第26話 だいとうりょう ③
セル・ビャッコが両腕を広げて、莫大な量の空気を圧縮し始めると、バチバチと音を立てプラズマが発生する。
それを止めようにも、強風が吹き荒れて行く手を遮られてしまう一行。
これほどまでの量を圧縮するというのはあまりにも非現実的とも言えるが、神の力を行使すれば最早際限がないといっていい。
大気が乱れ、大地も揺れる。周囲にあるサンドスターの濃度を一気に激変させてしまうほどのエネルギーがセル・ビャッコにはあった。
そして放たれるは、轟音と共に飛ぶレーザー光線のような莫大なプラズマ。
遥か向こう側にある巨大な岩山へと着弾した直後。
――――――――――ッ!!!!!!!!!
筆舌に尽くしがたいほどの大爆発を起こす。
凄まじい爆風と砂塵がルーカス達がいる方まで勢いよく吹き荒れてきた。
爆炎と黒煙を巻き上げ、山を砕いたその一撃はまさに神話の再現とも言えよう。
「なん、だって……」
「あ、あぁ…ッ! そんな、そんなことってッ!!」
「どうだねこの威力。四神のフレンズは皆純度100%けものプラズムでできている。四神の持つけものプラズムを再現した、名付けて『セルプラズム』はまさに次の時代に打って変わる神秘の力。――――地上は再び神の力に平伏するのだ」
夜のごこくエリアが忌まわしき炎によって明るく照らされる。
これによりごこくエリアに住むフレンズ達の大部分がきっと大パニックを起こしていることだろう。
あの岩山やその付近はセルリアンが多くフレンズ達がいないのが唯一の救いではあったが、もしもフレンズ達が住む場所に直接撃ち込まれると思うと、誰もが背筋を凍らせた。
かつての女王事件とはまるでわけが違う。
大統領の力は、いずれ失われる全ての輝きを奪いその輝きを再現し永久に保存することを目的としたかの女王とは真逆の位置にあった。
自分と言う個体を
闘争本能や戦いの愉悦の為の行動ではない。
大統領は『永遠の自由』を手に入れる為なら、フレンズはおろか、人類すらも絶滅させる腹積もりなのだろう。
でなければ、わざわざメカ・セルリアンを作ったり『神の力』を再現しようなどとは思わない。
大統領は全生命体に対して戦争する備えが出来上がっていた。
近代兵器を駆使してもセルリアンの討伐は極めて難しい。
それが神の力の再現ともなれば……。
永遠の自由。
何者にも脅かされることのない孤高なる静寂。
彼はそれを手に入れる為に邪魔する者は全て破壊する。
「おわかりいただけたかな? もう一段階調整を施せば、このごこくエリアの周りにある対セルリアンの結界など簡単に破壊できる。逆らおうなどとは思わない方がいい。ワタシがその気になれば…―――」
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」
ここでオウギワシが動いた。
オウギワシの超高速飛行からなる強烈なタックル。
加えて、強靭な握力を持った自慢の拳を大統領目掛けて突き出そうとする。
動物のオウギワシの足の握力は最大140kgに相当する。
高速タックルとその握力を合わせた衝撃力はアサルトライフルから放たれる弾丸に匹敵するとか、ライフル銃の3倍にもなるだとか。
だがフレンズ化して超人的なパワーを持つようになればその速度と威力は最早動物時代より遥かに桁違いのものになってくる。
弾丸など遅く感じるほどに速く、戦車の砲撃なぞ鼻で笑えるくらいの威力を孕んだ一撃を右手に込めた。
「オラァアッッッ!!!」
だがVIPを守護するSPのようにセル・ビャッコが一瞬の内にオウギワシの眼前に出た。
そしてデコピンの要領で人差し指を親指に引っ掛け、軽く弾くと――――。
「ぐわぁあああ!?」
オウギワシはまるでボールが壁に当たって跳ね返ったように別の方向へと凄まじい速さで飛ばされていく。
持ち前のパワーでなんとか空中で止まるが、オウギワシの動揺は計り知れない。
「な、なんて奴だ……オレのパワーをこうもあっさりと。これが神の力なのか?」
オウギワシが吹っ飛ばされたのを横目に確認し、大統領はルーカス達にすました顔で。
「――――諸君、ワタシに逆らおうと思うことがいかに無駄であるか、ご理解いただけたかな?」
セル・ビャッコと共に地上へとゆっくり降り立つ。
あれだけ啖呵を切っていたルーカスも、戦う意志を燃やしていたキュウビキツネさえも息を吞んで黙っている他なかった。
その様を見て完全に勝ち誇った顔をしていた大統領。
だがここでルーカス達に援軍がやってきた。
セーブルアンテロープにサーベルタイガー。
そして……。
「むッ!?」
大統領に向かって高速で飛んでくるテニスボール。
セル・ビャッコが難なく弾くと、それは操られているかのように自動で持ち主の手元へとバウンドする。
「なるほど、確かに大統領ですね。わたくしの高速サーブをいとも簡単に弾くとは」
くちばしをかたどったサンバイザーをつけたテニスプレイヤーのような服装をしたアニマルガール。
「カモノハシ、アンタのテニス技で倒せそうかい?」
「……さぁ、明らかに前回とは違いますので。なんとも」
「大統領……ッ!」
ごこく華撃団最後のメンバー、カモノハシ。
その先読みの能力と超人的なテニス技はセルリアンすらも魅了する美技であるとのこと。
セーブルアンテロープはロングスピアーを器用に振り回しながら構え、カモノハシは次の行動に移れるよう腰を低く落とすような構えを取る。
一方サーベルタイガーは、未だに爆煙を上げる岩山方向を見て、ワナワナと震えていた。
悲しさと怒りに表情を歪ませたその顔は鬼の面のようで、ゆっくりと鞘からサーベルの刀身を露わにさせる。
「これはこれは、懐かしい顔ぶれだ。これでごこく華撃団は全員揃ったというワケか。だが生憎とワタシに復讐の意思はない。このまま立ち去るといい。そうすれば命までは……」
そう言いかけたが、この3人の表情からそれは無理だろうと察した。
ハッとしたキュウビキツネが即座に3人に警告する。
「やめなさい3人共! 闇雲に攻めても大統領には勝てないわ! あのオウギワシのパワーとスピードでも無理なのよ!?」
「わかってるよ。でも、ここまで滅茶苦茶にされて黙ってるわけにはいかないッ!」
「そうですね。わたくし達ごこく華撃団がここで諦めては、他の子達が安全に暮らせません」
「大統領ォォォオオオッ!! 私はッ!! 今日まで生きてきて、これほどまで『邪悪』と感じさせた相手はッ、お前以外に他にいないッ!!」
セーブルアンテロープは凛とした表情をしながらも燃え上がる闘志を見せ、カモノハシのけものプラズムは熱く燃え上がっていた。
サーベルタイガーに至っては義憤が強く現れ、万物全てを斬り裂くぞと言わんばかりの凄味が感じ取れる。
戻って来たオウギワシは再び拳を構えた。
「はっはっはっ! ワタシと戦うつもりかね? ――――いいだろう。本当の恐怖を叩きこまなければ、動物も人間も学習しないからな」
ルーカスは危険を感じた。
あのセル・ビャッコのパワーは尋常ではない。
いくらごこく華撃団と言えど、真正面から戦えばただでは済まないだろう。
戦いの火蓋が切られようとした直後、巨大な雄叫びが周囲に響いてきた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■--------ッ!!!!!!」
「な、なんだ今の鳴き声は? 動物?」
「いえ、これは……」
ルーカスがその咆哮に居すくまされ動きにくくなる。
それだけでなく、リョコウバトやドールもごこく華撃団も皆がその咆哮に圧倒された。
唯一大統領は大丈夫そうだが、その面持ちは極めて不愉快な感じだ。
「ビーストめ……ッ、またワタシを追ってきたようだな」
「ビーストだって? まさかアムールトラか!?」
「ん、なんだ知っているのか兄弟。……理性を失ったケダモノなのにずっとワタシに狙いを定めるかのような動きばかりしやがる。まぁいい、来るなら来い」
その数秒後。
天頂の月を覆い隠すような黒いシルエットが崖下から跳躍してくる。
勢いよく全員がいる場所に着地した後、その獰猛な視線をジロリと覗かせた。
黒のベストにワイシャツ、黄色のチェックスカートから覗く虎柄のガーターベルトという上品な女学生を思わせる姿だが、全身から漏れ出る禍々しい煙のようなオーラと憎悪に囚われたような悍ましい表情が、彼女がまさしく正気ではないという証明をさせていた。
「あれが、ビースト……ハブさんの大事な……」
ルーカスが呟いた直後、ビーストはギロリとルーカスの方を見る。
そして続いて大統領の方も。
どうやら同じ匂い同じ顔がふたりいるという状況に困惑しているようだった。
しかし、大統領の傍にセル・ビャッコを控えさせていたということや、彼自身がビーストを恐れもせず不敵な笑みを向けていたこともあってか、すぐに自分の敵を認識したため、大統領に剥き出しの殺意を向ける。
「ビーストさん、まさか味方に?」
「いえ、恐らく違いマース。とりあえず自分の目的を優先したって感じデス」
ビーストの力は計り知れない。
ましてやそれが『フレンズ特殊部隊の母』とも言われたアムールトラであるのなら尚更だ。
そもそもごこく華撃団の元々のモデルは、まだビーストでなかった頃のアムールトラが組織した数ある部隊のひとつからなのだ。
皆が彼女が発する闘志めいた波動に目を奪われる。
黄金に輝くその瞳は、ビーストとなっても捨てきれぬなにかを秘めているかのようだった。
恐ろしくも気高く美しい。そんな印象を全員に思わせた。
「フン、よろしい。セル・ビャッコの現段階における性能を試すのにふさわしい相手だな。あのプラズマ砲だけではどうも物足りないと思っていた所だ。さぁ来るがいいビースト。ワタシの最高傑作が相手をしよう。ただし……」
大統領は自慢げに人差し指を立てて見せる。
「如何に強大な力を持とうとも、
突如乱入し大統領と対決するビースト。
凄まじい戦いになるとわかりながらも、キュウビキツネは策を練る。
もしかしたら、大統領を倒すことが可能になるかもしれないと。
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