ソングバード・オンライン

仲仁へび(旧:離久)

第1話 過疎仮想世界ソングバード・オンライン



 12/11 始まりの町 セントラルシティ


 ソングバード・オンライン。


 そこは、歌の力が満ちる神秘の世界なのです。

 人々は歌と共に生きて、歌と共に日々を綴っていくの。


 歌はさまざなな場所で、人々に恩恵を与えていって、皆の生活を豊かにしていきます。


 その世界では、私達プレイヤー……吟遊詩人さんはとっても重要な人物です。

 何故なら、歌を使って奇跡を起こす事のできる特別な技能を持った人だから。


 普通の人は吟遊詩人にはなれません。

 なれるのは音楽を調整する為の人、調律師だけです。

 それはどうして?


『奏で』を司る神様に愛された音調人おんちょうにんにしか、特別な歌を歌う資格を与えられないからです。


 だから、私達プレイヤーはそんな歌の世界ソングバードの世界で、吟遊詩人として様々な事に関わっていく事になるのです。





 私、春日井小春かすがいこはるもとい、キャラネーム・ハルカは、いま仮想世界に立っています。


 来たばっかりだから、何もかもがとても新鮮。


「はー、すごい。本物そっくり」


 始まりの町、ことセントラルシティにて、私はキョロキョロ周りを見回しちゃう。


 町の中は中世的な建物が並んでて、行きかう人たちの服もなんだかそれっぽい感じかなぁ。


 町に溢れるのは人の声や、足音、匂いに、ふんわりそよぐ風の感覚。


 こうしてみると、すっごくリアルで現実にしか見えないのにゲームの中なんだって思ったら、すごくすごくびっくりです。


「すごいねー。本当なんだー。偽物なのに、本物そっくり」


 あっちにキョロキョロ。

 こっちにキョロキョロ。


 そういう所、友達がいれば見てられないとか危なっかしいとかよく注意されるんだけど、生憎ここにいる私は一人きり。


 周りを歩いていく住人さん達はいるけど、あくまでも彼らは仮想のデーターです。


 だから誰も私を止めません。

 私は自由なのです。


「ふんふんふーん」


 気分が良くなってきた私は、鼻歌しながら仮想の町をお散歩。


 まだ技術が追いついてなくて、お日様の温かさも本物より弱くて、風を切る感じも少し物足りない感じもするけど、私以外プレイヤーがいない仮想の世界はなんだかのんびりできてしまいます。


 どうして人がいないのって?

 どうして?


 それは、私がビンボー女子高校生だから!


 それじゃ分からないよね。

 ちゃんと説明します。

 えっと、つまりは……。


 この世界は大安売りの中古品のゲームなの。


 こういう仮想世界のオンラインゲームって、すっごく高額で売られてるのが普通なんだけど、私が偶然ぶらりと立ち寄ったゲームの店では、女子高生でも買えるような値段でソフトが売られてたの。

 だからそのゲームを見つけた私は、ついつい衝動を堪え切れずに購入してしまったのです。


 それが今、私がいる世界。


 ソングバード・オンラインっていうゲーム。


 すごいんだよ。ワンコイン。五百円だよ。

 手に取って値段を見てびっくり、それがホラージャンルとかじゃなく、ファンタジーでさらにびっくりびっくり。


 ちょうど、気分転換できるものが無いかなって探してたところだから、私はそれを購入したの。


「ふんふんふーん」


 あんな風に安売りされてる原因って、きっとあると思うんだけど。

 私あんまり、難しい事とか細かい事とか考えるの苦手なんだよね。


 だからもういいや、って来ちゃった。


 案ずるより産むがやすしってことわざ、あるでしょ?

 色々悩んでたって行動する方が早いし、自分の目で見て感じた方がきっと分かりやすいもの。


 そういうわけで、私は今ソングバード・オンラインの世界を仮想のアバター・ハルカで歩いているわけです。

 なんだけど……、何でか周囲を見ても住人さんばかり。私以外のプレイヤーが誰もいないんだよね。何でだろう?


 いるのは、えっとノンプレイヤーキャラクター……NPCさん達ばかり。


 どうしてなんだろうなぁ?


 上を見上げて、元気いっぱいにさんさん輝く太陽に聞いても答えてくれません。

 うーん。

 とりあえず困った時は前向きに行っちゃおう。

 のんびりできて良いなって考えるくらいで、遊んじゃった方が余裕があって良いなって思うのです。


 




 12/18 セントラルシティ 大通り


 そんなこんなで、戸惑い初日を乗り越えて、数日経ちました。

 早速ですが、ゲームを始めてもう一週間。


 今の私には、勝手に立てた目標があります。


 それは……この世界、人がいないの。

 だから、過疎仮想世界を盛り上げたいの、です。

 道を歩いてて誰ともすれ違わないのって、とっても自由。だけど慣れてくるとやっぱり寂しいんです。


 探してみればそれなりに良い所はいっぱいあるって気づいたから、皆にももっとこの世界を楽しんでほしいって思いました。

 だから、この仮想世界を盛り上げようと、日夜頑張る事にしたのです。


 だって、来ないなんてとっても損。

 このソングバード・オンラインの世界とっても動きやすいんだもの。


 初めの頃はおっかなびっくりゆっくりの私だったけど、今はそれなりに順応して動き回ってます。


 今までこういう仮想世界を体験! みたいなゲームってやった事なかったんだけど、やってみたら案外普通? とにかく難しい事なんか考えずにできるゲームなんだなって分かりました。


 それなりにルールとかもあるけど、そういうのって大体当たり前の事ばかりで、他のプレイヤーさんに迷惑をかけないようにしましょう、とかコミュニケーションは円滑に、みたいに普段と変わらないことばかり。


 だから、きっと来てもらえればみんな気に入ってくれると思うのです。


「ふんふんふーん」


 私はそんな計画を立てながら、鼻歌を歌っていつもやってる事にとりかかります。


 それは、ギルドに顔を出して、クエストを数件受ける事。


 これから私は、フィールドに出てモンスターをやっつけたり、採取クエスト達成の為に必要な素材を集めたりするの。


 私が多く受けるのはだいたい後者の採取系のクエストかな?

 モンスターの討伐依頼とかもたくさんあるけど、荒っぽい事は嫌いだし、いくら本物じゃないからって、むやみやたらにやっつけるのは可愛そうだもの。


 それが終わったら次は町の中を歩き回って、町に建つ家々に声をかけて個別のクエストをこなすの。

 大体は窓拭きとかお掃除とか、日常にやる家事の延長とかそんな感じかなぁ。

 特別に難しいことはなくて、自称家事手伝いマスターの私にかかれば、どれも簡単に終わっちゃう。


 そう言ってる間に目的地に到着!


「こんにちはー」


 大通りを歩いた先にある、ギルドの扉を開いて、さっそく私は元気よく挨拶。


 受付の綺麗なお姉さんに「クエストないですかー」って聞きながら、色んな事を紹介してもらいます。


 あれが良いなこれが良いな、……って色々悩んじゃうんだけど、今日はすっぱり決められました。


「よし、これにしようっと」


 受付のお姉さんにお願いしますって言えば、採取クエスト発生。

 私が今いる街の周辺にある森へ出かけて、木の実の採集に行かなくちゃ。


 だけど、一人でやるのはやっぱりちょっと不安なのです。


 戦闘とかあんまりこなしていないから、私のレベルはまだまだ。

 モンスターさんとかに会っちゃったら、結構危ないなって思うくらいなの。


 だから、町の外に向かう時は時々声をかける人がいるんです。


「ディール君、今日も採集あるんだけど、お願いして良いかな」


 私はそう言って、離れた場所で掲示板に張られたクエストとにらめっこしている高校生くらいの歳の男の子……ディール君に声をかけます。

 ふわふわもふもふした青い髪の男の子で、海の底みたいな深い青の目をしてるちょっと神秘的な人なの。


 でも性格は、全然そんなじゃなくって、面倒見が良くて頼れるお兄さんって感じ。


「何だ、ハルカもいたのか、別に良いぜ」

「やった、ありがとー。ディール君はいつも優しいね」

「優しいとかじゃねーよ。たまたま暇だっただけだ」


 ちょっと態度がつっけんどんで、ぶっきらぼうなところがあるけど、それは見かけだけ。

 中身はとっても良い人なの。


 話かければ、ちゃんと答えてくれるし、色々知ってる事を向こうからもお喋りしてくれる。

 だけどディール君は実は、プレイヤーさんじゃなくてNPCさん。


 話してると、とっても不思議なんだよね。


 私とディール君はいつも自然に会話してるんだけど、同じ事を何度も言ったりしないし、話が通じないなんて事もないの。

 ディール君がデータだなんてちょっと信じられないのです……。


 でも、プレイヤーさんだったら分かるログアウトとか知らないし、NPCで間違いないと思うんだけどなぁ。


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