第6話 クライム=ノルド摩天楼にやってきました



 こんにちはハルカです。

 私は今日もソングバード・オンラインをやってます。

 でもおたずね者になっちゃったので、ただいま逃避行中だったりします。


 うっかりしちゃった事でも、悪い事をしちゃったのは事実だもん。

 追いかけられちゃうのは当然だと思います。


 でも、ミツバさん達はその追いかけてくる人達の方が悪いんだって言うの。

 なんでも、本当に管理者さんになる人を賄賂でおしのけて、別の人にしてたって。

 そうやって自分と仲が良い人を管理者さんにして、都合がいい風に仕事をしてもらってたらしいの。


 そうだったら良くないなって思うけど、私にはそれが本当の事なのか、まだ分からないのです。

 だから、一応私が取る姿勢は中立。


 管理者さんがしなくちゃいけないお仕事をしながら、ミツバさんの言ってる事が本当かどうか、ゆっくり考えていこうと思います。


 あ、隠しイベントの事は重要な所は伏せてブログに書いてみました。

 変わったイベントが起きたよって、報告。


 そしたらね、ちょっとだけアクセスが増えたのです。

 この調子でどんどん増えてくれると嬉しいな。

 そしてみんながこのソングバード・オンラインの世界に来て、良い所を見てくれると私はとっても素敵だなって思うのです。





 12/21 クライム=ノルド摩天楼

 ログインした後も、逃避行は続きました。

 逃げたり隠れたりしながら進んでいくからとっても大変。

 でも、ディール君とミツバさんがとっても優秀だったから、あれから危険な目には遭ってないんだ。


 それで気が付いたら、私は凄く大きな建物の中に到着してました。


 朱色と黒色で塗られた木材で建てられた建物の中。どこまでも伸びていって、まるで空に届いちゃいそう。天気によって雲の位置が低い日なんかは、あの雲の中にだって入れちゃうかも。


「ここはクライム=ノルド摩天楼ですよ。さて、半日かけてここまで移動してきましたが、追手の姿はかなり見えなくなりましたね。追いつかれる心配はそうそうしなくてもいいでしょう」


 ミツバさんが色々説明してくれるけど、私は摩天楼の先を見つめるのに忙しくて碌に返事もできない。

 上登れないかなぁ。登ってみたいなぁ。


 そんな私にディール君が、呆れたように喋りかけてきました。


「そんな羨ましそうな顔をしてもだめだ。というかお前寝すぎだろ。何だよもう昼じゃねーか。危機感もなくぐっすりしやがって」


 走るのが遅かった私を途中からずっと私をおんぶしてくれたディール君はとっても不満そう。

 何もすることがないから、私眠っちゃったんだよね。


「ごめんねディール君」

「まあ、次からは気をつけてくれりゃそれで文句はないけどな」


 太ってるとは思いたくないけど人間って重いよね。

 素直にごめんなさいします。

 こういう事はとっても大事。

 ちゃんとしなきゃ駄目だから。


 私は周囲をよく観察してみます。


 おっきな円柱みたいな建物が空高くに向かって伸びているみたい。

 それで、縁の内側には色んな通路や階段があって、縁の外周部にそってお家みたいなのがずらりと並んでいるの。


 バウムクーヘンの外側の層のいくつかだけ残して、中身をくりぬいて縦に立てた感じって言えばいいかなあ。

 友達からはよく例えが変わって言われるけど。


 私は周囲をキョロキョロ。


「通路にも、ちっちゃなお店が出てるんだね。近くに行ってみたいなぁ」

「お前、自分が追われてる身だって自覚あるのかよ」


 でも、ディール君に言われて反省です。

 ごめんなさい、なかったみたい。

 しょんぼりしていると、ミツバさんが頭をよしよし撫でてくれました。


「下手に深刻になられるよりは良いですよ。前向きな女性、素敵だと思います」


 わーい、ミツバさんって大人で良い人だよね。

 あ、もちろんディール君もちょっと怖いけど良い人だって分かってるよ。


「前向きって言うようなもんか? ただの阿呆だろ」


 むっ、前言撤回。

 ディール君はもうちょっと女性に対する配慮を学んだ方が良いと思います。




 それから私は、歩きながらクライム=ノルドの色々な事をミツバさんに教えて貰っちゃった。

 ミツバさんは、各地の歴史の事とかすごく詳しいみたい。

 私はこのゲームでは、ずっと一つの町に留まってたから、凄く参考になっちゃうな。

 あとで、ホームページに載せる時に参考にしちゃおう。

 摩天楼の写真とかも取っちゃおうかなぁ。


 ゲームの機能で撮影を使えば、現実でも映像データとして見れるんだよね。


「それで、……という事なのです」

「わぁ、とっても参考になります。ありがとうございます、ミツバさん!」


 ミツバさんが言うには、クライム=ノルドの町は昔は存在していた東の国……リュースからやってきた人達が住んでいるみたい。


 イメージ的には、ちょっと昔の日本にファンタジーを付け足したような感じの国かな。


 私達はそんな場所を後から追ってくる追手さん達を警戒しながら先へと進んで行くの。

 ……と言っても、警戒して怖い顔になってるのはミツバさんとディール君だけで、私は周囲の建物とかの方にすぐに興味が移っちゃう。


 ここの町の景色はとっても和風。

 雅で優雅で風光明媚って文字がぴったり。

 モミジの木とかが所々生えてて、今は冬だけど仮想世界だからか赤く色づいてて鮮やかで、すごく素敵なの。


 見てて飽きないし、良い所だなぁ。


 普通の家には軒先とかには風鈴が吊るされていたり、私は○○ですってお知らせする家の名前の板とかがとっても個性的で目をひかれちゃう。


 そんな風にしてれば、ミツバさんが説明してくれて、ここ摩天楼に住む人達は、自分の家や血筋っていう物をとっても大事にしていて、「他の家と自分の家は違うんだぞ」って主張するような風習が強く残ってるみたい。

 

 へぇー。ミツバさんってそんな細かい事も知ってるんだ!


 そんな風に歩いていたら、ふと足元から声が聞こえて来てびっくり。


「ヤア、そこの御嬢さん。ソラ林檎の飴はいかがかな」

「えっと……」


 ソラ林檎っていうのは、この世界では名物の食べ物で子供のお小遣いでも買えちゃう果物なんだ。

 青い色の林檎で見た目はちょっとどうかなって思うけど、すっごく美味しいの。


 でも今の声、とっても低ーいところから聞こえてきたよね?

 足元の方。私の膝よりもかなり下の方くらいだと思う。


 私はね、こう見えてもとっても耳が良いのです。

 えへへちょっとした自慢。

 お歌を歌う時に歌詞を覚えようって、子供の時にたくさん頑張ったからかなぁ。


 小春ちゃんは耳が良いねって近所のおばさん達に褒められるの。


 ……とと、そんなことより。


 視線を下げて、声の主を探すと足元に銀色のボールが転がってました。

 誰かが遊んでてここまで蹴っちゃったのかな。


 そう思ってると……。


「ヤア、お嬢さん。我が名はマキーナ・ボルゥ。ソラ林檎の飴、要らないかい?」


 何とそのボールから、声が聞こえてきたのです。


 ふぇぇ、足元に転がってるボールさんから自己紹介されちゃった。えっと、こういう時どうすればいいんだろう。


 でも、ここは色んな生き物がいるゲームの世界。

 喋るボールさんがいても、おかしくはないのかなぁ。


 機械のロボットみたいなのはこの世界にも一応いるいるんだから、おかしくないかな。

 この間見たお役所さんだけじゃなくて、実はは工場で作業してたり、または難しい計算とかする大きな会社のパソコンだったり、現実と同じように使われてるらしいの。

 でも、ボールは初めてだなぁ。


 私はころころしたボールさんをじっと見つめてみます。

 つやつやしてて、投げてみたらよく飛んで気持ち良さそう。


「えっと、初めましてマキーナさん。私はハルカって言います」

「ヤァヤァ、感心感心。礼儀正しい若者はいいねいいね」

「ど、どういたしまして……?」


 言葉遣いからして結構お年寄りさんなのかな。

 声は機械の音声だけど。


 誉められちゃったけど、どうしてか素直に喜べないなぁ。何でだろう。


「おい、何やってるんだハルカ。そんなところで立ち止まったりし……って、そいつは!」

「マキナ・ボール。もう追手がこんな所に」


 いつのまにか先に行っちゃってて前方を歩いていたディール君達が、私が足を止めたのに気が付いたみたい。後ろを振り向いて声をかけてくれるんだけど、なんだかとっても変。


 怖い顔になってこっちまでやって来て。私とマキーナさんとの間に割り込んだの。


 マキーナさんはその急な態度にびっくりしたように、背後にころころ。

 坂道とか大変そうだなぁって、今は関係ないけどちょっと思っちゃった。


「下がってろ、ハルカ。こいつは追手だ」

「追跡部隊のマキナですか、ずいぶんと早い補足でしたね。追手には細心の注意を払ったつもりだったんですが……」


 どうしてだか二人は怖い顔のままで、武器をマキーナさんに向けます。

 大変、何とかしなくちゃ。


「あのね、ミツバさん、ディールくん。マキーナさんは私にソラ林檎の飴……? みたいなものをくれようとしただけなの。全然危ない人なんかじゃないよ」


 けれど、二人は私の言葉なんか全然聞いてくれなくて、体を強張らせたまま。私の位置からじゃ背中しか見えないけど、きっと顔も怖いままなんだろうな。


 マキーナさんは普通のボールさんに見えるけど、違うのかな。


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