第7話 逃れられない災いの最中で



 私はディール君達とマキナさんがケンカしないようにって思って声をかけたんだけど、皆聞いてくれてなさそう。


「……」


 無言が満ちるってこんな感じなのかな。

 空気がちょっと重いの。


 私はこういうの、ちょっと苦手だな。

 皆で楽しくしてる方がとても好きだから。


 マキーナさんを見ながらミツバさんとディール君は怖い顔のままで、睨み合っちゃったまま。


 私は何とか二人の誤解を解かなきゃって言葉を探すんだけど、良い考えが浮かぶ前にお尻から地面に転んじゃったの。


「きゃっ」


 いたた。

 たまに不注意で転ぶ事がある私だけど、今のはさすがにちょっとおかしいと思うのです。

 だって、私は何の脈絡もなく転んじゃうような「ドジっ子キャラ」さんでは断じてないもの。

 たぶん。


 あれ?


 ぐらぐら、ゆらゆら。


 何だが変な感じ。

 体がフワフワする感じがして、あちこちから軋む様な音がしてくるの。

 もしかして、これって地震?


 見まわせば、他の人も立っていられなくなっててて、かがんだり下に手をついたりしてるみたい。


 後、揺れのせいかな。上から色んな所から物が落ちてきて、私達のいる所にも、壊れた木材とか瓦みたいなのが落っこちてきちゃう。


 大変、どうしよう。


 そう私が思ってると、周囲の変化に気づいたミツバさんがはっとして、ディール君に話しかけます。


「これは……屋根のある所へ、早く避難を! ディール、彼女をお願いします」

「おう!」


 そして、声をかけられたディール君がこっちに走り寄ってきて、私の体をひょいっと持ちあげちゃう。わっ。この前も思ったけど、力持ちだなぁ。急にされると驚いちゃう。


 まだ肩担ぎ歴二回目だから、視線が高いなぁとか考えてる余裕は私にはないのです。落っこちちゃわないと良いなぁ。


 あ、そんな事考えてる間にも、私を担いだディール君はそのまま凄い速さで走っていって屋根のある所まで、運んでくれました。

 すぐにミツバさんもこっちに逃げてきたんだけど、でも……。


「うわー、ちょ……おじさんこういうの心臓に悪いから苦手、あー助けてー」


 マキーナさんはそんな風に言って、上から落ちて来た木材みたいなのに挟まれちゃって動けなくなってる。どうしよう。早く助けてあげないと。


 でも、あれ?

 ディール君は私を抱えたまま反対の方へと行こうとしてる。

 気づいてないのかなぁ。


 私はディール君達に聞こえる様に、声を張り上げます。

 だって周囲では、突然の揺れで悲鳴とか泣き声とかがたくさん上がってるから、聞こえないといけないと思ったの。


「ディール君! マキーナさんが挟まれちゃってるよ」

「だから今の内に逃げるんだろ!」


 だけど、ディール君はそんな答えです。


「助けてあげないと可哀想だよ」

「はぁ……、あいつは追手だぞ。助けたりなんてしたらこっちが可哀想な目に遭っちまうだろ」


 ぶっきらぼうな感じで冷たい口調。わざとそうしてるみたいに、いつもより三割増し。

 背中を叩いて抗議するけど、ディール君は戻ってくれなさそう。

 だったらミツバさんに頼むしかない。


「ミツバさん!」

「駄目ですよハルカさん」

「まだ何も言ってないです」


 本題に入る前に話が終了。

 こっちも取り付く島もないって感じでした。

 二人共分かってて無視してるみたい。





 揺れの方は長い間続いたと思います。


 それでね、あちこちから人のうめき声や、小さな子供の泣き声がしてるの。

 皆とても痛そうだし、悲しそうで苦しそう。


 後、建物とかも壊れちゃってた。

 たくさん物が落ちてきて来たりしたんだもん。怪我人がいない方がおかしいよね。


「ディール君……」

「駄目だ、ハルカ。俺達の立場を忘れたのか」

「でも……」


 私達が協力すれば、それだけ早く助けられる人もいるかもしれないのに。

 何もできないなんてそんなのは嫌なんです。


 ディール君の言う事も、ミツバさん達の事情も分かるんです。

 でも、それでも私は何とかならないかなって考えちゃう。


 だってこういうのは理屈じゃないもの。

 目の前で困っている人がいたら、助けてあげたいって思っちゃうし、何とかしてあげたいって思っちゃう。


 そんな風に考え込んでいたら、ミツバさんが優しい声で言葉をかけてくれた。


「あまり気に病んではいけませんよ。仕方のない事です」

「ミツバさん……、ありがとうございます」


 ミツバさんの気持ちはすごく嬉しい。

 嘘じゃないって思いうの。

 でもその優しさじゃ埋めきれないほど、たくさんの痛ましい目の前の光景が。私には悲しかったな。


「お母さん、お母さん、どこ……」

「誰か、手を貸してくれ。まだ中に人がいるんだ!」

「こっちで火が上がったぞ、水を早くかけるんだ」


 ふいに訪れた大きな災いの中で、きっとここに住んでる皆が皆、大変な思いをしていると思います。


 だけど、私達には私達の事情があるから、助けてあげられない。

 何もできないだけじゃなくて、ごめんなさいも言う事ができないの。


 だからとっても辛くなっちゃうのです。


 そんな中私達は、余震が続く中で、屋根のある場所を選んで進んでいきます。


 ディール君が担いでいた私を降ろしてくれたから、自分の足で歩いている状態なんだけど、何だか力が入らない。


 辛くて悲しくて俯いて歩いてたからかな。


 でも気が付いたら、周りの雰囲気がガラッと変わっていたの。


「あれ、ここ……」


 キョロキョロと周囲を見回す。

 丈夫そうな鉄の壁があって、部屋のあちこちに色んな機械がある。

 真ん中には巨大な円筒形の筒みたいなのがでん、と置かれていて。存在感が凄いの。私はこの部屋にいますって、大声で主張してるみたい。


「不幸中の幸いって言ったら怒られるかもしれないけどな、天災のおかげで見張りの兵士達が出ていっちまったみたいだな」


 ディール君は、慣れた様子で部屋の中を見回りながら中央に置かれた筒の前へと向かっていきます。

 ミツバさんも、入って来た入り口が閉まるのを確認してそっちに移動。最後に私がその背中を追いかけます。


「えっと、ミツバさん。ここはどんな所なんですか」


 逃げてるはずの二人がどうしてここに来たのか分からないから、私はそうやって素直に聞くしかないの。それでも馬鹿にしないでちゃんと説明してくれる二人はとっても良い人。


「お前な、忘れたのか。管理者なんだろ」


 あ、ディール君はちょっと意地悪だけど。

 代わりにミツバさんが親切に説明してくれます。


「ハルカさんには、今からこのポッドの中に入って、管理者の権限を使ってシステムに介入し、メンテナンスを行ってもらいます。メンテナンス作業は定期的に行わないととても多くの人が困るので、今の内にやってしまおうという事ですよ」


 そっか、困っちゃうんだ。


 だったらやるしかないよね。

 私にしかできなくて、代わりの人がいないんだもの。

 本当は外で皆を助けたいけど、今の内にしか出来ないのなら、仕方ない……のかな。


 ううん、ちょっともやもやするけど今は考えないようにしよう。


 えっと、この円筒形の筒……じゃなくてポッドに入ればいいのかな。


 扉みたいなのを開いて、カポっと中に入っちゃう。

 あれ、扉閉めちゃったら外の声が聞こえなくなっちゃった。


 それを見たディール君が肩をすくめる仕草。


「おいおい、そんな説明で納得する奴がいるのかよ」

「彼女は納得してくれたみたいですよ」

「マジかよ」


 後で聞けばそんな会話をしていたみたいだけど、その時の私は分からなかったから、首を傾げるしかないの。


 ミツバさんがディール君に何か言って、ディール君がこっちを見て何か言ってるけど、何を言ってるんだろうなぁって思ってました。


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