第16話 このすばらしきせかいで

『素晴らしい……やはり僕の考えは間違っていなかった! 彼女達こそが、"天国の人々"なんだ!! 世界はようやくひとつの到達点に辿り着き、ヒトがヒトに未来を託す時代が終わりを告げる…………これからはアニマルガール達が人類に代わって世界を―――――――!』






 なんだ、やかましいぞ。

 BGMにベートーヴェン作交響曲第9番【合唱】でも聞こえてきそうな、耳の奥にまで響き渡る声にルーカスは目覚める。

 先ほど聞こえてきたあの声。

 よくよく考えればあれは自分の声であると気づく。


「なんだったんだ今のは。あれは、僕自身の言葉か? あんな過激な発言をするなんて…。それよりもここは」


 ルーカスはいつの間にかある場所に立っていた。

 孤児院だ。ここは彼が生まれ育った孤児院の前なのだ。

 これは現実なのかそれとも夢の中なのか。


 そんな中でルーカスは孤児院を見ながら鮮明に子供時代のことを思い出す。

 幼い頃、ルーカスの両親は彼を捨てた。

 親がクズだったのか、そうせざるを得ない理由があったのか。

 真意は今尚不明だが、ルーカスは子供のとき、それがきっかけで人間不信になりかけていたのを思い出す。


「そうだよ…僕はこの孤児院に入れられて……結構荒れてたっけ。周りの人間が信じられなくなって……。ここからだったかな。僕が周りより偉くなってやろうって考えたの」


 そこから紆余曲折あり、ルーカスは大学を優秀な成績で卒業。

 他人に対して笑顔を見せることはあったが、心の底からの笑顔ではない。

 爽やかな笑みの奥には、人間に対しての冷ややかな憎悪があった。


 これらはルーカスが知りたがっていた、内面の記憶だ。

 これまで手に入れた記憶とは違い、感情や性格といった心の部分。

 今ある記憶と照合しながらルーカスは徐々に思い出していった。


「なぜだ? なぜ今になって僕はこんなことを思い出している? これはなにを意味しているんだ? ………お、過去の僕はどうやらジャパリパークに招かれたらしい」


 そこからどういった足取りを歩むのかを知りたかったが、周囲一帯が光に包まれルーカスは思わず目を閉ざす。




 気が付くと、ルーカスは装甲車の中で寝かされていた。

 上弦の月の光と外灯の光が入ってくるように後ろの扉は明けられたままで、中は薄暗く、ルーカスは無機質な色合いの天井を見ることができた。


(――――夢か)


 まるで失くしていた欠片を見つけたような感覚の残る夢だった。

 上体を起こすと、額から水で濡らしたハンカチが落ちる。

 

(これは……『Martha』って書いてあるな。誰の名前だろう?)


「――――ルーカスさん?」


 ハンカチをぼんやりと眺めていると、横から声がかかる。

 リョコウバトだ。ずっと隣にいてくれたようで、ルーカスが起き上がったのにビックリしたのか、声を震わせながら彼の頬を掌で優しく触れる。


「もう大丈夫なんですか!? 痛いところは!? 具合は!?」


「あ、あぁ、もう大丈夫ですよリョコウバトさん。あ、もしかしてこのハンカチ」


「えぇ、私の物です。でもいいんです。こうしてルーカスさんの為に仕えたんですから」


「そうでしたか。大変お騒がせしました。お陰で怪我も……――――あ」


 ルーカス自分の胸の部分を見る。

 あの槍は引き抜かれているようで、血も出ていない。

 そればかりか初めからなにも無かったかのように傷も服の破れもないのだ。


「どうなってんだ……?」


 ルーカスは思い出してみる。

 あのメカ・バードリアンの攻撃で首と胸を抉られた。

 にもかかわらずピンピンしている自分に、吐き気のような感覚を覚える。

 なにかがおかしい。


 顔色を悪くしているルーカスに寄り添いながらリョコウバトは背中をさすっていると、今度はドールがやってきた。


「ルーカス! もう大丈夫ナノ? オーウ、心配したデース……。このまま、うぅ、目が覚めないんじゃないかッテ……グズッ」


「あぁ、ドールさん。ご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です。ホントに」


 泣きながらルーカスにすり寄るドールの頭を撫でる。

 撫でやすいようにドールは耳を横に向けてくれた。

 その内何度かルーカスの身体に顔をこすらせながら、ドールは落ち着きを取り戻していく。


「あ、サーベルタイガーさんは? 彼女はどうしてる?」


「サーベルタイガーさんなら今外におられます。……行ってあげてください。あの方とても心配されていましたから」


「ソウダヨ。サーベルタイガーはとっても頑張ったネ。あの子がいてくれなかったら、ワタシ達……」


 サーベルタイガーはまたセルリアンが来ないように見張っているようだった。

 ふたりの提案を快く飲み、ルーカスは彼女の元へと向かう。

 装甲車から少し離れた場所に、サーベルタイガーはいた。

 星を眺めているようで、きっとルーカスには気づいているだろうが、顔を向けようとはしない。


「サーベルタイガーさん。あの、ありがとうございます。僕達はアナタのお陰で助かったんです」


「ルーカス……」


 ようやく振り向いた。

 初めて出会った時のような無表情に近い顔だった。

 戦闘中の彼女の激情の顔をルーカスは知らない。

 そよ風に吹かれて、彼女の髪が柔らかく揺れるのを見ながら、ルーカスは歩み寄って、帽子を脱いで再度礼をする。


「ホントに申し訳ない。僕がぼんやりしていたせいで」


「うぅん。私がいけないの。私がもっとしっかりしていればこんなことには」


「いや、アナタのせいじゃない。気にしないで――――」


 そう言いかけたとき、サーベルタイガーはルーカスにそっと抱き着く。

 背中に腕を回してその手で優しくルーカスを撫でた。

 顔をうずめるようにして、サーベルタイガーは安堵の息を漏らす。

 

(ヒトかどうかはわからない。でも、そんなことはどうでもいい。このヒトが生きてた。それだけで私は十分)


 サーベルタイガーにとってルーカスが生きていること自体が喜ばしいことだった。

 守るべき存在が消えてしまうことは、彼女にとって自分が死ぬ以上に辛いことなのだかあら。


 死ななくてよかったと、彼女が心から思っている一方、ルーカスはサーベルタイガーの突然の行動にどうすればよいかドギマギしていた。

 こんなときどうすればいいのか記憶をたどるが、知識はあっても経験がない為思うように出来ない。

 優しく抱きしめ返してやれないでいたのだ。


「あー、サーベルタイガーさん。どうもありがとう。もう僕は大丈夫だよ。アナタがこうしてくれたお陰で安心出来たいやホントに」


「そう? ならよかった」


 そう言ってサーベルタイガーはルーカスから離れる。

 ルーカスは自分を落ち着かせようと咳払いをしながら帽子をかぶった。


「――――サ、サーベルタイガーさんも休まれては? 流石に夜中の間ずっと見張っているのは身体に酷でしょうし」


「うぅん、いいの。私は皆を守りたいから。自分がやりたいからこうしているだけ」


「そうですか……でも、無理はなさらないように」


「ウフフ、それはアナタもよルーカス。あんな大怪我したばっかりなんだから」


「あ、そうですね。……―――――そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんです。アナタをこのゴコクエリアの守護者と見込んで」


「えぇ、いいわ。なんでも聞いて」


「どうもありがとう。あの機械化したセルリアン……ああいったタイプのセルリアンはずっと前から存在しているのですか?」


 ルーカスは気になっていたことを聞いてみる。

 あんなタイプのセルリアンは見たことがない。

 もしもずっと前から存在しているのなら、機械化させた主犯を知っているはず。


「いいえ、あんなの今夜が初めてよ。今までにないセルリアンだった」


「そうですか。あのメカ・バードリアンが導入されたのは今日が初めて。―――あのバードリアンは何をしに来たんだろう? 僕等を殲滅しに? 何の為に?」


 気になることは多かったが、とりあえず置いておいて、次の質問に移る。


「では、メカ・バードリアンでなくとも、ここ最近で変わった形をしたセルリアンは? 若しくは、何か不思議なことが起きてたとか」


「変わった形の? ん~、セルリアンは皆ヘンテコな形してるからあんまりわからない。――――でも、不思議なことは起こってるわ」


「なんです? どうぞ言ってください」


「"ボス"が減っていってるの。森や谷にいたボスが…いつの間にかいなくなってたり」


「ボス?」


「あぁ、ボスのこと知らないの? ラッキービーストって言えばわかるかしら。フレンズの皆はボスって言ってる」


「ラッキービースト! …そうか、彼等がいたか。しまった、僕としたことが彼等の存在を思い出さないなんて……彼等もジャパリパークの従業員なのに」


 ルーカスはラッキービーストのことを思い出す。

 このジャパリパークにおける動物と施設を案内し解説する機能を持った高性能管理AI。

 人間の気配がないこのパークで、彼等はずっとフレンズ達を見守ってくれていたのだ。 

 そう考えると感謝せずにはいられない、のだがそんな彼等が減っているというのがルーカスには腑に落ちなかった。


「すみません。減っているというのは?」


「私にもよくわからない……」


 ラッキービーストはなぜいなくなったのだろうか?

 それはあのメカ・バードリアンが現れたことと関係があるのかとルーカスは思考する。


「では、最後にもう一つ。――――メカ・バードリアンは僕が倒れた後どうしました?」


「向こうの方角へ飛んでいったわ」


 そう言ってサーベルタイガーは指を差す。

 

「…ふむ、その方向になにかあるのかも。リョコウバトさんなら向こうの方角になにかあるかわかるかもしれない。……でも、今は休みましょう。僕も少々疲れた」


「そう。私はもう少し見張りをしておくわ。ごめんね」


「いいえ、ここは騎士様に任せるとしましょう。では、失礼します」


 ルーカスは踵を返して戻っていく。

 装甲車の内部に戻るとリョコウバトとドールが明るく出迎えてくれた。

 あれだけの戦闘で緊張して疲れただろうというのに。


「さぁ休みましょう。僕ももうひと眠りします。明日は少し早めに出ましょう」


 そう言って、ルーカスは壁にもたれるようにして眠る。


(リョコウバトさんに聞きたいこともできたな。メカ・バードリアンが向かった方向にはなにがあるのか。そして…………あのハンカチに書かれていた名前は一体)


 明日はいよいよこのごこくエリアの長であるキュウビキツネに会いに行く。

 そう胸に秘めながら、散りばめられる謎とともに眠りについた。

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