第7話 「大樹の葉陰」
前回同様、
初めて会うわけでもないのに未玖は壁を見つめ飛空は俯いたままで、互いに相手が口を開くのを待っているようでいて実は別のことを考えていた。
未玖は最初の質問を何にすべきかを考える側で、いままでの自分の言動を思い起こして恥ずかしがったりしまった!と思ったりしていた。
風早へのトキメキは今も間違いなく未玖の中にある。それなのに、新たなどきどき対象が現れた。それが少しと言えども恋の相談をしていた相手だったという不手際感。
そして、どちらからも「付き合って欲しい」などと言われてもいないのに、どちらとも付き合える可能性があるんじゃないかと期待している自分に赤面する。
(私ったら・・・!)
今はカエルではなく
相談したところで「爽やかスポーツマンと陰のある文学青年風な大人、どっちも捨てがたいね~」って言われてわいわい喋るだけで終わるとしても、対策を練る時間が欲しかった。二兎追う者は・・・と頭の隅で登りがパタパタと揺れるのが見えるようだった。
「可愛い子だなぁ」と思ったのが最初の印象で、真っ直ぐ見つめ返されてドキドキした事を覚えている。
思えば同級生とさえまともに話をしたことが無く、「女の子」と呼ばれる年代の女性とあれ程長く話をしたことは無かった。子供の頃に未来を見ていた人達は皆大人で、幼かった飛空からすれば女子高生も十分に大人だった。
初めて年下の女の子の未来を見たと言っても過言ではなく、だからこそドキドキの理由を「女の子慣れしていないだけ」と決めつけた。それに加えてこうも思った「彼女に惹かれているんじゃない、彼女との縁の不思議さに惹かれているだけだ」と。
クルクル変わる未玖の表情は見ているだけで楽しく飽きなかった。
それどころか、ずっと見ていたい気さえしてしまう。
そんな彼女の未来に自分の姿を見て驚き、新鮮な喜びを感じ、そして可能性の低さに落胆した自分にも驚いた。未来に期待はしない、人の為に生きると心に決めたはずだったのに・・・と。
飛空は先程見た彼女の大樹の変化に心揺さぶられ、気づかぬ振りをして打ち消した思いに光が射して「彼女と一緒に生きて行けたら楽しそうだな・・・」と、まだ選ばれてもいない未来を思い描いてしまった自分が恥ずかしかった。
2人してモジモジと会話の口火も切れずに黙っている。そんな妙な空気の流れる彼らの元へ
「何? この見合いの席みたいな空気感」
「見合いだなんて・・・」
2人の言葉が重なって翔は楽しげに笑った。そして飛空の格好を見て首を傾げる。
「飛空・・・、もうカエルの格好する必要ないんじゃないか? 関係者以外上がって来ないし、さっき素顔のままで会ったろ? 」
カエルの中から「あぁ・・・」と飛空の声が漏れた。
「また脱ぐのも面倒だから・・・このままで」
つい習慣で着てしまったというのが理由ではあったが、今、未玖と素顔のまま対面するのが恥ずかしくもあった。
「私もこのままの方が落ち着くというか・・・馴染むと言うか・・・」
未玖も飛空に賛成する。こちらもカエルを脱いだ飛空を前に、舞い上がらずに会話が出来るとは思えなかった。カエルのままの方がかえって助かると思ってのことだった。
「そうか?」
「あ、そう言えば。何でカエルって呼ばれてるんですか?この格好でテレビに出てたとか?」
未玖は少し早口で翔に質問をした。会話を始められなかった所へやってきた翔を引き留めたい必死さがあふれていて、翔は微笑ましい光景を眺めるようににこやかに見つめた。
「それ、未来に関係なくないですか?」
飛空は嫌な汗が流れるのを感じてさっさと終われたら・・・と、
「ごめんなさい」
「未玖ちゃんが謝ることないよ。着ぐるみは俺の提案、ここで始めたときに着せたの。スカイは人を招くし飛空は顔出したくないし、神様の罰は怖い。ーーーで、折衷案って事でね」
俯いている飛空を立ったままの翔が面白そうに見下ろして、カエルの頭をぽんぽんと叩いた。
「カエルって愛称はテレビで、な」
「その話はもぉ・・・」
カエルが困って頭を抱える。
「未来を見る神の子は困ったりするとすぐ帰る帰るってぐずるから、司会のお姉さんが《今日も出ちゃいましたね、カエルちゃん》って言ったのがその時ハマってね。名前も青柳飛空(あおやぎしょう)だし、柳に飛ぶってきらカエルが何だか面白かったんだよな」
カエルから恥ずかしそうな気配がしていた。
「未来見ます!翔さん行ってください、ほらっ」
とっとと翔を追い出してカエルが未玖と向かい合った。見るとは言ったものの、未玖から質問が出るまでの間が長く感じられた。
彼女が言葉を選んで黙っている間、飛空はそっと未玖の大樹を見ていた。
先程見た輝きは無く、これまで見てきた多くの未来と変わらない姿だった。
しかし、前回との大きな違いに目を見張る。飛空と結婚する未来が数を増し、もう一人の人と互角になっていた。
両者の枝が入り組んでいる所を見ると、未玖の思いひとつで2人の枝を橋渡しする枝が簡単に延びるように思えた。未玖にとってどちらであっても同じくらい幸せな時間を過ごせる存在なのだろう・・・と思えた。
見る事の出来ない自分の未来が、未玖の未来樹の上で穏やかに楽しく綴られている。時にスパイスの様に喧嘩しながら、それでも幸せそうな自分の姿に飛空は心が揺れた。
(彼女と一緒に過ごす未来があったなら・・・)
またそう思って直ぐに
自分の考えを切り替えようとするように、飛空は未来を見る目をそっと過去へ向けた。先程の大樹の輝きをもう一度見てみたくもあり、その前に何が起こっていたのかも興味をそそられていた。
過去は選択に選択を重ねて出来ているために、誰の過去も真っ直ぐではなく少しずつ微妙にうねりながら伸びている。飛空は一番近い湾曲部分まで一歩二歩と辿った。
雷の様に輝く大樹に再び感動し立ち止まりそうになりながらも、更に一歩。曲がり始めるポイントまで戻ってみて飛空はその光景に目を見張った。
(は・・・恥ずかしいーーーッ!!)
辛うじて声は出さなかったものの、飛空はカエルの中で耳まで真っ赤にしていた。
それは 、顔からボッ!と音が聞こえるかと思うくらいの勢いだった。
未玖の見ていた自分の姿は想像を超えていた。デフォルメにも程があるキラキラ輝く王子様。しかも盛大な鐘の音が流れていて、未玖のときめきフィルターを介して流れ込む彼女の心の呟きに飛空は居たたまれず立ち上がった。
「ちょっと! 思い出した事が・・・すいません」
唐突にそう言って慌てて階段を下りて行くカエルの後ろ姿を、未玖はきょとんと見送った・・・。
飛空は階段の終わりかけで座り込んで、カエルの口をパックリ開けると真っ赤な顔をカエルの手で覆って、ひとつ大きな溜め息をついた。
(きぐるみ着ててよかったぁ~・・・・・・)
突然顔を真っ赤にするなんて変な奴だと思われるだろうし、勝手に過去を見ていたと気付かれたらそれはそれで抗議の嵐を受けそうだと思った。きっとあの場面は人に見られたくはないだろう。
「をぉ!! ビックリしたッ! どうした?!」
物を取りにやって来た翔がカエルの姿に驚いて声を上げた。
「変なとこに座ってんじゃないよ、まったく」
「しっ!」
飛空が慌てて人差し指を自分の口元に当てた。
「お前、顔真っ赤だぞ・・・。 ははぁ~・・・キスしてきたか?青春だなぁ」
「ばっ!!馬鹿なことを・・・!」
取り乱して立ち上がり、怒鳴りそうになったのをぐっと堪える。
「びっくりしただけです、何もありません」
声を落として言い返す。
「驚いて赤くなるのか?」
「僕との未来が相手と五分五分になってたんですよっ!」
上に居る未玖に聞こえないように互いに声を落としながら話す。
「おぉ、そりゃ好都合じゃないか。一気に巻くして形勢逆転といこうぜ!」
ノリノリな翔の言葉に飛空はすっと落ち着いた。
「未来を知って自分の都合のいいように図ろうとするなんて、そんな狡いことはしたくありません」
翔が呆れた顔をする。
「おいおい、恋の駆け引きをインサイダー取引みたいに言うなよ」
「未来を見て知ったことでどうこうしたくないです。黙ってて下さい」
飛空はカエルの顔を頭に乗せると両手でチャックの引き金を持って、シヤッと音を立ててカエルの口を閉じ2階へ上がって行った。
「・・・自分で自分の首、絞めんなよ」
そう呟いて翔は飛空を見送った。
飛空がソファーに腰掛けると、未玖が一呼吸置いて質問を投げかけた。
「あの・・・。 最初に見てもらった時カエルさん凄く慌てた感じでしたよね。ーーーもしかして、私とんでもなく恐ろしい死に方とか・・・するんですか?」
その質問に、少し肩の力が抜けた飛空は軽く笑って答えた。
「いや・・・ごめん、違うんだ。そんな事はないよ、大丈夫」
「良かった。ちょっと心配してたんです。 じゃぁ、何を慌ててたんですか?」
「あ、いや。ーーーーちょっと意外な事が見えたから」
「意外な事?」
「気にしないで、怖がる事や心配する事とかそう言うんじゃないから。ただ、僕が驚いただけ。未来を見る僕の問題。君じゃないから、大丈夫」
少し心配顔の未玖にカエルは優しくそっと話した。
「あの・・・。未来を見る時、最初にその人の死から見るって言ってましたよね」
「うん、そう」
「ーーーー辛く・・・ないですか? 子供の頃から見えたんですよね、怖くなかったですか?」
カエルがゆるやかに首を傾げる。
「どうかな・・・。最初から見えてると、案外当たり前のことのように思えるというか・・人は皆そういうものなんだなって・・・。 もちろん、惨殺される未来とか事故死とか見たくない未来もあるよ。子供の頃は知ってる言葉も少ないし、言葉で伝えるのが苦痛だったりして、だから逃げ出したくて直ぐに帰るってごねたりしてた」
そう言ってカエルは笑った。
「風切さん、未来を見てもらいにきたの?インタビューしに来たの?」
「ああ・・・」
ばつの悪そうな未玖を見てカエルは楽しげな声で笑った。軽く弾んだ柔らかな響きで、それは未玖の心を和ませた。
「どこのカフェでも特に大きな変化はないように見えますよ」
「え!?」
「意中の彼とのグループデート。トキメキが欲しかったら・・・、クリームたっぷりのスイーツを選んでみて下さい」
未玖は頬を紅潮させて目を落とした。
「いつの間に見てたんですか?」
恥ずかしさに少し声がきつくなる。
「楽しそうな未来が見えてますよ。 僕もこんな学生生活してみたかったな」
カエルの声にほんの少し寂しげな気配を感じて未玖はカエルを見つめた。どんなに見つめても表情が分かるわけでもないのに・・・。
「・・・ずっと神様のお仕置き期間だったんですか?」
「え? ーーー中学の後半から高校生の半ばぐらいまで・・・だったかな。受験は出来る状態じゃなかったから高校には行かなかったんだよ」
未玖は少し悲しそうな顔を向けた。
「僕のことはいいから、他に知りたい未来ある?」
正直、それ程沢山見て欲しいことがあったわけではなかった。ここに来る口実が見つかっただけだ。何故ここに来たかったのかは・・・今は分かる気がしていた。
「彼と高校生のうちに付き合えるかとか、知りたい感じ?」
確かにそれも湧いた疑問のうちのひとつではあった。
「それは・・・、風切さんの選択しだいだよ。どちらの未来もある」
「私が行動を起こさないとって事ですか?」
「どちらのパターンもある。彼が行動し君が選択する未来と君が行動して彼が選択する未来。時と状況で何パターンも選択肢がある。ーーー君がそこに至るまでにどの未来を選んで来たかで変わる」
「他の・・・候補が現れたりとか?」
未玖はぬるくなったコップを手に、そっと聞いた。
彼女の表情に大樹が重なる。飛空はどう答えたらよいかと言葉を選んでしばし黙った。
「自分で選び自分で引き寄せるからこそ幸せは倍になる。・・・次は本当に困った時に来て下さい。その時は見ます」
「遊びに来るのも駄目ですか?」
立ち上がりかけた飛空に取りすがるような声音になって、未玖は顔を隠すように俯いた。
「・・・お客さんを拒むお店はありませんよ。翔さんも喜ぶと思います」
未玖は喉元まで出掛かった「飛空さんは?」の言葉を飲み込んで曖昧に笑った。飛空に促されて先に降りた未玖は、着ぐるみを脱いだ彼の姿をもう一度見たくてカウンター席に掛けて待っていた。
「納得いく回答を得られたかい?」
翔がやんわりとした口調で未玖に尋ねた。「ええ、まぁ」と歯切れの悪い返答の未玖を見て、翔はバックヤードの入り口から上へ声をかけてくれた。
「なんかグズグズ言ってるけど、降りてくるから待ってて」
未玖達が上に居る間にテーブル席が幾つか埋まっていた。翔が注文の品を運び、空いたテーブルを片づけてカウンターへ戻って来る間にも飛空は降りてこなかった。
「あれ?どうしたんだろうな」
翔がちょっと裏に回って何事かを上階へ言って戻って来たのと同時に、慌てたように飛空が降りて来た。ちょっと頬を紅潮させて怒っているようだった。
「変な事言うの止めて下さい」
「あれぇ?俺何か言ったっけ?」
と未玖に目配せする。飛空と未玖の目がかち合って互いにそっぽを向く形となるのを、翔はほくほくと見つめた。
「こいつ変な奴だけど、また遊びに来てあげてよ」
「え?! あ、はい」
「友達連れて来てもいいよ。うちのパティシエに腕を振るわせるからさ」
と未玖に顔を向けたまま翔は飛空の背中を叩いた。
「勝手なことをっ・・・!」
すいませんと他のお客さんから声が掛かり、翔が飛空を顎で促す。翔へギリッと眼を飛ばして飛空はレジへと向かった。
「カエルさん・・・飛空さんがケーキを?」
「そう、ケーキもチョコもね。美味しいでしょ? 俺のお気に入りのパティシエ。ちゃんと学校通ったんだよ」
息子を自慢する父親のような微笑みで飛空を見ていた。つられて未玖も目を向ける。
「うちのカエル君、良い客寄せパンダにもなってくれるしね。一石二鳥」
女性客がきらきらした目で楽しそうに飛空へ話しかけている。
「恥ずかしそうに話す若い男は乙女心をくすぐるのかなぁ・・・。 妬ける?」
「べ・・別にッ」
「心配ないよ」
優しくそう言って翔は未玖にウインクした。
「変な指南止めて下さいよ」
笑う翔の元へ飛空が戻って来て言ったが、翔は「な~んも言ってないよ」とうそぶいて肩をすくめて見せた。満席とは言わないが、賑わっていたテーブル席がだんだんと空いてきていた。
「なんだか・・・へんだな」
「もう少ししたら客足が遠のきますよ」
飛空は翔の後ろを過ぎながらそう言ってバックヤードへ消えて行った。
「私も・・・、今日はこれで」
未玖も会計を済ませて喫茶店を後にした。
帰りがけにパワーストーンのお店の前で立ち止まり、ちょっと立ち寄ってみようとドアをくぐった。
「あら・・・未玖ちゃん」
一泊置いて名前を思い出した女店主が「当たってる?」と言う表情で見つめるので、未玖は「はい」と笑顔を返した。
「律儀ね、嫌いじゃないわよそう言うの。ありがとう、ゆっくり見ていって」
翔の元奥さんは優しい笑顔を向けた。どこか2人の笑顔は似ていると未玖は思った。
未玖は棚やテーブルの上などに置かれた様々な石に目を奪われて、口を半開きにしてあちこちと見て回った。よく見るブレスレット状に繋げられた石も幾つか置かれていが、指輪やネックレスにイヤリング髪留めカチューシャと様々な品物があり、石の組み合わせで違った印象の物が複数ずつあって見るだけでも楽しかった。
「これって、もしかして作ってるんですか?」
「うふふ、そうよ。全部私が作ってるの」
ちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうに彼女は答えた。
「凄いですねぇ!」
「そのまま買っても良いし、石を変更して好みの色合いにすることも可能よ。未玖ちゃんなら・・・恋の叶うピンク系の石に水晶を入れたりして、ふんわり甘い感じのも似合うと思うわ」
丸く削られた石が入った小瓶を幾つか取り上げて並べてみせる。
「また来るなら、今オーダーして頂けたら作り置きしておきますよ」
そう言ってウインクする。仕草も翔さんと似ている・・と未玖は思う。
「どうしよう・・・」
「指輪とか、こんなバッグチャームだと手頃だと思うけど」
彼女の差し出した指輪を手に取り、形状の違う物をそれぞれ指にはめて顔の前に手を
(お母さん?)
未玖は窓際まで近づいて外に目を向けたがその人はもう階段を上がってしまったようで、店内からは姿を見ることが出来なかった。
「あっ、あの。すいません、ちょっと・・・また来ます」
指の一本一本から指輪を外すのももどかしく慌てて未玖は外へ駆けだしてすぐさま階段を数段上り、直ぐにしゃがみ込んだ。
石畳の道を歩く女性の後ろ姿は紛れもなく未玖の母親だった。
(お母さんだ・・・。え? たいして喫茶店のヒント言わなかったつもりだけど・・・何で分かったんだろう?)
母親の姿が喫茶店のあるステップまで上がり、見えなくなるのを待って未玖は後を追って駆けだした。
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