第4話 「過去、現在、未来」

「ただいまぁ・・・」


 未玖が帰ると家の電気が点いていた。


「お帰りなさい」

「あれ? お母さん、今日はママ友会で遅くなるんじゃなかったの?」


 朝、そう聞いていた。


「あぁ、それがね案外早く終わったの」

「ふ~ん、良かったね。今は面倒な人いないんだ」

「面倒な人どころか、趣味友候補が2人も見つかったの!」


 小学校、中学校とママ友の集まりに少し困った感じで出かけていた母が意外なほど明るい表情を見せていて、未玖は少し嬉しい気分になって笑顔を向けた。


「趣味友って粘土細工の?」

「そう! 未玖ちゃんが引き合わせてくれたのよ」

「私がって」


 少女の様にはしゃいだ感じの母親に苦笑しながら、久しぶりに見る気がする・・と未玖は思う。


「未玖ちゃんがどうしても今の高校が良いって言って、合格してくれて、そして出会えた人達だもの。未玖ちゃんが会わせてくれたのよ」


「制服が可愛かったのと、あと波瑠妃と明輝も行くって言うから・・・」

「それはずいぶん前に聞いたけど、それでも、有り難う」


 屈託のない笑顔は昔と変わらないなと未玖は思いながら母の顔を見ていた。


「今度は3人で集まって粘土細工やろうって事になったの。土曜とか・・・出かけても大丈夫かな?」


 未玖は肩を落として呆れた顔を作って言った。


「もう高校生だよ、全然大丈夫。・・・ってか、私も出かけるかもしれないし」

「わぁ、頼もしい」

「やめてよぉ~」


 未玖に向けて小さく手を叩く母の手を軽く叩(はた)いた。


「彼氏出来たの? デート?」

「まさか!そんな直ぐに彼氏とか出来ないし!」

「どうだろうなぁ~」


 思わせぶりに笑う母に、何か感づいているのか?と風早の事を思い出して、未玖は少し頬が赤くなるのを感じて目をそらした。


「デートの予定なんてありません!ちょっとカエルに会いに・・・」


 言い掛けて、しまった!と未玖は思った。


(ヤバい!母さん達って、カエル全盛期リアルタイム世代だった)

「カエル・・・。 カエルって未来を見るカエル?!」


 やや食い気味に質問をされて、未玖は鞄を盾に困ったり笑ったりするしかなかった。




「お願いって言うか・・・、出来たらでいいんだけど。 カエルの事は人に話さないで欲しいんだ」


 帰りがけに店主が言いづらそうな顔で言った言葉が頭をよぎった。


「カエルの事を聞きつけて沢山人が来るのは困るしね。面白がってやってくるのはまだ良いとして、昔の関係者とかのクレームとか・・・。鞄からナイフが出てくるような騒ぎは、ちょっと困るんだ」

「鞄からナイフって・・・」

「前にね、一度だけ」

「言いません」


 未玖は宣誓するように片手を上げて言った。


「言わないけどSNSには書いちゃうよ~ってのも止めてくれるかな?」

「それもしませんから、安心してください」


 そう言って店主と2人して笑った。




「カエル、何処にいるの!?」

「あ・・・、いや。 カエル、探してみようかなぁ~なんて。ほら、彼氏いないし」

「ーーー元気そうだった?」


 いつになく真面目な顔で聞いてくる母はごまかせない気がして、小さい声で未玖は答えた。


「元気だと、思う。 顔隠しててよく分からなかったけど・・、でも、色々大変だった・・・みたい」

「・・・そう」

「・・・・・・。 お母さんも、何か見て欲しい未来があるの?」


 母の顔から先程までの楽しい雰囲気が消えて、未玖は少し戸惑って聞いてみた。


「あぁ、いいの、いいの。 気にしないで」


 直ぐにいつもの笑顔に戻って冷蔵庫に手を伸ばした。


「遅くなると思って夕飯作ってて良かった。温めるだけだから楽ちん」


 やや演技がかった笑顔ながら、普段の母らしい表情に未玖も体の力を抜いた。


 やはり血の繋がらない子供と仲良く暮らすのは、未玖には気付かない気苦労があったのかもしれない。反抗期は特になかったけれど、これから先の事について何か心配事でもあるのかと未玖は考えを巡らせた。


 そして、思った。


 カエルは、母の未来を見てくれるだろうか。スカイが案内しなくても・・・。


「喫茶店に居たよ。ーーー少し高台になっていて見晴らしの良い、西洋風な建物の喫茶店に・・・」


 言葉を選びながら母の様子を窺う。


「ーーー話さなくてもいいわよ。 口止め・・・されてるんでしょ?」

「え? どうして?」


 作り置きのおかずをレンジに入れる母の背に話しかける。


「どうしてって・・・。本当か作り話か分からないけど、週刊誌とかネットとかに色々書かれてるの読んだことあるしね。言いたい放題でしょ、ああいうの。物騒な話も聞いたし・・・、表だって動きたくなくなるわよね」



『 鞄からナイフが出てくるような騒ぎは、ちょっと困るんだ 』



 店主の言葉が思い出された。


 女子高生と2人きりにさせないように・・・と言うのは建前で、実は凶器を隠し持った人からカエルを守りたくて店主は側に居たのではないだろうか。

 接点が無いと思える学生が、恨みを持った人の子供である可能性は無いとは言えない。


「カエルって」


 母の背に向かって、未玖は言葉を投げた。


「どんな人だったの?」


 背を向けたままの母がしばし動きを止める。


「どんなって・・・子供よ、小学生の男の子」

「テレビで人気だったんだよね?」

「そうね。未来を当てる神の子って言われてもてはやされてたわね」


 テーブルを拭きながらそう言った。


「ーーーー恨まれるようなこと・・・したの?」


 母は布巾をシンクに掛けてからため息をついた。


「最初の頃は良かったのよ・・・。分かることはそのまま言って、分からないことは分からないって言って。ちゃんと見えている事を話してるんだなって伝わってきてね。心配事が上手く回避できたって喜んでる人もいたし、助かったって人もいたの」


 母は冷蔵庫の扉につけてあったメモ書きを手に、クシャッと丸めてゴミ箱へ捨てた。


「テレビで真面目な感じで取り上げられてた頃は良かったんだけど、いつの頃からかだんだんとバラエティーな感じが強くなってきてね。番組の人に何か言われたんじゃないのかなぁ・・・。 面白可笑しく未来のことを話すようになってきて、相談者が未来を聞いて驚くのを楽しむ番組みたいになってきて」


「未来を面白可笑しく?」


「そう。大人顔負けの物言いの子供が大人を小馬鹿にするのが売りみたいな感じになってきたのよ。あなたはやりたい仕事には就けません路頭に迷って自殺します可哀想に・・・とか、愛人を捨てないと倒産しますよって・・・本当だったけど、番組の中で夫婦大乱闘になったりしたのよ」


 眉間にしわを寄せて話す母の口調が少し早まってきた。


「子供にあんな事させるなんて良くないと思うの。 恨みを買うような事させるなんてとんでもないって思ったわ!」


 だんだんとヒートアップしてきて、未玖はちょっと引いた。


「案の定、やりすぎだって視聴者から反感を受けることが増えてきて誹謗中傷も増えて、中学に入った頃に番組も無くなって。ーーーテレビ局の人は番組終了で終わり~って感じかもしれないけど、あの子は1人で世間に放り出された感じになって、酷い話だわ!」


 未玖がどう話を切ろうかと困り始めた時、電子レンジがちょうど良いタイミングでお知らせの音を割り込んできて、母ははっと我に返ったようだった。


「あ・・・。ごめんね、興奮しちゃった」


 そう言って笑う。


「何て言うのかな。 大人が使いたいように子供を扱ってぽいって捨てたって感じが許せないのよね。未玖ちゃん、着替えてきて」 


「ああ、うんそうだね」



 2階の自室へ駆け込んだ未玖はほっとため息をついて、ベッドへ体を放り出した。


「あぁ・・・どうなるかと思った。やっぱりリアタイ世代は思い入れが違うッ」


 柔らかい布団の感触に黄緑色のカエルが思い出される。


「顔、見られたくないのかなぁ・・・」


 ふにゃふにゃの着ぐるみが実は防弾チョッキだったりして・・・、などと思って未玖はクスリと笑った。


 カエルは未玖と同じ高校生の頃何をしていたのだろうか、そもそも高校に通っていたのかも怪しい。普通の暮らしは多分無理だったのではないだろうか?



 神様のお仕置き・・・



 四六時中、死ぬ一歩手前の苦しみが延々に続くお仕置きはどれくらい続いたんだろう。テレビで能力を使いたい放題に使って、他人の未来を面白可笑しく人様に聞かせたから神様のお仕置きを食らったのか・・・と、次々と考えが浮かぶ。


 どれだけ沢山の人の未来を見てきたんだろう・・・。


『 見えてる表面を葉と表現するなら、見えている葉は全て死の直前で、全てが人生の終わり。 沢山の様々な死を僕は最初に見てるんだ・・・』


 カエルの言葉が思い出される。


 1人の未来にどれ程沢山の死が存在しているのか未玖には想像も出来なかった。多くの人の沢山の死を見てきたカエル。テレビに出ていた頃は小学生。どんな気持ちで人々の未来を見ていたのかと思い、未玖はベッドの上で丸くなって我が身を抱きしめた。


「どんな風に見えるんだろう? 映画みたいにハッキリ見えるのかなぁ・・・。夢を見るみたいに感情まで伝わってきたりするのかな・・・」


 そう思うとぞっとする。沢山の死の瞬間を小学生のカエルは見てきたのだ。

 大人達に担ぎ出されたのか?

 本人も好きでそうしていたのか?

 人の死を見ることに慣れたりする事があるのか?


(私の未来はどう見えたんだろう? まさか、恐ろしい死に際を見たとか?!)


 最後に湧いてきた疑問に未玖はがばっと起きあがった。


「ああ、もう! 次に会った時に聞いたらいい、今考えたって分かんないんだから」


 さっさとベッドを抜け出して服を着替え、置きっぱなしの鞄からスマホを取り出し机の上に置く。いつから明滅していたのか、スマホの発する光に無意識に画面を開いた。


「あ! 風早君!」


 明輝と波瑠妃からもメッセージは届いていたが、心で「ごめんね」と言って先に風早の言葉に目を通した。


《よっ! 今日、ニアミスだったね(・∀・)》18:23


 もう30分近く経っている。


(どうしよう。何て返信したら良いかなぁ~。 返信無くて呆れてるかな?嫌われたかな~~!!)


 まごまごしながら返す。


《遅くなってごめんね。(>o<) ちょっと手が放せなくて・・。》

《風早君。普段見かけないから、びっくりしちゃった(o゚∀゚o)》


 連続して打った後しばしの間があってスマホが小気味よく鳴った。


《俺も。 風切が廊下に出てくると思わなくて、びっくりした》


 クスリと未玖は笑った。


《お互いビックリしてたんだね~(*^▽^*)》

《狼だけど、馬が合うって感じ?(^▽^)v》


 大笑いしているスタンプを返したとき、階下から母の声が飛んできた。


「はーい!」


 返事をしながら素早く指を動かす。


《これから夕飯なの》

《ああ、ご飯の時にはスマホ持ち込み禁止だったね》

《ごめんね、また後で(*^o^)ノ》


 手をすり合わせる子猫ちゃんスタンプを貼って、机に置く間際に鳴るスマホをこれで最後とばかりにぱっと見する。


 風早から送られてきたスタンプは犬君が警察官の様に敬礼をしていた。


《狼犬? (@^▽^@)》


 短く打ってスマホを置き部屋を後にした。


《警察犬! 大切な人を守れるように。必要なときには狼男になる、がおーーっΨ(`◇´)Ψ》


 大切な人を守れるように、という言葉に妄想膨らむ未玖が赤面するのは、お風呂から上がってだいぶ後だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る