第8話
首からカメラを提げるのが恥ずかしい僕は、バックにカメラを忍ばせながら、被写体を求めて学校の敷地内を徘徊していた。
家に持ち帰り、カメラが親にバレれば何か言われるに決まっている。
盗んで来たの?
そう言われるかもしれない。
適当に残りの四枚を撮って、君の下駄箱にでも一眼を入れて帰ろう。
学校の敷地内を一周したが、撮りたいものはない。
当たり前だ。
写真なんか本当は撮りたくないのだから。
憂鬱になりながら、一人で渡り廊下を歩く。
「お願いします!」
グラウンドから威勢のいい声が聞こえたと共に立ちのぼる砂埃。
野球部の紅白戦が始まったようだ。
これはチャンス。
近づくと数人の女子生徒がフェンス越しに笑顔で試合を見守っていた。
マネージャーは野球帽を被り監督の傍で何かを書いている。
彼女達は、ただの観客だろう。
フェンスに手をかけ見守る女子達の視線は、グラウンドに向けられ、後ろを通る僕には気付かない。
音を立てないようにカメラを取り出し、ファインダーを覗く。
女子達の背中越しのグラウンド。
しかも、間にフェンスがある。
女子達にピントを合わせ、グラウンドをぼかす。
何となく浮かんだ構図に自然と体が反応し、シャッターを押す。
僕は、慣れないボタンを操作し、写真の確認してみた。
センスあるかもと思った自分が恥ずかしい。
フェンスにピントが合ってしまい、女子もグラウンドもぼやけている。
たしか、自動でピントが合うモードのはず。
自動とはいえ、ピントを合わせる被写体にカメラのピントが合うように構える必要があるようだ。
でも、それってどうやるの?
考えている暇はない。
後ろを振り返られたら、また盗撮を疑われる。
まあ、盗撮だが。
「面倒なことになったなぁ」
思わず口から出た愚痴。
カメラって適当に構えてシャッターを押すだけと思っていたが、どうやらある程度の行程があるらしい。
そして、いい写真を撮ろうとしていた自分に初めて気付く。
やばいやばい。
慌ててカメラをしまった僕は、足早にグラウンドを出た。
これが君の作戦だったのだろう。
まんまと僕は君の手のひらで転がされていたらしい。
まぁ、ピントが合っていないにしろ、一枚は一枚だ。
残り三枚。
グラウンドで部活風景を撮ってみようと考えが、周りの視線が多過ぎる。
だが、室内部活は廊下からや窓の外など、撮影出来る位置が限られてしまう。
どうしたらいいか?
君が隣にいたら、君に頭を下げてでも聞きたいくらいだ。
本気で写真を撮ることに悩んでいた僕だが、今日だけと自分に言い聞かせ、写真にのめり込む自分のまま被写体を探す。
とりあえず校舎に避難だ。
今までたまたま出会った綺麗な風景をスマホのカメラで撮って来た僕にとって、写真を撮ろうと思いながら、徘徊したとしても、何を撮っていいのか分かるはずがない。
カメラを首から提げてモニターを見つめながら廊下を歩く僕は、側から見れば、れっきとした写真部員。
「わっ!」
その声と共に背後から両手で肩を掴まれた僕は、慌てて振り返る。
「佐野さんかぁ。びっくりしたぁ…」
飛び出そうになる心臓を右手で抑える僕は、佐野の笑顔につられ、笑顔になる。
驚いただけで、僕の心臓が飛び出そうになったわけではない。
もう一つの理由は、佐野さんのユニホーム姿が可愛かったから。
学校指定のジャージをユニホームの上に羽織り、下はユニホームのまま。
綺麗な脚が露わになっていることに加え、萌え袖だ。
「大野君って写真部だったんだ」
違う。違うんだよ佐野さん。
心の中の僕の叫び声は、佐野さんの耳には届くはずがない。
「写真部ではないんだけど、先輩にカメラ借りたから、何となく撮ってみようかなって思ってさ…」
「先輩って、あの綺麗な人?」
佐野からが首を傾げると、綺麗なポニーテールが揺れた。
こういう日常の一コマが、写真を撮るのに向いているのだろう。
「綺麗かは分からないけど、その人。借りたというより、半ば強制的に押し付けられたんだけどね」
「綺麗だよー。クラスの男子みんな虜になってたよー」
佐野さんの笑顔もレベルが高い。
本人は気づいていないかもしれないが、佐野さんだって、クラスの男子を虜にしている。
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