第12話
「大野君、風邪?」
佐野さんが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「ちょっと喉が痛くてね」
僕は少し心を痛めながら、そう嘘をついた。
君に気付かれないように、痛くもない喉をかばうためマスクをつけてみたが、元々全校集会となれば、生徒が多過ぎて中々、ピンポイントで僕を見つけることは難しい。
「お大事に」
少し照れながらそう言った佐野さんは、視線を前に戻す。
「はいはい静かに。テキトーにニ列で並べ」
篠崎の言葉にみんなが何となく二列に並ぶ。
他のクラスは出席番号順に並ぶが、入学して一、二週間経つと、このクラスでは「テキトーに並べ」が普通になった。
ざわつきが落ち着いたのを見計らって始まった生徒会決議は、生徒会の司会で滞りなく進んだ。
居眠りするもの、拍手を力なくするもの。
人それぞれだ。
委員会の予算決議を一通り可決した生徒会は、今年の文化祭の日程や規則を説明し始めた。
すると、先程までの適当な拍手や態度が嘘かのように周りのテンションは上がっていく。
文化祭、体育祭は青春の思い出の中でも、その存在は大きい。
青春を描くドラマや映画には必ずと言ってもいいくらいに出てくるイベントだ。
文化祭の準備で男子と女子が揉める。
文化祭の準備を通し付き合うカップルが出てくる。
文化祭当日に告白する男子。
そんな状況が安易に想像できる。
文化祭で、女子が仮装すると、普段は何気なく見ていた女子が可愛く見える。
文化祭マジック。
そんな青春の思い出作りに励む日々が、あと数ヶ月後には始まる。
「文化祭かぁ。カフェやりたい」
そんなキャピキャピな女子の声。
「やるなら、ミスコンだ。ミスコン。ミス滝ヶ丘決めよう」
「チア部の演技みたい」
そんな下心丸出しの男子の会話が、あちこちから聞こえてくる。
どのクラスの男子も考えていることは一緒。
女子のメイド服姿や普段見れない姿を見て楽しみたい。
それが男子の考えだ。
「以上で、生徒会決議を終了します」
眼鏡をかけた生徒会役員の言葉で全校集会は終了となる。
そして、生徒指導担当の阿部の「解散」の一言で一斉に解散となった。
正面出入り口から帰る者、サイドの扉から帰る者。
みんな、文化祭の話をしている。
ほとんどの者がステージに背を向けて歩く中、僕ら体育館清掃はステージ前に集合すべく、人の流れに逆らう必要がある。
響と共に人混みをかき分けてステージを目指す。
体の向きを何度も変えながら、人とぶつからないように歩くのは難しい。
川を遡る鮭の気持ちを味わったところで、右肩に何が当たる。
「すみません」
「ごめんなさい」
お互いが同時に謝罪し、何もなかったかのように歩き出す。
いつの日かの渋谷の喧騒を思い出した僕は、再び鮭になる。
それにしても、どこかで嗅いだ匂いだなぁ。
クラス?お店?家?
結局思い出せない。
やっとの思いでステージ前に着いた時には、ほとんどのメンバーが集まっていた。
「今日は、モップのやりがいがあるぜ」
響は腕をまくるほど、やる気満々だ。
「だな」
僕はそう言うと体育館から清掃メンバー以外がいなくなるのを黙って待つ。
喧騒がだんだん遠くなり、ほとんどの生徒が体育館を後にした。
「モップ取ってくるから待ってて」
「健太パイセンあざーす」
響の笑顔につられこっちも笑顔になる。
響と友達になって良かったなと思う今日この頃。
モップを取りに資材室と書かれたマットやバトミントンのネットやらが収納されている部屋に入る。
埃っぽいその部屋の奥に、まとめられモップに当たる日の光がまるでスポットライトのよう。
君にカメラを押し付けられたあの日から、写真脳というのだろうか?
この風景、写真で撮ったら綺麗だろうとか思うようになってしまった。
どうやら僕は、君に洗脳されてしまったらしい。
そんなことを思いつつ、足元に転がるバトミントンのシャトルを拾おうとした時、胸ポケットに違和感を感じた。
胸ポケットには、何も入れていないはず。
胸ポケットを触ると四角い何かが確かにある。
恐る恐る取り出してみると一枚の写真が出でくる。
僕がカメラの画面を見てにやける姿。
何これ?
怖い。怖い。
今までに感じたことのない寒気。
裏面を確認すると見覚えのある丸みを帯びた綺麗な字が並んでいる。
題名 変態カメラマン。
撮影者 新島 華。
追伸、早くカメラを返してね。
あのどこかで嗅いだことのある匂いの主は、君だったのか。
そして、いつこれを胸ポケットに君が入れたのか、僕の行動を頭の中で巻き戻す。
あの時。
誰かとぶつかったあの時…。
おいおいスパイ映画じゃあるまいし。
君の行動力には、つくづく驚かされる。
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