなら、ちょっと苦しくても話しかけに行った方が絶対いいはずだよ」

「ニオ?」

「だって、ずっと会いたかったんでしょ? せっかく会えたのに、何も話せないまますれ違っちゃったら、そんなの悲しいもん。何も話せないまま会えなくなっちゃったら、なんてね。そうならない為に」

「そうね、分かったわ。ありがとうニオ」


 友人の優しさに背中を押されたような気分になって、私は先生のいる方へと向かう事にした。


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