第28話 かばんとルーカス
あれからどれくらいたったのかすらわからない。
流れに身を任せるまま、泳ぐ力もなく漂い続け、小さな川岸に辿り着く。
ルーカスは匍匐前進をするように上がり、ボロボロの身体でサンドスターを求めた。
(苦しい…苦しい…! あれがないと、僕の身体が)
身体を引きずり泥だらけになりながら辿り着いたのは小さな小屋。
屋根と壁が吹っ飛んでいて、中には古い本や機材が散乱している。
雨は降っていなくとも時間の経過でほとんどがダメになっているのはわかった。
水も食料もなさそうな場所に救いがあったのはそこに一欠片のサンドスターが床にあったこと。
ルーカスは無我夢中にむしゃぶりつく。
飲み込むと楽になった気分を感じて不意に眠気がおそった。
彼はゆっくりと目を閉じた。久しぶりの安息だった。
「たす、かった……あぁくそ。あンの影法師め。いや、それは僕も同じか」
大統領の圧倒的な力の前に屈し、尚且つフレンズ達を危険にさらしてしまった。
今もずっと奴の笑い声が耳に残っている。
苛立ちはしたが身体から力が抜けていくの感じて、徐々に意識を現実から手放していった。
『ルーカス博士! どういうことですか!』
夢の中で女性の声が響いた。
眼鏡をかけた探検服の女性、ミライだ。
『どういうこともクソもあるか! 多国籍軍に直接抗議するんだ。この地上の楽園に爆弾を落とすだと? ふざけるな! そんなことをしてアニマルガール達が住めなくなって悲しんだりしたらどうする!? そういった行動をせずにアニマルガール達の安全を守るのがセルリアン対策本部の務めだろうが!』
『でももうこれは決定事項なんです…この大量のセルリアンをやっつけるには、フレンズさん達の力だけでは…』
『…ったく何の為の多国籍軍だ。いいかねミライ女史。アニマルガールはこの地球の最後の希望なんだ。人間が地球を管理する血生臭い時代は終わり、彼女達の時代が始まる! 人類はようやく生きる指針を見つけた。人類は全てのアニマルガール達の為に死ぬべきなんだ。たとえ人類が滅ぼうとも、彼女等が生きていることこそが最善だ。だのに、このザマは一体なんだ! セルリアンくらい一気に片付けられんのか……。安直に爆弾を使うのが人間の悪い癖だ』
彼女と話しているのは、恐らく生前のルーカス・ハイド。
だがずっと苛立っていてミライに当たり散らしている。
彼女はとても怯えていた。女王事件を含む数々のトラブルを切り抜けてきた彼女が、目の前の男に身体を小さく震わせていた。
『兎に角! このジャパリパークに爆撃なんぞはこの僕が許さない! 電話する』
『で、でももうこれしか方法が無いんです。我々も近々退去命令が…』
『退去? フン、したい奴だけすれば―――』
『ルーカス博士いい加減にして下さい! ここはもう危険なんです! アナタも逃げて……』
――――その時だった。
ルーカスの目に信じられない光景が映る。
部屋に乾いた音が響いた。
オリジナルルーカスの右手が、ミライの頬をはたいたのだ。
彼女は一瞬何が起こったのかもわからなかったかのような表情を浮かべながら尻餅をつく。
打たれた頬を抑えながら震える傍らで、帽子と眼鏡が床に転がっていた。
『いい加減にするのはそちらだミライ。――――君なら私の理想をわかってくれると思っていたに。……失望したよ。所詮はアニマルガール達とは友達程度の付き合い。彼女等は人間の語る友情等で測れるほど安っぽい存在ではない。彼女等は地球に新たな希望を運ぶ高次元たる存在、天国の人々なのだ』
『………………………ッ』
この夢の中の光景にルーカスは怒りに震えた。
何度もオリジナルルーカスに掴みかかろうとするが、思うようにはいかない。
オリジナルルーカスは友人であるはずのミライに手を上げた。
理想の為に大切な人の気持ちを踏みにじるやり方は、大統領に酷似していた。
『私は私で行動する。君の助けは借りない。出て行きたまえ』
ミライは何も言わず帽子と眼鏡を取って走り去って行ってしまった。
そしてルーカスは感覚で理解する。
これが、ミライと出会った最後の時間であったと。
オイ待て、なんだこれ。
ふざけるな、生きてる頃の僕が彼女をぶって、それで喧嘩別れして終わったって?
嘘だろ、クソ、クソ! 終わるな、終わるな僕の記憶!
「うわぁああああああああああああああああああッ!!!!!!!!」
「うわぁああ! た、食べないでくださぁああああああああああああいッ!!!!」
ルーカスが飛び起きると、そこにはヒトがいた。
帽子をかぶった半袖短パンの少女。
「はぁ、はぁ、はぁ……ハァ? ひ、人?」
「は、はい、人です。もしかしてアナタも……」
「どうしたのかばんちゃん!」
「か、かばん……? そうか、君がきょうしゅうエリアの」
「え、ボクのことを知ってるんですか?」
「なになに! 新しいフレンズの子!?」
人の子だけでも驚くというのに、かばんの傍によったアニマルガールを見てルーカスは更に舌を巻いた。
「…………サーバル、キャット」
思い出した。
彼女はミライとよく一緒にいたフレンズだ。
ルーカスにとって、これがなんの因果かがまったくわからない。
「なになに! 私のこと知ってるの!」
「……あぁ、知ってるとも。ドジッ子のトラブルメーカー」
「ひ、ひどいよー」
「あ、あの! アナタは何者なんですか? ボクのことや、サーバルちゃんのことまで知ってて……あの、ボク、知りたいんです! ヒトのことや、その縄張りのことも」
かばんは祈るようにルーカスを見つめる。
その瞳にどこか既視感があったが、ルーカスは思い出す余裕などなかった。
「悪いが、今は答えられない。このごこくエリアは危機に瀕している」
「なぁああああにぃいいいいいい!! パークの危機なのだぁあああ!!」
「アライさぁ~ん、急に大声だしたらびっくりしちゃうよ~」
遅れて現れたアライグマとフェネックのフレンズ。
目覚めてすぐに現れたこのメンツに驚きながらもルーカスは立ち上がる。
「そうだ。君達が何故ここへ来たかは知らないが、きょうしゅうに帰った方がいい。ここは今、ジャパリパークで最も危険な区域になっている。君達を危険な目に合わせることは出来ない」
そう言ったのだが。
「ダメなのだ! パークの危機を放っておくことなんて、アライさんには出来ないのだ」
「うぉ!?」
「あの、一体ごこくエリアで何が起こっているか、教えていただけませんか? ボク達、何かお手伝い出来るかも」
「かばんちゃんはすっごいんだよ!」
そう言ってきょうしゅうエリアでの出来事をルーカスに話してくれた。
色んなフレンズとの出会いの中で見つけた大切な物や、皆が一丸となってピンチに駆けつけてくれた事も。
そして、かばんがヒトのフレンズであることも。
「そんなことが……。どうやら僕なんかよりもずっと経験があるらしい。ここは君達と一緒にいた方がイイね。――――改めまして、僕の名はルーカス・ハイドだ。…このジャパリパークでサンドスターを研究していた者だ。よろしく、かばんさん、サーバル、フェネック、アライグマ」
「うん、よろしくねルーカス!」
「よろしくお願いしますルーカスさん」
「よろしくねぇ」
「アライさんがいれば大丈夫なのだ! 任せるのだ!」
そのとき、かばんの腕のボスが反応した。
ルーカスが覗き見ると、大きく点滅し始める。
「これは、ラッキービーストだね。なるほど、先の戦いで……」
『ボクト出会ウノハ、ハジメテカナ。ドクター・ルーカス・ハイド』
「生前の時の僕のデータがあるのかな。まぁいい。そうだね、初めましてラッキービースト」
「あ、やっぱりラッキーさんのこと知ってるんですね。…あの、生前って?」
「ん、いや、気にしないで。それよりもさぁ行こう。このエリアを統括してるキュウビキツネ様に会いに行くんだ。話はそれからさ」
そう言って立ち上がった時。
――――――ガタン!!
「え?」
「ん~?」
(なんだ、今の音は? ……タンスの方から聞こえたな)
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