第24話 だいとうりょう ①

 夕暮れの烏が夜の訪れを告げて、暗闇の中へと溶け込んでいく。

 人間の住む場所と違って人工の光が少ないこのジャパリパークにおいては、夜は完全な静寂を引き出してくる。

 頼りになるのは月と星々の光だけだ。


「サーベルタイガーさんはまだ戻らないみたいですね」


「もうそろそろ来ると思うけど……」


「ルーカスさん、どうぞジャパリマンを食べてください。今一番補給が必要なのはアナタですわ」


「ありがとうございます。あれ? ドールさんは?」


「屋根の上でずっと耳を澄ませてますわ。オウギワシさんもすぐに飛んでいけるよう待機されています」


「そうでしたか。ありがとうございます」


 このままなにも起きなければいい。ただの杞憂で終わればいい。

 ルーカスもリョコウバトも同じことを考えていた。

 だが、そんな思惑を裏切るように予期していた事態が起こってしまう。


「ごこくタワーからなにか来る……間違いねぇ、あのセルリアンだッ!」


 オウギワシがその方向を見て声を張る。

 ドールがそれに反応し、遠吠えを発した。

 それは遠くにいる仲間にも知らせるように。


 それに一早く反応したルーカスは外へと飛び出し、空を見上げる。

 ―――――どこにいる?

 星々煌めく夜空を見渡しながらも、ごこくタワーの方角を探しあてジッと目を凝らして時だった。

 寺の上空を通り過ぎるように亜音速で飛ぶ巨大な飛行体が黒いシルエットを現わす。

 メカ・バードリアンだ。


 数キロ飛んでから旋回し、また戻ってくる。

 しかし寺には目もくれず別の方向へと飛んでいった。

 寺の裏の山々、そこにある巨大な滝つぼのある場所だ。

 速度を緩めながらゆっくりと着陸姿勢へと移行し、猛風を起こしながら足を付けんと垂直に舞い降りていくのが見えた。


「まさか本当にやってくるとは……ッ! 行かなくてはッ!」


「待ってくださいルーカスさん!」


「リョコウバトさん、アナタはここに居てください。危険です」


「危険なのはアナタも一緒です!」


「そうよルーカス。アナタこそここにいなさい。ここは私達に任せて……」


「生憎だがそうも言ってられない。……なんというか感覚的なことなんですが、あそこには"僕が知らなきゃいけないなにかがある"っていうか、僕を"呼んでいる"ような感覚がずっとしているんです。お願いします、行かせてください」


「はぁ、わかったわ。でも、私も一緒に行くから。護衛は必要でしょ? ……アイアイ、カタカケフウチョウ、カンザシフウチョウ、お留守番はお願い」


「わかりましたー」


「御意」


「御意」


 キュウビキツネが同行してくれる。

 ルーカスにとってはこれ以上ない護衛者だ。

 メンバーは最小限にしようと思い、ルーカスはリョコウバトも留守番をするように再度告げたが、リョコウバトは珍しく頑固な一面を見せ、着いていくといって聞かなかった。


「ルーカスさんが勇気を出して行こうとされているのに、私だけお留守番なんて、そんなこと出来ません! ルーカスさんが頑張るのなら私も頑張ります! それが友達だと思います!」


「うぅむ……」


「ルーカス、大丈夫よ。二人分の護衛くらいだったらワケないわ」


「……わかりました。リョコウバトさん、この先身の危険を感じたら真っ先に逃げてください」


「大丈夫です。その時はアナタを抱えて飛んで逃げますわ!」


「フフフ、そうですか。頼りにしていますよ。――――――では、行きましょう!」









 轟々と音を鳴らす巨大な滝。

 舞い落ちる水のきらめきが月の光に反射し、小さな光の粒のように下の川へと落ちていく。

 その近くにある広い崖、その上にメカ・バードリアンは静かに鎮座していた。

 まるで来訪者を待つかのようだった。


 そこへルーカス達が辿り着く。

 メンバーはルーカスにリョコウバト、キュウビキツネ、オウギワシ、ドールの4人。

 電源を落とした玩具のように身動き一つしないメカ・バードリアンに怪訝な表情を浮かべながら慎重に近づいていく。


「寝ているんでしょうか?」


「いや、恐らくスリープモードになって余計なエネルギー消費を抑えているんでしょう」


「やれやれだ。忌々しい位に邪魔だな。ぶん殴って滝つぼに落とした方がいいんじゃねぇか?」


「オウギワシさん待って待って。……しかし、どうしてこんな場所に着陸なんしたんだろう? それに昨晩と見た目が若干違うな。まさかバージョンアップしたのか?」


「ん? Hey、ルーカス。中からゴソゴソ聞こえるネ」


 黙ってみていたキュウビキツネはいつでも対応できるよう戦闘態勢をとっていた。

 だが、ドールの言葉と同時にハッとする。

 彼女が何かを感じとった。そしてそれはルーカスにも伝染した。



 ―――――ガタンッ!!




 メカ・バードリアンの背部のハッチらしきものが開く。

 そこから人影が出てきた。

 全員が身構えたと同時に緊張の空気が張り詰めていく。


 現れたのは銀髪の黒衣の男。

 黒いスーツの上から黒いトレンチコートを羽織り、その上から肩と胸を覆うような機械を纏っていた。

 帽子は被っていない。


 その機械の胸部からは金属の触手マニピュレーターが2本、背後へ垂れるよう伸びており、彼の足元を先端が蛇のように揺らめかせている。

 月明かりに照らされ、額から左目、左頬にかけての傷が見えた。

 それはその存在の顔が明らかになったことを意味する。


「まさかあれが……大統領?」


 リョコウバトが震えながら呟く。

 冷徹な笑みを浮かべながら一同を見下ろす男は、ルーカス・ハイドとい瓜二つ。

 しかしルーカスにはない邪悪さをその気配から滲ませていた。

 全員が凍り付いたように動けない。

 死んだはずの者が自分達の所へ舞い戻って来たかのようなホラー染みた現実に、キュウビキツネを含むフレンズは嫌な汗をかいていた。


 だが大統領にはフレンズに対する憎悪の念がない事に気付く。

 そればかりが仰々しく挨拶をする。 


「こんばんわ淑女の皆様。不躾な登場失礼するよ。―――――そして」


 ルーカスの方に視線を移し、


「初めまして、かな? !」


「な、なに!?」


 ルーカスは身構える。

 不敵に笑いながらメカ・バードリアンから軽い身のこなしで降りる大統領。

 それと同時にメカ・バードリアンが起動し、そのまま大統領を置いてごこくタワーの方角へと飛んで行ってしまった。


「おい、どういうことだ? 自分から帰る手段を失くすのか? 生憎このジャパリパークにタクシーはないぞ?」


「はっはっはっ、タクシーなぞ必要ない。手段リムジンはいくらでもあるのでね。アレには他にもやってもらうことがあるから急ぎ帰ってもらったんだ」


「とんだブルジョワジーだ。大統領だって? 大層な名前だな。選挙はやったのか? 演説は? よかったら今ここで聞かせてくれ」


「演説は今宵行う。そう焦るな兄弟、夜は始まったばかりだ」


「……その2本の触手みたいに、さぞゴリッパなものなんだろうな」


「おいおいレディの前でそういう話をするのはやめたまえ。我々は紳士だ兄弟。それと触手というな。これはワタシの発明品だ。ワタシ専用の超高性能のマニピュレーター、その名も『スネークアーム』。大変だったんだぞ? 元になるマニピュレーターを回収してその後必要な部品を集めながら改造するのは」


 ルーカスと大統領の間で行われる言葉の応酬。

 ルーカスの表情には怒りが、大統領の表情には嘲笑が。

 対極のような2人に入り込むように、キュウビキツネが一歩前にでる。


「大統領……やはり生きていたのね」


「お久しぶりですなキュウビキツネ殿」


「今更何のようかしら?」


「冷たいなぁ。まぁ無理もない。ワタシもあの頃はとても結果を急いでいた。なんとしてもごこくエリアの外へ出たいと……。しかし、もう大丈夫です。外へ出る手段は手に入れました。今日はそれを言いに来たのです」


「なんですって?」


 大統領の余裕の笑みにキュウビキツネの表情が強張る。

 数々の男を見てきた九尾の狐、そのフレンズである彼女の目から見ても、それはハッタリでもないことがわかった。


「ちょっと待てよ。僕はまだお前に聞きたいことがあるんだが?」


 キュウビキツネを手で制すようにしてルーカスは大統領と対峙しようとする。

 明らかにルーカスは今気が立っていた。

 それでも冷静であろうとつとめてはいるが、大統領への敵意が隠れてはいない。


「ルーカスさん、落ち着いてください」


「大丈夫ですよ、僕は冷静だ。アイツには聞きたいことがあるんだ」


 ルーカスは後ろにいたリョコウバトの方を振り向かずに言った。

 本来であればこんな対応はしないが、大統領もう1人の自分という存在に、少し熱くなってしまっている。

 リョコウバトは一瞬悲し気に表情を歪めたが、それでもルーカスを信じ心を強く持った。


「オイオイオイ、折角のレディの好意を無碍にするのか兄弟」


「お前に言われたくないな。自分の欲望の為にフレンズ達に刃を向けたお前には」


「御尤もだ兄弟。……―――――さてワタシに聞きたいことがあると言ったな? いいぞ、聞いてやる。演説はその後にでもやってやるよ」


 堂々とした態度を崩さな大統領。

 ルーカスは大きく息を吸って吐いてから、質問をする。


「キュウビキツネ様達に敗れた後、お前はずっと地下に潜伏していたのか?」


「答えるまでもない。結果ワタシは自分の縄張りホワイトハウスを手に入れた」


「そこでずっと研究や開発をしていたのか……。だが引っ掛かる。確かにごこくタワーには様々な機械があったし、研究施設だってある。だがそれだけでセルリアンと機械を組み合わせた化け物を作り上げられるとは思えない」


「ほう、なるほど。実はあそこにはスーパーコンピューターが一台偶然残っていてな。ワタシが手を施し、より高性能なものに仕上げた。『ルーカス・ハイドの頭脳』があればその程度楽勝だ。そのスパコンは我が発明を更に飛躍的なものにさせた。よってメカ・セルリアンの開発など……」

 

「そうじゃない。確かにそれで出来るだろうが……


「―――――――ほう」


 この言葉のやり取りに周りのフレンズにクエスチョンマークが飛ぶ。


「おいルーカス。アンタは一体何を話している?」


「そ、そうダヨ。一体なんの関係が……ッ!?」


 狼狽えるオウギワシとドールの横で顎に指をあて考えるリョコウバト。

 ホテルの時のルーカスのように、自分も考えてみた。

 これまでのことを脳内に保存した記憶を整理しながら、推察してみる。


 寺についてから知った情報をまとめている最中、脳内に一瞬の閃きが走る。

 それはリョコウバトを恐怖と絶望に叩きこんだ。

 震える声をなんとかして張ろうと、リョコウバトは勇気をもって大統領に。


「だ、大統領ッ!」


「ん~……?」


 大統領は視線を震えるリョコウバトに映す。

 彼の虚無的な表情の奥にある狂気に怯えながらもリョコウバトは思い切って問い質した。


?」


 その核心に迫る疑問に対し大統領は満面の笑みで答える。













「――――――――君のような勘のいいフレンズは嫌いだよ」


 その場に衝撃が走る。

 メカ・バードリアンに使われた機械並びに大統領のスネークアームに使われた部品には使

 寺に居たラッキービーストが映したあの映像は大統領がラッキービーストを攫っているシーンそのものだったのだ。

 ルーカスを含む全員の怒気が大統領に向けられる。

 だが大統領は終始涼しい顔をしていた。


「怒るようなことかね? ロボットだよ? 生き物じゃない。 そして君達フレンズには話しかけてこないし、話しかけてもロクに会話もしないつまらない"ただの物"さ。例えその場にいたラッキービーストが実は別のラッキービーストとすり替わっていたとしても誰も気が付かない。その程度の存在だ。……代えはいくらでもきくし、むしろこれからワタシの偉大な計画の為の礎となれるのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだよ」


「なんだとッ!?」


「アナタは、なんてことをッ!」


 睨むルーカスの隣で口元を覆ってショックを受けるキュウビキツネ。

 そんな彼等を大統領は鼻で笑う。


「まったく一々オーバーな奴等だな。安心したまえ、ラッキービーストの生産ラインにはまだ手を付けてはいない。大事な研究を進めるのでそれどころではないのだよ。追々制圧はするがね」


 吐き気を催す邪悪。

 瓜二つの顔を持つ男の口から放たれていると考えると、ルーカスは我慢ならなかった。


「なんでだよ……ッ、なんでこんなことをするんだ!? お前は……お前は……ッ!!!」



 ――――――お前は僕の『コピー』だろうが!!



 ルーカスの声が響く。


「僕はフレンズ達が好きだ。傷つけようなんてけして思わないッ! 同じ仲間であるラッキービーストも! なのになんでお前はッ!! お前本当にセルリアンなのかっ!?」


 ルーカスは思いのたけをぶつける。

 これは拒絶の意思でもあった。

 もう一人の自分、大統領を認めない。

 そういう哀しみに満ちた固い意思。



 だが、大統領の反応は意外な物だった。


「……コピー? ワタシが、お前の?」


「え……?」


「おいおい、一体なんの冗談かね? 今シリアスムードだったろ? だのになぜそんな?」


 大統領の返事に怒りから困惑の空気が広がる。

 一体何が起きているのか?

 キュウビキツネもオウギワシもドールも、そしてリョコウバトも、この反応に怒気を掻き消され、なんとも言えない空気観になる。

 ルーカスに至っては困惑し過ぎて「え…でも…お前は」と小さくなってしまっていた。


 大統領はルーカスのコピー発言に驚いていた。

 だがすぐに何かを理解したようで、口元に笑みが宿る。


「なるほど、お前の認識はそんなものか」


「どういうことだ? …お前は、一体」


「ふむ、そろそろ演説に入りたいしな。なら、初めの挨拶としてワタシが何者であるかを告げよう。――――――まず、ワタシはセルリアンであってセルリアンではない」


「なに…?」



 大統領は両腕を背後に回し胸を張るようにして自らの正体を告げる。


「確かにワタシはルーカス・ハイドの輝きから生まれた存在だが、ヒト型のセルリアンというわけではない。ワタシはね、セルリアンから生まれた"人間"なんだ」


 誰もが沈黙と緊張にのまれ大統領の言葉に耳を貸している。

 あまありの驚愕で体が動けなくなっていた。

 しかし気にせず続ける大統領。


「ルーカス・ハイドの輝きを得たセルリアンはどういうわけか、人間を作ろうとした。だが途中まではよかったが失敗したのだよ。結果、人間とセルリアンの両方の特性を持つワタシが生まれたというわけさ。即ち、なり損ないさ」


 大統領はしたり顔のまま、ルーカスに目を向ける。

 そう、これではまだ説明にならない。

 ゆえにもう一手加えるのだ。驚愕の事実を。


「ではワタシがそう言った存在なら、お前は何なのか。……知りたくないかね?」


「何って……僕はルーカス・ハイドだ! それ以外に何がある!?」


「そうかな? ワタシが何故お前を名前ではなく"兄弟"と呼んでいるのか。これを聞けばはっきりするというのに」


「だからどういうことだ!?」


「―――では、自称ルーカス・ハイド君。お前は目覚めてから何か体に異変はなかったかね? 例えば、サンドスターそのまま摂取するとか」


「あ…」


 ルーカスはサンドスターの定期摂取が必要である。

 今は多少抑えられて入るが、サンドスターを見ると無性に食べたくなる。

 通常の人間ではこんな行動はありえない。

 はっきり言って異常行動だ。

 これがルーカスを蒼ざめさせる。



「ワタシはルーカス・ハイドの輝きから生まれた…云わば『亡霊ゴースト』のようなものだ」


「お前が? じゃあ、僕は?」









「治療プログラムの最中だった人工サンドスター医療装置が突然故障した。それによってすでに息絶えていた生前オリジナルのルーカスを復活させることが出来なかった。装置は緊急モードに移行するが間に合わず、出来上がったのはルーカス・ハイドの肉体と記憶を用いた『記憶も肉体も本人に限りなく近い別人』だった。だがそれすらも不完全になってしまったのだ。ワタシと似たような境遇だよ」




 お前は、ルーカス・ハイドの『動く死体リビング・デッド』だ。

 ワタシ達は生前オリジナル影法師ドッペルゲンガーなのだよ。


「僕が……リビング・デッド?」


 ルーカスの目から一瞬輝きが失われ、大統領は愉悦に満ちた眼光を向けていた。

 

「―――――さぁ、我が演説を始めよう。言っておくがここからが一番大事なんだからな?」

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