第17話 キュウビキツネさま
日の出と一番に起きたドールの「マイネームイズ(以下略)」で目を覚ます一行。
朝の空気はまだひんやりとしていた。夜に起きたあの蛮行の熱は消え去り、この平原に広がるであろういつもの雰囲気が、4人が眠っていた装甲車を優しく包み込んでいる。
朝の光で照らされた山へ向かって小鳥達のはばたく音と、木々はそよ風に揺られて小さく擦れ合う音がこちらの気持ちを和らげてくれるように奏でていた。
「朝か。それにしてもドールさんの声よく響くなぁ」
「あ、おはようございます。ふわぁ……」
リョコウバトが起き上がりキャリーバッグを転がしながらルーカスと一緒に装甲車の外へ出る。
体力のある彼女でも、昨晩のことでかなり神経を擦り減らしてしまったようで疲れてしまったらしい。
だが、目覚めるといつものようにルーカスに微笑んでくれた。
サーベルタイガーは眠そうにしながらも徐々に起き始めている。
ドールに至ってはルーカス達におはようと行った後、改めてみる平原の広さに喜びの表情を浮かべ、何度も走り回っていた。
「元気だなぁドールさん。いや、昨日あんなに心配してくれたんだ。好きにさせてあげよう」
「うふふ、そうですね。皆揃ったら、一緒にジャパリマンを食べましょう。ルーカスさんも昨日のことで体力を使っていらっしゃるでしょうし」
「そうですね。…さて、こんな朝早くから申し訳ないんですが、少し聞きたいことが」
「はい、なんでしょう」
「昨晩の悲惨な光景を思い出させてしまうようで申し訳ないんですが、メカ・バードリアンをサーベルタイガーさんが追い払った後、奴はあの方角へ飛んでいったそうです」
「あの方角へ? ……ふむ、ごこくエリアの北の方にですね」
「北、か。そこになにがあるかわかりますか?」
「んーちょっと待ってください。私の中のごこくエリアの地図を今頭の中で広げていますので」
そう言ってリョコウバトは考え始める。
時間がかかるかと思ったが、すぐに彼女は答えてくれた。
「あそこは、確か『ごこくタワー』がある場所ですわね。間違いありません」
「ごこくタワー? ……そういや記憶にあるな。ごこくエリアにあるタワーを中心にした巨大施設だっけ? 娯楽は勿論、博物館に図書館にプールにレストランにゲームセンターに研究施設、果ては映画館と来たもんだ。特にタワーからの眺めは最高で……―――――」
そう言いかけた時、ルーカスは得も言われぬ寂しさが込み上げてきた。
目を細め、ごこくタワーの方をじっと見る。
朝日の中で、かつての思い出の断片がキラキラと輝きを放ちながら脳内に浮かんできた。
「……ルーカスさん、どうかしました?」
「いや、なんでもありません。どうもありがとう。……その、もしかしてだけど、今ごこくタワーは誰も近づけないのでは?」
「あら、よくわかりましたわね。ええ、あのバードリアンのせいかはわかりませんが、あのごこくタワーの方角はセルリアンの数がとっても多いんです。つい最近まではフレンズさん達が穏やかに住んでいた場所だったのに」
ルーカスは気持ちを切り替え、冷静に考える。
あのメカ・バードリアンが支配しているのだろうかとも考えたが、あまりに情報が少ない。
ルーカスは懐からメモ帳とペンを取り出し、疑問点等を書き記し、キュウビキツネに会った時に質問に困らぬ様整理していく。
「最後に一つだけ。リョコウバトさんに貸していただいたハンカチなのですが……」
「ハンカチ、ですか?」
「えぇ、そこには『Martha』と名前が書いてありました」
「あら、やっぱりあれは文字だったんですね。マーサ……ん~、なんだろう、とても懐かしいような」
「懐かしい?」
「えぇ、私、フレンズ化した時からずっともっていたんです。キャリーバッグの中に折り畳んで入っていました。…不思議ですね。聞いたことのない名前なのに、なんだか…心の中のなにかが温かいような、それでいて、寂しいような」
「……すみませんリョコウバトさん。差し支えなければですが、僕にそのハンカチを貸してはいただけませんか?」
「え?」
「僕も同じなんです。何故かわからないけど、その名前に聞き覚えがあるんです。もしかしたら……」
「ルーカスさんの失った記憶に関係が? そういうことでしたら喜んでお貸しします!」
ルーカスはリョコウバトからハンカチを受け取る。
まだ若干湿ってい入るが問題はない。
話がようやく終わった頃、ドールが走り回りから帰ってきた。
サーベルタイガーも眠気がようやく取れ、いつものように無表情に近い顔ながらも口元を緩ませて挨拶をする。
4人並んでジャパリマンによる朝食。
まるでピクニックにでも来ているかのようだった。
それほどまでに落ち着いた平原の空気と奥に見える森や山々の景色が、心に涼風をもたらしてくれている。
だが、ゆっくりは出来ない。
このエリアの長に会う為に、進まなくてはならないのだ。
食事が済ませると4人はすぐさま歩き出す。
歩き始めて数分、平原の先にある山に向かう途中の、木々が生い茂る道でフレンズと出会う。
槍を持ったポニーテールの濃い茶色の髪、赤い瞳に後ろに曲がったような縞模様の様になっている角を頭に生やした娘だ。
向こう側から歩いてきて、こちらに気付くや声を掛けてきた。
「あれ? もしかしてサーベルタイガー?」
「アナタは、セーブルアンテロープ」
「知り合いで?」
「えぇ、同じごこく華撃団の」
「初めまして。私はセーブルアンテロープ。普段は森や草原とかにるけど、同じ場所に長くいるのは私の柄じゃない。だからこうしてあっちこっちブラブラしてんのさ」
「すごい……またしてもVIPにあえるなんて夢みたいダヨ。あ、ワタシ、ドールって言いマス! よろしくネ!」
「アッハッハッ! そんあ大袈裟なもんじゃないけどねぇ~。ん、よろしくね」
「アテンションプリーズ。私、リョコウバトと申します」
「サーベルタイガーさんのお友達でしたか。お会いできて光栄です。僕はルーカス・ハイドと言います」
「……ん? アンタよく見りゃアイツか?」
「大丈夫よ。そっくりだけど、大統領じゃない。安心して」
「そうか、サーベルタイガーがそういうんなら大丈夫だろうね。いや、警戒して悪かったよ。ごめんね」
セーブルアンテロープが頭を下げる。
ルーカスは首を横に振り彼女に微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。――――僕はヒトと言われる種類の動物です。セーブルアンテロープさんはなにかヒトのことを御存じで?」
「ん~、ヒト……確か昔そういうのいた気がするけど。ないね。いつの間にかいなくなっちゃったって感じ。悪いね。私じゃ力になれそうにないよ」
「いえ、こちらも不躾な質問でした」
「ふぅん、なんだかワケありって感じか。あ、ところでサーベルタイガー。アンタこんな大人数でどこか行くのかい?」
「うん。この先にいるキュウビキツネに会いに行くの。彼女ならこのヒトのことなにかわかるかもって」
「そうか。なら私とは逆方向だね。本来なら運び屋としての腕を鳴らす所だけど……ここはサーベルタイガーに譲るよ。アンタ強いし」
「そう? アナタほどではないけれど。…ねぇ一緒に行かない? ルーカス達と一緒にいるのは楽しいわ」
「へぇそれはいいね。でもせっかくだけど、またにしておくよ。私のこれは一応パトロールも兼ねてるんだ。また誘っとくれよ」
「うん、わかった。気を付けてね」
セーブルアンテロープは手を振りながら進みゆく4人を見送る。
「やっぱりごこく華撃団のメンバーは皆いい子ネ! 尊敬しちゃうヨー!」
「ふふふ、そうね。皆私以上に素敵な子ばかりよ。彼女達がいるから私もメンバーとして頑張れる」
「素晴らしい絆だ。ごこく華撃団のお陰で、皆が安心して暮らせているんですね」
ルーカスはフレンズ達の結束に心から安心する。
彼女達は群れで助け合うことを忘れない。
―――――人間とは大違いだ。
ふとそんな考えが無意識によぎるほどに。
「皆様、もうすぐでキュウビキツネ様のおられる『お寺』に到着しまーす」
リョコウバトの声にルーカスは意識を前方へと向ける。
少し高い山の上に寺があるのが見えた。
「うむ、あそこがキュウビキツネ様のいる場所か。日本の寺院をモデルにした建造物だね。日本の清水寺に似てるようなないような……、鞍馬寺かなぁ」
歩くこと10分。
長めの階段を昇り、『ジャパリ寺』と書かれた門を潜る。
古風な造りの寺は掃除が行き届いており、綺麗なままだった。
奥へ進むと寺の襖が開き、それはあまりにも美しすぎる女性、否、フレンズが出てきた。
彼女の艶美さに誰もが目を奪われる。
「あら、こんなにも参拝客が訪れるなんて珍しいわね」
赤いフレームの眼鏡にセミロングのウェーブがかった髪。
白色の上着と赤色のチェックのミニスカートは、巫女服を連想させる。
胸元からは隠し切れないほど豊満な胸が露出しており、ルーカスは思わず「おぉ…」と漏らし、ハッとして赤面しながら軽く咳払いするほどだった。
「初めまして人間の御方。私がこのごこくエリアの長、キュウビキツネよ。一部の者からは僧正とも呼ばれているわ。お好きなほうをどうぞ」
久々にみただろう男の反応に艶やかな笑みを零しながらも、かの敵にそっくりな顔を黄色の瞳で捉える。
「あ、これは失敬。僕の名はルーカス・ハイド。僕はアナタに聞きたいことがあってやってきました」
「そうでしたか。まぁ立ち話もなんだし、中で話しましょうか。――――私を楽しませてね?」
そういって中へと入っていくキュウビキツネ。
ルーカス達も後に続き、寺の中へ。
「ここでは足の皮を脱ぐのよ」
「これ脱げるノネ!?」
「あら、これは新しい発見ですわ!」
(なぁんで日本は靴を脱ぐんだろう……履いたままの方が楽なのに)
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