第1話

「ちょっ」

 慌てて顔を手で覆うもすでに手遅れ。

 カメラに驚いた顔をしっかり撮影されてしまった。

「本日のベストショット頂きました」

 指の間から見えたのは、天使の笑み。

「そういえば、君は、何でここに?」

 画像を確認しながら、天使は言う。

「外は部活の勧誘が凄くて、一旦校舎に避難してたら、たまたまここを見つけて…」

「そして、私を見つけて、思わず見惚れてしまい盗撮か…」

 少し頬を赤らめながら天使は言った。

「だから、違いますって」

 両手を使い否定する僕を、にやけて見つめる天使。

「君、名前は?」

「一年一組の大野 健太です」

「私は、二年三組の新島 華と申します」

 ぺこりと頭を下げた天使の名前を、僕の心の中で繰り返し呟いて、頭に刻む。

「あとで写真、玄関の掲示板に貼っておくね」

「や、やめて下さい」

 思わずカメラに手を伸ばした僕の手を、ひらりとかわした君は、笑顔で舌を出す。

「盗撮したんだからいいでしょ」

「だから、盗撮してないですって!」


 君は終始笑顔だ。


「分かった。この君の顔に免じて許してあげよう」


 そう言って君は、一眼レフの液晶に表示された驚いた僕の顔を指差した。


「恥ずかしいから消して下さい」

「私が墓場まで持っていきます」

 君は一眼レフを奪われないように両手で抱きしめて、僕を見つめる。


 相変わらず君の瞳に僕は、吸い込まれそうになる。


「本当にやめて下さい」

「つまんないのー」

 そう言ってカメラをいじり出した君は、写真を削除しているのだろう。

 僕は、大袈裟にスマホで時間を確認し、時間がないことをアピールし、逃げ出すことにした。

「すみませんでした。失礼します」


 そう言って立ち去ろうとした僕の背中に届いた声に、足が止まる。


「君、写真部に来ない?」


「写真部ですか?」

「そう写真部。テキトーに文化祭とかで写真撮って終わる楽な部活だよ」

 なるほど。

 君が一眼レフを持っている理由はそれか。

「遠慮しておきます。フットサル部が気になってるので」

 全く興味のない部活だったが、背中を向けたまま嘘をついて乗り切るしかない。

「そうか…残念。盗撮と言われずに、文化祭とかで可愛い女子とかを撮れるいい部活なのに」


 なるほど。


 悪くないかも。


「先輩は、どれだけ僕が変態だと思ってるんですか?」

 一瞬、写真部に惹かれてしまった自分を恥じながら、振り返り僕は言う。

「盗撮するくらいなんだから、変態でしょ」

「だから、盗撮じゃないですって」

 否定すればする程、疑わしくなっている。

「とりあえず、体験入部って事でいいかな」


 笑顔の君は、強引すぎる。


「お断りします」

「えー。じゃあ、こればら撒くよ」

 そう言ってスマホを見せてきた君は、とても笑顔だった。

「やめて下さい。なんでスマホにさっきの写真が保存されてるんですか?」

 スマホを奪おうと伸ばした僕の手を、君は素早くかわす。

「最近の一眼は、スマホに写真送れるの知らないの?」


 知らなかった。


 カメラはカメラでしか再生出来ないと思っていた僕の知識は、古過ぎたようだ。

「まさか、脅迫ですか?」

「そう脅迫」

 あっさり罪を認めた君は、笑顔で僕を見つめている。

 中学では、硬式テニス部に所属していたが、実力はそこそこで、部活への参加頻度も趣味程度。

 文化部は、地味というイメージの強い運動部出身の身からすると、高校でも何かしらの運動部に所属したい。

 そういえば、君から誘われるまで、写真部があることを知らなかった。

「いいじゃん。籍だけ置くのでもいいから。いわゆる幽霊部員」

「せっかく部活に所属しているなら、参加したいです」

 文化部の幽霊部員なんて、高校生活は、つまらな過ぎる。

「おおっ。入部してくれるの?」

「幽霊部員だけは、嫌だって事です。入部したいって言う事ではないです」

「相変わらず冷たいなぁ。大野健太容疑者」

 どうやら、盗撮容疑は一生晴れることは無さそうだ。

「新島、いるか?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、担任の篠崎が立っていた。

「先生、ちょうど良かった。新入部員です」

 そう言って君は、僕の右腕に手を回した。

 街中で見ればただのカップル。

 だが、ここでは拘束された盗撮容疑者だ。

「君は、確か俺のクラスの…大野だっけ?」

「はい…」

 顧問が担任とは、最悪だ。

「新島、どうせ強引に勧誘したんだろう。まぁ、貴重な新入部員だから、大野を離すなよ」

 篠崎が少し呆れながら言うと、君はさらに身体を密着させた。

 腕に伝わる感覚に一瞬、ドキッとしてしまう。


 先輩、胸が…当たってます。

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