第6話
出鼻を挫かれた一日もまもなく終了。
体育館清掃担当の僕は、響と一緒にたわいもない会話をしながら渡り廊下を歩く。
春らしい陽気が一転、冬が戻って来たかのような北風が渡り廊下を駆け抜けた。
それが、まるで今日の僕の心情を表しているかのようで、余計寒気がする。
長い渡り廊下をしばらく歩くと体育館前で二、三人が中を覗いて盛り上がっているのが見えて来た。
傍に体育教師の近藤の姿もある。
「おう!大野。すまんな。あと五分でゲーム終わるから、それまで待っててくれ」
今の体育の授業で男子はテニス、女子はバスケを行っているが、ある日、中高テニス部だった近藤に試合を申し込まれ、その試合で僕は近藤に競り勝った。
その日からなぜか僕と近藤は、とても仲良くなり、放課後にジュースを奢ってもらえる程の仲だ。
入学から約半年。
ようやく学校にも慣れて来た。
「了解っす」
そう言って僕は、体育館の中を覗いた。
二年生の女子がキャピキャピ言いながらボールを追いかけている。
キュッキュッというシューズの鳴る音が響く体育館。
「ゼッケン七番の子、可愛いな」
「だな。胸でかいし」
「俺は、あのポニーテールの子だな」
横で体育館の中を覗く男子は、男子らしいというか、思春期真っ盛りな会話をしている。
まぁ、それが普通の男子高校生か…。
そう言われると七番を探したくなるのが男子の本能。
活発に動く女子達の中から七番を探す。
だが、動きが早すぎて中々見つからない。
「お前ら、変態だな」
近藤がコツンと隣で覗く男子二人の頭を叩く。
「どうせ先生だって、昔は女子の胸とかスカートとか見てたんだろ」
「見てたけど、お前ら程じゃない」
何でも聞かれれば、ぶっちゃける近藤は、男子から人気の先生だ。
「やっぱり俺は七番だな」
隣の男子のおすすめの七番を僕がロックオンしたと同時に僕は目を逸らした。
君が笑顔でボールを追いかけていたから。
授業終わりに鉢合わせでもしたら殺される。
あんな事を入部届に書けば、誰でも怒るだろうし、あれから二週間以上、何もコンタクトを取っていない。
焦る僕を知らないタイマーが、ブザー音とともに試合終了を告げた。
「試合終了。各自片付けしたら教室に戻れ」
近藤が手を叩きながら体育館に戻って行く。
「すまんトイレ」
「おぅ」
行きたくもないトイレと響に嘘をつき、正面入り口から離れたトイレに向かう。
体育館脇を抜けたその先に、外から入れるトイレがある。
そのトイレは、体育館内用のトイレとは別で、体育館内からは入れない。
早足で歩く僕の視線の先で、体育館特有の側面の大きな扉が開き、キャピキャピ声が聞こえて来る。
そこからも出るんかい。
関西出身でもないのに、心の声が関西弁になる程、僕は焦っていたのだろう。
顔を伏せ、人物を悟られないように早足でトイレを目指す。
早足の僕と体育館から出て来たキャピキャピ声がすれ違った。
誰も声をかけてくる女子はいない。
恐る恐る振り返ってみるが、そこに君の姿は無かった。
胸を撫で下ろし、トイレに入れる。
トイレに行くと言ったからには、トイレに入らなければ、響に不審がられる。
誰もいない男子トイレで僕は手を念入りに洗い、時間を潰してから、手を拭きつつトイレを出る。
既に大半の二年生が体育館を後にしており、響達の姿もなかった。
掃除に遅刻してしまう。
小走りで、先程の女子が開けたままの側面の入り口から体育館に入ろうとした時、体育館から出る女子とぶつかりそうになる。
「うぉぉ」
二人して同じリアクション。
「すみません」
そう言って掃除に加わろうとした僕の腕は、誰かに掴まれた。
「捕まえた」
満面の笑みを浮かべる君の細い手は、ガッチリと僕の腕を掴んでいる。
握られて痛いと感じるほど。
「あのーこれから、掃除なんですけど…」
「君とは話をつけなくちゃならないね。でも私今日、日直で、時間ないんだ。」
「じゃあ、離してください」
僕が言うと君は僕の腕を解放した。
「あとでじっくり聞かせてもらいます」
そう言って体育館を出て行った君は、あっという間に校舎に消えた。
「付き合ってるの?」
響がモップ片手に聞いて来た。
「全然。ただの知り合い」
僕はそう言って大きな扉を閉めた。
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