第25話 だいとうりょう ②

 滝が流れ落ちて水飛沫を上げる音が月夜の森に響いていく中、一同が集まった崖で大統領は尊大に語り始める。

 ルーカスはあまりのショックに片膝をついて呼吸を荒くしていた。

 汗が流れ落ち、めまいがする。

 リョコウバトが寄り添い、涙を少し浮かべながら彼の背中をさすっていた。


「では、私の真意をお教えしよう。私がパークセントラルへ行かなくてはならないその理由を」


「聞きましょう」


 キュウビキツネが腕を組んで睨むようにして大統領の前に立つ。

 

「パークセントラルは言わずもがなこのジャパリパークにおける中枢。中枢には数多くのデータとそれを扱うスパコンがある。その中でも最上級とも言えるものがある。ラッキービーストの持つ管理AIの上位互換、通称『BIG BOSS』という地上において二つとないスパコンが、あらゆるデータを管理・統括し支配している。云わばジャパリパークの頭脳。メインコンピューターなのだ」


 曰く、大統領はそのBIG BOSSをなんとしてでも手に入れなければならないらしい。

 しかし外部からBIG BOSSへアクセス出来るのは一握りのスタッフらしく、大統領と言えどそれを知ることは叶わなかった。

 外部からのアクセスが出来ないのなら、直接行って占拠して手に入れようという算段だ。


「キュウビキツネ殿。あの時どうしてワタシがアナタを誘ったかわかりますか? アナタが強く、優秀で美しいフレンズだからですよ。道中は厳しいモノになるだろうと思ってね、ワタシは着いてきてくれるフレンズを探した所、アナタこそ相応しいと思ったのです。なにより、対セルリアン用の結界を解除して欲しいのもある。やはり思ったのだが、無理矢理こじ開けるというのもどうかと思ってね」


「……勝手に決めないで。アナタのその裏を含んだような言い方は信用ならない。そこはルーカスさんとは大違いね。ルーカスさんは素直でいいヒトよ。でも、アナタは……」


 キュウビキツネがじっと大統領の目を見る。

 彼の目が一瞬細くなり、煩わしそうに舌打ちをした。

 片膝をついて今も苦しそうにしているルーカスと、優位に立っているはずの自分と一緒にされたことが癇に障ったのだ。

 だが、すぐに冷静さを取り戻し軽く咳払い。


「何かを企んでる男の顔。何者をも利用するだけ利用するそんな独善的な、ね。初めて会った時からそんな感じがしたわ」


「なるほど、ワタシの人格が信用ならないと。―――では、これを聞けばきっとアナタもワタシを見直すだろう」


 眼鏡を指で押すようにして直すと、大統領はまるで報告書かなにかを読み上げるように冷たい結論を言い放つ。


「―――――"女王"は生きている」


「え?」


 キュウビキツネが肩を震わせる。


「なに? そんな馬鹿な話があるわけねぇ。女王は……」


 オウギワシは混乱しているドールの横で、大統領を威嚇するように鋭く睨みつける。

 それに臆することなく、大統領は説明を続けた。


「確かに、かの女王事件は女王の消滅により終息した。だが、女王は密かに"バックアップ"を残していたのだ。自らの分身とも言える存在をな」


「馬鹿な…バックアップなんて……」


 呼吸を荒くしながらも反論するルーカスの方を見て、大統領は彼に問うてみる。


「考えても見ろ兄弟。凡俗の人間からの輝きならば完全な消滅は有り得ただろう。だが、あの『カコ博士』だぞ? かつてのワタシ達は彼女を凡人として見ていたかね? いいや、彼女はまぎれもない天才だ。そんな天才の持つ輝きを奪ったセルリアンが、倒されてはい終わりなどというヘマをやらかすと思うか? もしものことがあった時の為に、別の保存データを残すのは大学生でもやれることだ」


 忌々しそうにルーカスに言い放ち黙らせた後も説明を続ける。

 曰く、バックアップの状態は完全ではなく今も尚ジャパリパークのどこかで休止状態らしいのだ。

 

「ワタシの元となったセルリアンは、かつて女王が生みだしたセルリアンだった。だからこそ女王が何をしたのかが感覚で理解し言語化出来る。ワタシはいち早くそれを見つけ出し、破壊せねばならない。もしもバックアップが目覚めればすぐにかつての権能を復活させ、またあの事件を起こす。そうなってはワタシでもどうにもならない……ワタシは奴の支配下で操られることになる」


 大統領は真実を吐露していく。

 その表情には若干の悲哀と暗さがあった。

 嘘ではない、キュウビキツネは彼の心を悟る。


「その為に私を?」


「……本来なら公にせず極秘裏に行うべきだった。だが結果実力行使と言う暴挙に出てしまった。許してくれたまえ。ただ、ワタシも当時はかなり焦っていた。これは途轍もなく恐ろしいことだからね。女王のバックアップを見つけるには最早BIG BOSSの演算機能に頼る他ないと考えたんだ。ワタシでは"いる"とわかっていても"どこか"はわからないからね」


「…でも、それは本当にアナタが負うべき使命なの? 女王の部下から創り出された人間のアナタが、その女王に挑もうだなんて」


 キュウビキツネのそれを聞いてため息交じりに眼鏡を指でいじり、滝の方を向くように少し移動する。


「君は、女王をただ強いだけのセルリアンとでも考えているのか? ―――――女王はかつて、ウイルスのような恐るべき侵食能力と統率力でジャパリパークを制圧し、人間とフレンズをどん底に陥れた恐怖のモンスターなのだッ! そのような存在がまだこの地上のどこかにいて、再び目覚めてしまったとしたら、フレンズのみならず外にいる人間達にどれだけの被害を被ることになるか、聡明なアナタならわかるはずだ」


 そう言いながら大統領はキュウビキツネのすぐ隣まで近づき、両肩にそっと手を添えて寄り添うかのような仕草を見せる。

 キュウビキツネはその話を聞いて、なにも言えなかった。

 昔ならどうでもいいと捨て置くだろうが、今はこのエリアを守る長。

 フレンズ達が苦しみ、悲しむなどあってはならない。


「――――ッ! ……ッ」


「ワタシはこれを『クイーンイーター作戦』と名付けている。これを実行できるのはこのジャパリパークにおいてワタシしかいない。だが、アナタは違う。他のフレンズよりもずっと優れた能力を持つアナタなら、きっといいパートナーになれる。さぁ、ワタシに協力してくれはしないか? このジャパリパークに平和を取り戻そう。誰もが笑って暮らせる美しい楽園を取り戻して―――――――」


「待てよ」


 キュウビキツネの心が揺れ、それを見抜いた大統領が更に畳みかけようとしていたときだった。

 ルーカスが立ち上がり、大統領を睨みつける。


「ル、ルーカス…? 大丈夫ネ? ひどい汗が……」


「ルーカスさん…」


「ありがとう、もう大丈夫です。すみません、もう少しだけ見苦しい所をお見せするかとは思いますが」


 ルーカスの方を振り向く大統領は、面倒くさそうな所作でポケットに手を突っ込んで見据えてきた。

 ルーカスは一歩踏み出し、反駁にでる。


「聞いてりゃ随分綺麗事ばっかり言いやがるな」


「綺麗事じゃあないよ。ワタシの理想は常にこのジャパリパークに……」


「向いてなんかいない。さっきから聞いていれば何だ? パークセントラルに行くだ? 女王のバックアップだ? 美しい楽園だ? そんな理由で、フレンズ達に戦争吹っ掛けて、ラッキービーストを攫って改造用の部品にしたっていうのか!? お前は初めからジャパリパークの為になんか動いてない。結局は自分の為だ。そういやお前自身言ってたな。―――――女王のバックアップが目覚めれば、支配下に置かれて操られるって」


「…何が言いたい?」


「――――怖いんだろ、女王が。今はこうして自由に振る舞えても、バックアップが目覚めたら言いなりにならなきゃいけないから、そうなる前にさっさと壊しちまおうって腹なんだろ? かつての人達ミライのように、立ち向かおうって、戦おうって思えないから」


「……」


「なにがクイーンイーター作戦だ。……きっと生前オリジナルの僕はよっぽど性格に難があったらしい。孤高気取りの独善野郎、それがお前の正体かがやきだ!!」


 ルーカスは証拠を突き出すかのように、力強く大統領を人差し指で指し示す。

 大統領の優顔に憎悪が浮かび、眼光にも殺意が滲んでいた。


「仮に女王を倒したとしても、女王から大統領おまえに代わるだけだ。結局、お前が欲しいのは女王のポストなんじゃないのか? お前が女王に成り代わってこのジャパリパークを支配するきじゃないのか!? ――――答えろっ!」


 ルーカスの獅子のような輝きを持つ咆哮にはもう先ほどの驚愕と恐れはなかった。

 その反駁は大統領の正体を完全に暴いた。

 これにはキュウビキツネも後ずさり、大統領から距離を離す。


「……――――キュウビキツネ」


「……ッ」


 離れるキュウビキツネを憎らしそうに睨みながらも、ルーカスの方に視線を戻す。

 ルーカスとは対照的にどこまでもどす黒い沼底のような雰囲気を放ちながら、大統領は暴かれた心を基に、嘘の自分を止めて真の目的を告げた。


「…兄弟、ワタシが欲しいのは権力ではない」


「なに?」


「ワタシが欲するのは『永遠の自由』だ。如何にエリア内にいるセルリアンを統括するほどのパワーを持っていたとしても、所詮は女王の一部から生まれたセルリアンより創られた人間。バックアップが目覚めれば、今ある自由や意思は剥奪されてしまう」


 兄弟よく聞け、と大統領は天を仰ぎ見る。

 無数の星々が大統領のその眼光のように鋭い光を放っていた。

 月の光も浴びて、彼の黒々とした容姿が闇夜の中で更に浮き彫りになる。


「ワタシは人間の成り損ない…傍から見ればセルリアンも同然の突然変異体ミュータント。…人間とセルリアンが、フレンズとセルリアンが分かり合えることなどない。だとすれば…ワタシに残された道は、女王の権能の操り人形か、人間やアニマルガール達に討伐されるかの二つに一つだ」


「それは極端な思考だ。例えセルリアンであっても、こうして意思疎通が取れるなら分かり合えることは可能かもしれない。お前の記憶にもあるはずだ。あの『セーバル』という子とフレンズ達が紡いできたあの事実が」


「無駄だ…お前もルーカス・ハイドならわかるだろう? 生前オリジナルのルーカス・ハイドは人間嫌いだってな。だから純粋なフレンズを信用した、信頼した、そして愛した。…だが、その影たるワタシがセルリアンになってしまった以上、最早分かり合うことはない。…騙くらかせばどうもないがな」


「大統領ッ!」


 ルーカスが怒りで思わず身構えると、大統領はスネークアームを巧みに動かし威嚇してきた。

 これには周りのフレンズも警戒し動けなくなる。


「――――ワタシは、自らの存在を永遠に残したいだけだ。自分以外の全てを破壊してでもなッ! …女王のイントロンになんかなりたくない。いつまでも、永遠に、脅かされることなく保存されるエクソンでありたい。それが見るからに悍ましくなんの為に生まれたかもわからないワタシが成せる存在証明。女王を始め生命という支配から逃れる為の戦い。…ワタシは、全てを終わらせ、『永遠の自由』を手に入れる。その日の訪れを目指し生きている、まさしくその日こそが――ーー」


 ――――独立記念日インディペンデンス・デイとなるのだッ!

 

 大統領は高らかに宣言する。

 これが奴が自らを『大統領』と名乗っている理由なのか、とルーカスは重い心で大統領を睨む。


 アメリカ独立戦争。

 グレートブリテン王国との戦い。

 独立宣言が成された後も戦争は続いたが、必死に戦い、勝利を掴んだ。


 その戦いと戦後において最も有名な人物、『ジョージ・ワシントン』。

 アメリカ合衆国建国の父、初代大統領。

 偉人であると同時に、インディアンにとって彼は『破壊者』でもあった。

 

 しかし目の前のこの男は偉大ではない。

 偉大でない代わりに破壊の方に特化している。

 大統領このルーカスにとって、フレンズも人間も、女王の存在も、絶滅対象にしか映っていない。  

 排除すべき猛獣なのだ。



「なにが独立記念日だふざけるな! 他人不信もたいがいにしろよお前ッ!」


「恨むなら、オリジナルの不運を恨め。オリジナルがセルリアンにのまれるようなヘマをやらかしたのが始まりだ」


「少し黙ってアナタ……。永遠の自由ですって? その為なら周りを傷つけてもいいですて? 甘えないでッ!!」


 ついにキュウビキツネが激昂した。

 他のフレンズも同じだ。

 オウギワシも、ドールも、リョコウバトも、そしてルーカスも怒りの視線を向けている。

 大統領は諦めたように溜め息を吐きながら、"最後の演説"に入る。


「そういえば、このごこくエリアから出る方法というのをお見せしていませんでしたね」


「その必要はないわ。残念だけど、アナタをここで倒させてもらう!」


 キュウビキツネが妖力を掌に溜める。

 燃え上がるような火の玉が周りに浮かび、今にも大統領を焼き尽くさんと狙いを定めていた。

 しかし、大統領は不敵な笑みを浮かべながらスネークアームを不気味に揺らして見せる。


「ふむ、これは説明するより、実際に見せた方が断然早いな。我が発明は――――『神の力』を『再現』するにいたったということをッ!」


 次の瞬間、森に豪風が吹き荒れる。

 木々が圧し折れそうになり、立っているのもやっとなくらい。

 そんな中で大統領は平気な顔でソレを迎え入れる。

 

 一同は大統領の目の前に現れ、彼を守るようにフワフワと宙に浮くそれを見て驚愕した。

 

「馬鹿な…ありえないわ……」


 けものプラズムのように稲妻らしいエネルギーをバチバチと発し、乱舞する風をまとったソレは、フレンズの形をしたセルリアンだった。

 だが、ただのフレンズではない。


「紹介しよう。――――『ビャッコのフレンズ型のセルリアン』だ。セル・ビャッコと言った方がいいかな? まだ調整段階中でパワーやスピードも本人と比べれば劣るものだが、このままいけばこのエリアを囲う結界を破壊しうるパワーを宿せることだろう」


「ビャッコって…あの四神のフレンズのか!? お前は神獣の力をセルリアンで再現したっていうのか!? 一体、どうやって……! ありえないッ!」


「思い知ったかね諸君。ワタシの科学力はとうに君達の持つパワーを越えている。だが、これだけでは実感は持てまい。なので、少し余興を考えてみた」


 そう言うや否や、セル・ビャッコの力を借りてか大統領が立ったままの姿勢で宙へと浮かぶ。

 見上げる程の位置まで来たら、セル・ビャッコに指示を出す。



「では諸君見せてあげよう。―――――――ビャッコの雷をッ!」

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