第2話 観光名所を作りたいです



 シルルクの森内部


 森に行ったら、運が悪かったのか結構戦闘になっちゃった。


「ハルカ眠らせろ!」

「うん、頑張るね!」


 森に出て来たカマキリ虫のモンスターさんを、吟遊詩人の能力「眠り歌」でぐっすりさせちゃいます。

 ディール君は調律士なので、フルートを吹いてそうやって私の能力を強化してくれるの。

 

「邪魔してごめんね、通らせてね」


 効果はばっちり。

 寝息を立ててるカマキリ虫さんの横をそっと通り抜けちゃいます。


 そうやっていくつか戦いをこなしつつ奥まで行ったら、さっそく頼まれたお仕事の時間です。


「よーし、ディール君。たくさん集めちゃおうね!」


 採集クエストにあった木の実を拾い集めて、お気に入りのバッグに詰め込みながら、私はちょっと鼻歌を歌っちゃいます。


「ふんふんふーん」


 ここシルルクの森は、実のなる木がとってもたくさんあるから、、採集クエストがよく発生する場所なの。


 討伐クエストよりそういうのばっかりやってる私としては、勝手知ったる場所というやつなのです。


 ちょっとぐらい気を散らしちゃっても、森の中で方向を見失ったりはしません。

 そんな事言ったらディール君には「調子に乗るな」って言われちゃうから、口には出さないけど……。


 そんな事を考えてると、一緒についてきながら落ちてる木の身を拾い集めてくれるディール君が、私に聞いてきます。


「機嫌良さそうだな」

「うん。今日は学校で良い点数とったんだよ。先生に褒められちゃったから、とっても嬉しいの」

「ハルカは単純だな」


 褒められてるのかな?

 よく分かんないけど、私はとりあえず「うん」って頷きます。


 私「小春が笑顔でいると周囲が和むからいいよねー」って、友達からよく言われるんです。


「お前と一緒にいると、何か悩み事とかあってもどーでも良いって思えてくる」

「えっへん。私は皆がにこにこ笑顔になってくれたら、それで嬉しいのです」

「微妙に誉めてない言葉なんだけどな。まあ、良いか」


 そんな調子で二人で役割分担して、クエストを進めていけばあっという間に完了。


 あとは、もう一度ギルドに行って、集めた木の実を届けに行けば達成です。


 ん?

 その木の実は何に使うのって?


 それはね……、お医者さんのお薬に使うのです。

 すりつぶして、乾燥させて、他の素材と混ぜてお薬にするみたい。


 このクエストを誰も受けていないと、病院のお薬が少なくなっちゃうので、私はいつも優先的に受ける事にしているのです。


 いくらNPCさんの町のお医者さんでも、やっぱりお薬がない病院なんて不安になっちゃうよね。


 私はそういうのほったらかしにするのは嫌だなって思うのです。


 森の出口へと歩いて行きながら、今度は私からディール君に話しかけます。


「そういえばディールくんってお役人さんなんだよね」

「それがどうした」

「こんな時間に、いつも私の方につきあってて大丈夫なのかなって」

「気にする事ねぇよ」


 問いかけるのは、いつも思ってる疑問。

 ディール君は、なんとなんとこの世界でのお役人さんみたいな職についてるのです。


 皆の為のお仕事をするちょっと偉い立場の人のはずなんだけど、私がギルドに向かうと大抵いるから少し不思議だったんだ。


「俺のやる事は、お前が思ってるような事じゃないんだ。詳しい事は言えないけど、町に出て色々調査するのが仕事なんだよ。噂とか異変とか人の様子とかそういうのを」

「へー、そうだったんだ」

「前にも説明しただろ、忘れたのか」

「うん!」

「そこは自信をもって頷くところじゃない」


 あ、間違えちゃったえへへ……。


 よく分からないけど、私につきあってくれてるせいでディール君がクビになっちゃう様な事がないなら一安心です。





 ギルド


 帰って報告したら、受付のお姉さんにお礼を言われました。

 うん、お仕事して褒められると嬉しいな。


「ありがとうございましたー」

「また来ますっ」


 今日も一日頑張っちゃった。でもまだこれから。

 ギルドに向かって木の実を届けた後は、私の用事の時間です。

 お礼を言って、ディール君ともお別れ。


「ディール君、ありがとうね。また採取したい時は手伝ってね」

「暇だったらな」


 ディール君にお礼を言った後、私はある場所へと向って行きます。


 この仮想世界では、ほとんどプレイヤーさんがいません。

 それはどうしてなのか私にはよく分からないけど、でもたくさんの人にこの世界の事を知ってもらいたいって思ったから、私は私のできる事をしようって思ったのです。


 だから、まずは観光名所作りです。


 今日は、家事と雑用イベントはお休みかな。

 途中で小さなお店に立ち寄って、クエストで集めたお金で綺麗なオーナメントを購入。


 そして、私はこの世界での日課の最後に、町の中央にあるおっきなツリーに向かうの。






 木の葉広場


 町の中の真ん中。

 木の葉広場のその場所には、雲まで届きそうな大きな木が生えてます。


 その木に、クエストで貯めたお金で買った飾りをつけていくのが今の私の楽しみなの。


 ツリーの装備欄をタッチして操作すれば、私の飾りがふわふわ移動して、木にぴたってくっついていきます。


 キラ キラ キラ ピカ ピカ

  ピカ ピカ ピカ キラ キラ


 光を反射してる飾り物……オーナメントがとっても綺麗。

 でもそれは、まだ下半分だけ。


 リアル……私達が日ごろ過ごしている現実の世界は冬の真っ最中で、もうすぐ待ち望んだイベントやってきます。

 あと一週間もすれば一二月二五日。


 サンタクロースさんが良い子にプレゼントを贈ってくれる日になるんだ。


 実はそれまでに、ツリーを全部飾り付けるのが私の目標なのです!

 

 町の中に綺麗なクリスマスツリーがあれば、きっととっても良い観光名所になると思うから。


「よーし、もうちょっと。がんばろ!」


 目標日まであと一週間。

 あと半分。頑張らないとって思うと自然と気合が入っちゃう。

 きっと綺麗なんだろうなぁ。


 全身キラキラピカピカになったツリーを想像して、私は顔がふにゃっとなっちゃうのです。


 最初の方は人目とか気にしてたんだけど、あまりにも私以外のプレイヤーが見当たらないからそのうち、もう良いやってなっちゃった。


 え? この一週間で何人出会ったと思う? 同じプレイヤーさんに。


 ゼロ。


 何とゼロなのです。


 私一応、ホームページとかも作れるから、この世界に来てからはブログとかで宣伝してるのになぁ。


 まさかここまでとは思わなかったのです。

 考えるたびに私は首を傾げる事が尽きません。

 こんなにも素敵な世界なのに、どうして誰もこないんだろう。


 そんな風に不思議がっていたら、肩にふわっとしたものが落ちてきました。

 じゃなくて、とまりました。


「こんにちは、今日も来てくれたんだね」


 それはオレンジ色したミカンみたいな子、まるまるふっくらさん。

 バタバタ空を泳ぐ羽が付いていて、顔に黄色いくちばしがある鳥さんです。


 頭の上にちょこんとした寝癖が付いていて、それは鳥ごとに色々違うのです。

 お花が咲いてたり、小っちゃい果物がなってたり、草っぽいものが生えてたり。

 現実にはいない、すっごく不思議な生き物なの。

 名前はハミングバード。


 時々、綺麗な鳴き声で歌うのが特徴かな。


 見上げれば、他にも何羽か空を泳いでいるのが見えます。


 見た目がミカンっぽいからかな。

 まあるい体でバタバタ羽を動かしてるの見てると、何だか飛んでるっていうよりは泳いでるって言った方が近い気がするんだよね。


 ともかく、私は時間になったので最後の日課をこなしにかかります。


 時刻はお昼。

 ちょうご昼ご飯の時間。


 私は半分だけ飾り付けられたツリーの下で、息を吸って、歌い始めます。


「――」


 遠く、町のどこかで鳴り出した時計塔の音色に合わせて。


 大きな声で、人目も気にせず堂々と。


 息を吸って、吐いて、お腹を動かして、声を出す。

 何にも考えずに頭を空っぽにして、感じるままに歌い続けます。


「――」


 これは吟遊詩人としてじゃなくて、私の歌。

 思いがふわってなった時とか言葉にできないなって思う時、こうやって歌にするのがきっと一番。

 胸の中がとてもすっきりするし、きっと健康にも良いもの。


「ふぅ」


 ありがとうございました。


 歌い終わったら、私は誰も見ていないけれどお辞儀。

 そうして締めくくるのが、私の習慣だからなの。


 それで、今日の日課は終了です。


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