第15話 じょうげんのつきのしたで

 まるで衝撃波のような風が4人を襲う。

 あの巨大飛行物体が通った直後、それは起こった。

 ルーカスは帽子が飛ばないように手で抑えながら、もう片方の手でリョコウバトの頭部を抱くようにして守る。


 外灯のいくつかが歪んだり倒れかけたりして、光が弱弱しく点滅した。

 装甲車は一瞬横向けに倒れそうになったのか大きく揺れる。

 

「な、なんだ今のは……」


「セルリアンかもしれないわね」


「でも、なにか様子が変デシタ。セルリアンが飛ぶときあんな音しないデース」


 風は次第に柔らかくなっていく。

 ここまでほんの数秒、脅威は果てへと消えたと思った矢先、ドールが低く唸り始めた。


「ドールさん?」


「皆、アイツが戻ってくるネ! 早く逃げまショウ!」


 しかし、それはあまりに遅すぎたようだ。

 高速の風をまとって、飛行物体がこちらへと戻ってくる。

 高度を下げながら減速し、翼をはばたかせながら異形たる姿を4人に曝した。


『グォォオオオッ!!』


 ずしんと4人の前方に舞い降りてくると、大きな口を開いて咆哮する翼竜のような姿をした巨体の存在。

 月明かりと星々の輝き、外灯の光に照らされたそのフォルムにルーカスは覚えがある。

 あれは『バードリアン』と言われる種類のセルリアンだ。

 だが、それは記憶の中の存在とは大きくかけ離れていた。


「そんな……ありえない。こんなのは前例がないぞ!」


「ど、どうしましたルーカスさん」


 ドールとサーベルタイガーを退かせて、ヨロヨロと立ち上がるルーカス。

 その背中を支えながら同じく立ち上がるリョコウバトの胸の中で不安が充満した。

 ルーカスの表情には尋常ではない恐怖と驚愕に満ちていたからだ。

 それは伝染し、身構えていたドールとサーベルタイガーの心に揺らぎを生じさせる。


『グゥォォオオオオオオオオオッ!!!』


 それはまるで痛みに悶えるかのような悲鳴、断末魔、若しくは怒りと苦しみを織り交ぜたような咆哮。

 痛みに耐えるかのようにぎくしゃくした動きで姿勢を直す、本来の姿とはかけ離れたバードリアン。

 頭部に存在するいくつもの目は真っ赤に充血したようになり、しきりに周囲を向いている。


「なぜ、…………なぜセルリアンに無機物マシーンが組み込んであるんだッ!?」


 身体のいたる所が機械化したバードリアン。

 本来ないはずの両足は巨大な機械の足によってしっかりと地面を踏み込み、低い姿勢での維持を可能にしている。

 顎の部分は全て機械で、翼の付け根と周りの部分にも様々な機能があるのか、いくつもの光が点滅していた。


 元来セルリアンは、物や生物に宿る輝きを奪い、コピーするという性質を持つ。

 サンドスターが無機物に接触すると、セルリアンになることもある。

 特にサンドスター・ロウと言われる亜種は接触することでセルリアンになるケースがかなり多い。

 サンドスター・ロウはセルリアンの力を活性化させる効果も秘めている為、非常に危険視されている。


 セルリアンの生態はこれまでずっと調べられてきたが、詳しいことはわからずじまいだったはず。

 

 だが、目の前にいるこのセルリアンはルーカスの認識を遥かに越えていた。

 これは明らかな人為的改造だ。

 こんな技術は、ルーカスが所長としていた頃には存在しなかった。


 セルリアンの肉体と機械の融合。

 未知なる科学力に、ルーカスの全身は嫌な汗で濡れていた。

 いつ、誰が、どのようにやったのか。

 思わず息をのみ、呆然とするルーカスを守るようにサーベルタイガーが左手で剣を引き抜き、逆手で構える。


「来るわ……! 皆、逃げて! ダッシュ!」


「そ、そうですね。だけどサーベルタイガーさんアナタは!」


「私は……ここでヤツを食い止める。大丈夫、私が皆を守るもの……」


「Wait! そんなのダメデース! 危険すぎマス!」


「いいから早く!」


 夜の平原に闘争の空気が充満する。 

 ジャパリパークの平原という生命の息吹と安息の時間の流れに満ちた世界に、巨大な異物が草と土を踏みにじっていた。


 自然の中に残るかつての科学の残滓。

 最早今更だが、ジャパリパークには人工物が多く残っている。

 フレンズ達によって再利用されている所は比較的綺麗だが、それ以外はボロがいっていた。


 しかしこの目の前の怪物に取り付けられている機械は、時折圧縮された空気を噴出しながら稼働している。

 最近になって作られたであろうそれと一体となったセルリアンは、機械の足を器用に動かしながら咆哮と共に迫ってきた。


「キェエアアアアアアアッ!!」


 サーベルタイガーが剣を振り上げ立ち向かう。

 左逆手で振るう剣に光が宿った。

 互いが織り成す高速世界の中で、ふたつの金属がぶつかり合う。

 刀身とバードリアンの顎の部分から凄まじい火花が飛び散り、衝撃が走った。

 そのせいですれ違いざまにサーベルタイガーの腕は痺れ、バランスを崩して地面を何度も転がり、バードリアンは彼女の方へ首を向けながら、威嚇と怒りを込めたような咆哮を上げる。


「そんな! サーベルタイガーの剣で斬れないナンテ!」


「せ、セルリアンってあんなに丈夫でしたっけ?」


 ドールもリョコウバトは思わず息を吞んだ。

 自分達の知っている知識を越えた存在だと、身の震えが止まらなくなっている。

 自分達よりも巨大で、自分達よりずっと戦闘に秀でている存在が目の前にいる現実が、彼女達をいすくませた。


「まだ、まだよ……ッ! 皆を、守るの……!」


 サーベルタイガーは立ち上がり再び構える。

 呼吸を整え、冷静さを取り戻して仕切り直し。

 機械の部分がダメなら本来のセルリアンの部分を狙えばいい。


(石、そう、石の部分があるはず……そこを狙えば!)


 ジリジリと距離を詰めるが、隙が見当たらない。

 まるで神話上のドラゴンのように、躍動感のある動きでサーベルタイガーに牙を向けるこのセルリアンに、思わず恐怖が湧いてきた。


 こんなにも生き生きとした動きを見せるセルリアン。

 まるでかつての戦いの大統領のような悍ましさを彷彿とさせた。

 額に嫌な汗が流れ落ちる中、バードリアンの様子が一変。


『グルルルルルルル…』


 頭部のいくつかの瞳が一斉にひとつの方向へと向けられる。

 それに合わせるようにゆっくりと首をその方向へ向けるバードリアン。

 その先にはルーカスがいた。


「な、なに……?」


 その瞳から感じるのは、明確な殺意と憎悪だった。

 本来セルリアンが持ちえるはずの無い、『感情』にも似た機能が、このバードリアンには搭載されている。

 機械によってもたらされているものなのか、それともその副作用的な現象なのか。

 それとも、これを発明した者の【意思】そのものなのか。


 危ない、そう思ったときにはすでに遅かった。

 ルーカスの身体は、胸部に来る重い衝撃と共に吹っ飛ぶ。

 あのバードリアンがなにかを発射してきたのだ。


(―――――これ、は……)


 血が噴き出す。

 黒い槍状の物がルーカスの胸を貫き、なにか鋭利な物が彼の首を深く切り裂いていた。

 ――――円盤状の高速回転ノコギリ。

 機械の部分から発射されたそれは容赦なくルーカス目掛けて飛んでいき、その肉体を刈り取った。


 セルリアンの行動としては常軌を逸している。

 生き物を丸呑みしたり、無機物に憑りついたりと、それだけでも残酷なやり方だが、その目的は対象の持つ輝きを奪うことに固定されているはずだった。


 これではまるで。


(戦いの……兵器……)


 薄れゆく意識の中、ルーカスは後方に勢いよく転がり、倒れかけた外灯にぶつかって止まる。


「ル、ルーカスさん?」


「What…? ルー、カス? あ、あぁぁ……ッ!!」


 すぐ近くにいたドールとリョコウバトにとっては、あまりにも残忍で衝撃的な光景だった。

 動物時代の弱肉強食から離れた彼女達からみて、生物の死がこれほどまでに呆気ないものだと知らしめられるのはショック以外のなにものでもない。


 遠くで横たわるルーカスの姿を見たサーベルタイガーは、あまりの状況に固まり、悲痛で胸が張り裂けそうになった。


『グゲ、グゲゲゲゲゲ……』


 ハイライトの無い瞳をバードリアンに向ける。

 

 ―――――……笑っていた。


 正確にはそう見えた。

 まるで悪意を以てやったことをやり遂げたかのような満足げな邪笑を浮かべているような。

 そのときサーベルタイガーの脳内に浮かんだのは先の戦い。

 

 多くのフレンズが、多くの仲間達が傷付いた。

 中にはセルリアンに食べられた子もいた。

 パートナーだった子が食べられて、輝きを奪われ元の動物に戻ってそれを悲しむフレンズもいた。


 あんな光景は二度と見たくない。

 もう二度と誰も悲しませたくはない。

 そう心に誓ったのに……。


 目の前の光景はそれ以上の惨劇だ。

 輝きを奪われたのではない、命を奪われたのだ。

 自分が戦っているときに、自分の目の前でそんなことが起きてしまった。


 悔恨の念がサーベルタイガーの顔を悲しみに歪ませる。

 ハイライトの無い瞳から、涙が溢れ出てきた。

 だが、彼女の顔はすぐに怒りへと変わる。


 倒れた彼に泣きながら駆け寄るリョコウバトと、笑顔を失くし悲痛に顔を歪めたドールを見て、尚も笑っているかのような鳴き声を上げるバードリアンを見て、剣を持つ手に力が入り、全身の毛が逆立つ。








「貴ィィィイイイイイイ様ァァァアアアアアッ!!!!!!!!!!」





 野生解放。

 サーベルタイガーの瞳が光り、全身に稲光のようなけものプラズムが発生する。

 この莫大なエネルギーに反応し、バードリアンが再度彼女に向き合った。

 彼女が一歩踏み出した瞬間、地面が抉れるように隆起する。

 またしても双方の高速の世界が創り上げられた。


 互いの咆哮が平原を越えて響き渡る。

 サーベルタイガーの動きはより機敏に、よりパワフルになり、巧みな太刀捌きが無数の斬閃を作り出してバードリアンを襲った。


 バードリアンも負けておらず機械の体を利用した重量感溢れる攻撃を仕掛ける。

 機械の顎が強力で地面や岩なぞいとも簡単に抉り取って砕いてしまう。

 挙句にはルーカスに撃ち放ったあの黒い槍や高速回転ノコギリもお見舞いしていった。

 サーベルタイガーは迫ってくるそれらを寸部の狂いなく真っ二つに切り裂いていく。

 

 本来存在しないはずの戦いがここにはあった。

 邪悪なドラゴンに立ち向かう剣を持った勇者。

 『ニーベルゲンの歌』、『ヴォルスンガ・サガ』、ワーグナーの『ニーベルングの指輪』、『ジークフリート』等等、そういった作品を彷彿とさせる神話的にして戯曲的な戦いが展開されている。


「クァアアアアアアッ!!!」


 クールな表情を絶やさない彼女の表情は怒りと悲しみで殺気立ち、剣を振るう力にも勢いがある。

 左逆手から繰り出される4つの剣閃がバードリアンの鉄の足を捉えた。

 これまでにない威力を受け、機械の足は剣の軌道の通りにバラバラになる。


『ガァアアアアアアアアッ!!』


 激痛に悶え悲痛な叫びを上げるバードリアン。

 ついに観念したのか、翼をはばたかせ、へと飛んでいった。

 サーベルタイガーは追いかけようとしたが、空中での機動力には敵わず、逃走を許してしまう。


 しばらく背中を向け飛んでいくバードリアンを唸りながら睨みつけていたが、ハッとしたように表情を変え、ルーカスの方へと駆けていった。


「ルーカス、ルーカスゥ!!」


 行ってみると、ドールが必死になってルーカスの傷口を舐めていた。

 リョコウバトはどうしたらいいのかわからず、嗚咽交じりにルーカスの名を呼びながらワナワナと震えている。


「ぁ、ぁぁぁ……ごめんなさい、ごめんなさい。……全部、全部私のせい……私がちゃんと守ってあげていれば……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 サーベルタイガーの手から剣が滑り落ちる。

 そして顔を覆うようにしてその場にへたり込んだ。


 誰もが悲しみに包まれる。

 先ほどの戦闘の喧騒は嘘のように平原は静まり、いつもの夜の雰囲気を取り戻していた。

 だが、それが彼女達を余計に悲しくさせた。


 満天の空、浮かぶ上弦の月がそれを悼むように、暗黒を少しでもと和らげている。

 

「ルーカスさん……いやです。こんな終わりなんて……お友達になれたのに……ひとりぼっちじゃないことを、誰かと一緒に旅をする楽しさを、アナタに教えてもらったのに…………こんなのあんまりです」


「うぅ、ルーカスゥ……」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


「ルーカスさん、ルーカスさぁああああああああああああんッ!!!!」













「うぉぉぉあああああああ!? なんだ!? どうした!?」





 突如、ルーカスが跳ね飛ぶようにして上体を起こす。

 これには3人共ビックリし、ドールに至っては本物の犬のように四つん這いで、後方へぴょんと飛び退いたほどだ。


「あ、そうだ。僕、首を切り裂かれて……あれ? 切り裂かれた跡が、ない? 血も出てないな……――――ん?」


 ルーカスは3人を見渡す。

 涙を浮かべながらも突然の状況に唖然としている彼女達を見ながら、しばらく考えて状況を整理した。

『死んだはずの者が生きていた。それにビックリした』

 大まかにいえばこんな感じだろう。


「僕、生きてる、のか……? てっきり死んだかと、思ったんだけど……」


 生還を果たしたというのに素直に喜べない。

 むしろ自分自身に対してすさまじい恐怖感と不気味さがあったからだ。

 通常の人間なら即死して当たり前の攻撃を受けて、なぜこうもピンピンしているのか。


 考えていると、彼女達の視線がある一点に向いているのに気が付く。

 その方向に視線を向けてみると、胸に黒い槍状の物が刺さっているのがわかった。

 ――――……どこからどう見ても刺さっている、いや貫通している。


 ゆっくりと3人に視線を戻し、ぎこちない笑みと共に冷や汗を浮かべた。

 そう言えば痛みがジワジワと現れ、それが激痛へと変化していっている感覚がある。


「あの~、もしかして……これ、普通にぶっ刺さってます? そう見えてるとかじゃなくて」


「え、えぇ」


 サーベルタイガーが答える。


「――――――――――…………嘘ぉん…」


 ルーカスは白目を向き、そのまま倒れた。

 

「ルーカスさん! ちょっと、ルーカスさぁああん!!!」


「ルーカス! 寝ちゃダメ! 応答するネ! ルーカス! ルゥゥゥカァァァァスッ!!!!!!」


 どうやら気を失ったらしい。

 2人は慌てながらルーカスの名を何度も叫ぶ。

 そんな中サーベルタイガーはあまりの衝撃で逆に冷静さを取り戻したらしく、ルーカスを見ながら混濁した疑念を抱いた。





(首を裂かれ、胸を貫かれ、血もあんなに出たのに。どこからどう見ても死んでもおかしくないのに。ねぇルーカス。アナタって何者なの? ――――アナタは本当に、"ヒト"なの?)

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