第2話

 篠崎は、急遽会議が入ってしまい、今日は、部活に顔を出せないと言うことを伝えに来ただけだった。

 それから、聞きたくもない写真部の説明を聞かされ、君から帰宅許可が出たのは、しばらく後のことだった。



 あれから一週間、科学準備室には一度も行ってはいないし、君に会ってもいない。

 写真部に入部するつもりは無いのだから当たり前のことだ。

 しかし、あれだけグイグイ勧誘したのだから、多少向こうからのアプローチがあってもいいとは思うが、顧問の篠崎でさえ、何もなかったかのように接して来る。

 写真部に入部しなくて済むのならそれでいい。

「サッカー部のマネージャーが可愛い」

「二組の上野さんは可愛い」

「バスケ部の朝練はきつい」

 クラスメイトは、そんな話題で盛り上がっている。

 写真部なんてクラスメイトとの共通の話題はないだろう。

 そんなことを思いつつ、今日も何気ない放課後に帰宅準備を進めていた。

 何もなかった一週間の間に、友達も出来たし、何とか平均的な高校デビューは飾れたと思う。

 漫画のように一目惚れされたり、可愛い子が隣の席になったりはしない。

 それが、普通の青春だ。


「大野 健太君は、どこかな?」


 その声に教室の出入り口に視線を向けると、君がいた。

 出入り口でたむろしていたクラスメイトの右手がこちらに向けられる。


「あそこっす」


 その声に変な汗をかく。


 やめてくれ。


 喋ったこともない人間をこんなにも恨んだのは初めてだ。

 笑顔で机と机の間を縫うように歩いて来る君に向けられる視線。


「可愛い」


 それがクラスの男子の反応だった。


「一週間何も連絡してこないなんて、寂しいじゃん」


 僕の前の席の椅子に座った君は、まるで付き合っているが最近は倦怠期のカップルかのような口調で言う。

「まさか大野の彼女?」

「あんな可愛い先輩が彼女とかいいな」

 周りからは誤解したクラスメイトの声が聞こえる。


 違う、違うんだ。


 心の中で僕は叫んだ。


「まさか、教室に来るとは。先輩も大胆ですね」

「だって、校内で見かけないし、部室には来ないし、こうするしかないでしょ?」

 クラスメイトの熱い視線を感じていないのか、君は終始笑顔だ。

「先輩、ここじゃ周りの視線があるので部室行きませんか?」

 流石にここでは変な噂を生む。

 部室があるなら、そこがいい。

「そうだね。部室行こう」

 君はそう言って立ち上がるとスタスタと出入り口に向かい歩き出す。

 僕も立ち上がるが、依然としてクラスメイトの熱い視線を感じる。

 明日から、なにかとクラスメイトに面倒な質問をされそうだ。

「君、教えてくれてありがとうね」

 僕のことを指差したクラスメイトに、君は飴をあげていた。

 これで、君がこのクラスの一人を買収したことになる。

 荷物を持って慌てて廊下に出た僕は、君の後を追う。

 しばらく、無言のまま二人で廊下を歩く。

「部室なんてあるんですか?」

「一回、来たじゃん。科学準備室」

 僕は君の笑顔しか見たことがない気がする。

「あそこが部室なんですか?」

 僕のイメージとは違う部室に驚きながらも、入部しない部活の部室を知ったところでなんの役にも立たない。

「そう。静かでいいでしょ」

「ごちゃごちゃしてるし、ぶつかって薬品とか落としそうで怖いっす」

「まだ、容疑者は奥の部屋を知らないのか」

「その呼び方やめて下さい」

 まだ、覚えていたか…。


 そんなことを話していると、科学準備室が見えてくる。

「奥の秘密の部屋を案内するよ」

 君は狭い棚の間をスムーズに通過する。

 何とか薬品にぶつかることなく棚の間を通過すると、初めて君を見かけた少し広いスペースがある。

 あの日は気づかなかったが、その奥に扉がある。

「ようこそ、滝ヶ丘高校写真部の部室へ」

 君の細い手が扉を開ける。



 壁には青空の写真や猫の写真、桜吹雪に楽しそうな文化祭の写真が貼られ、室内には、いくつかのテーブルに椅子、パソコンや機械が置かれている。

「先輩達が撮った写真を記念に貼っていくのが伝統らしくてさ。もう、私が貼るスペースがないや」

 そう言って君は、校長先生が座っていそうな大きな椅子に腰掛ける。

「他の部員は、撮影に出てるんですか?」


「部員は私、ただ一人です」


 君の白い人差し指は、まっすく天井に向かって伸びていた。

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