第9話

「そうなんだ。そう言えば佐野さんは部活中?」

「もう終わって帰るとこ。ねぇ、そのカメラ使ってみてよ」


そう言われても使い方がイマイチ分からない僕にとって、ピンボケ写真しか撮れない。

「えぇ。ちょっとなぁ…」


「ねぇ、お願い!」

笑顔で詰め寄られた僕は、心臓が飛び出そうだ。

「まぁ、下手だけど」

佐野さんにお願いされたら断れない。


とりあえず、ファインダーを覗いて床、窓の外、天井、と構えてみるがしっくりこない。

流れるようにカメラを動かしていると、ファインダーの向こう側に、笑顔の佐野さんがいる。


「私撮るの?ちょっと待って髪型整えるから」

そう言って佐野さんは、耳に余った髪をかけ始める。


カシャ。


「待って。今のなし。まだ準備出来てなかったー」

顔を赤くして両手を振る佐野さんをファインダー越しに見つめる。


「ごめんごめん。仕切り直し」

そう言って僕は、佐野さんをファインダー越しに見つめた。


「はいっ。どうぞ」

佐野さんが笑顔でカメラを見つめて来た。


カメラ越しに目が合う。


何だか不思議な感覚だ。

何もなければ恥ずかしいが、カメラを介せばなぜか恥ずかしくない。


これが、スノーマジックならぬ、カメラマジックなのか?


カシャ。


「どう?どう?」

笑顔でカメラを覗きに来た佐野さんから香る素敵な香りにうっとりしながら、画像を確認する。


綺麗な顔がキッチリ収まっており、添えられたピースサインがワンポイント。


ピントもバッチリだった。


「ピントばっちりじゃん!大野君すごいね」


はしゃぐ佐野さんの横顔は、とても綺麗で見惚れてしまう。

「たまたまだよ。あと、モデルがいいからだと思うよ」

ドキドキする胸を隠してクールを装ったぼくだが、もうそろそろ限界だ。


「嬉しいこと言うね、大野君」

頬を赤くした佐野さんも可愛い。


「ごめんね。帰るとこだったのに」

カメラをいじり佐野さんを視界に入れないようにしてから僕は言った。

これ以上、佐野さんを見ていられない。


「全然!私から話しかけた訳だし。気にしないで。大野君は、まだ写真撮るの?」

「もう少ししたら帰るかな」


あと一枚。


適当に撮って、終わらせたい。


君からの宿題を。


「じゃあ、また明日」

佐野さんは、そう言って笑顔でローファーに履き替える。

「また明日」

手を振りたい衝動を必死に抑え、佐野さんの後ろ姿を見送った。


一緒に帰りたかったなぁ。


僕は、そんな事を思いながらゆっくりと歩き出す。


結構、チャンスだったかもしれない。


階段を意味なく上がり、写真を確認する。


整った顔立ちに、綺麗な瞳。

家に飾りたいぐらいだ。


僕は、階段を登りきると近くの壁に寄りかかる。


君の写真といい、このカメラには美女二人の笑顔が保存されている。


君の笑顔も美しい。


「大野。鼻の下伸びてるぞ」

職員室前に立つ近藤の一言に我に帰る。

「マジっすか?」

慌てて鼻の下を触ってみるが、伸びているのかは、分からない。

「マジで」

笑いながら言った近藤が近づいてくる。

「何見てるの?そのカメラで女子でも盗撮したのか?」

「違いますよ」

君にも近藤にも盗撮を疑われる僕は、盗撮犯みたいな顔をしているのか?


顔は生まれつきで変えられないし、まず盗撮犯みたいな顔ってどんな顔だ。


そして、今更気付いたが、このカメラには僕が撮った写真しか保存されていない。

君が撮った写真を、僕が悪用しないようにメモリーカードを新しい物にしたのだろう。


「まぁ、とにかく早めに帰れよ」

そう言うと近藤は、職員室に消えて行く。



職員室の前でカメラを見てにやけている。



側から見れば不審者だ。


気付かぬうちに、盗撮犯みたいな行動をしていた僕に今更気付く。


大野 健太容疑者。


君の声が頭の中でこだまする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る