第13話 せいどう

 サーベルタイガーに連れられた場所は大きめの水場がある廃墟。

 巨大なドーム状の屋根が特徴的だが、所々ボロがいっており、すでに蔦や苔に覆われ、古い白塗りから灰色の壁を剥き出しにしていた。

 既視感というモノはないが、ここがどういう場所なのかはすぐにわかった。


(これは、聖堂だな。確かジャパリパークにはそういうのも何件かあったような気がする)


 ルーカス達は、サーベルタイガーに招かれるまま中へと入る。

 

 ロビーと思われる空間には、ボロのいったベンチと砕けたフロントカウンターが、天井に小さく開いた穴から差し込む光によって寂しくその存在を強調していた。

 ここまではただの施設の内装にも見えるが、巨大な扉がその奥にあるあたり、きっとその中が神聖なる場所としての内装を施しているのだろう。

 

(しかし、まるで爆弾か、それと同等の威力で吹っ飛んだみたいな荒れ具合だな)


 周囲を見渡しながら考えていると、ドールが後ろからいきなり抱き着いてきた。


「うわっと!?」


「ヘイ、ルーカス! そんな浮かない顔はノーデス! 伝説の英雄に招かれたんだからもっとハッスルしないとダメヨ!」


「ドールさん、あまりはしゃぎすぎるのはお行儀が悪いのでは? 折角あのサーベルタイガーさんにお呼ばれしたんですし」


「アハハ、元気がいいですねドールさんは。でもリョコウバトさんの言う通り、ここはちゃんとお客さんとしての礼儀を守りましょうか」


「オーケー!」


 思わず笑いが漏れる3人。

 その様子を足を止めて見ていたサーベルタイガーの口元も自然に緩んだ。

 ルーカス達に話をする前にまずは少しくつろいでもらおうかと、サーベルタイガーはおもてなしの内容を考える。


「皆、奥へ案内するわ。そこで少し休みましょう。美味しいものを出してあげる」


「おいしいもの? ジャパリマンでしょうか?」


 小首を傾げるリョコウバトにサーベルタイガーは優し気な表情で首を横に振る。


「私、料理が出来るの。この人にいきなり飛び掛かっちゃったからそのお詫び」


「そんな。気になさらないで下さい。そりゃ僕もビックリしましたけど、別に大したことではないので」


「フフフ、ありがとう。でも、おもてなしはさせてね? 私、お客さんには満足してもらいたいから」


「お料理出来るなんてすごいデス!! 是非ともお願いシマース!」


「わかった。じゃあ奥へ案内するわね」  


 フロントから右奥の薄暗い廊下を歩き、『Reception Room』と書かれたプレートが貼ってあるドアの前にやってくる。

 サーベルタイガーはドアノブを回して3人を中へ入れた。

 中は掃除がいきとどいているのか比較的綺麗に保たれ、部屋の中央にはテーブルを挟むようにフカフカのソファーが並べられている。


「じゃあここでくつろいで待ってて」


 サーベルタイガーはひとり部屋を出て、別の場所へと移動していった。

 リョコウバトはホテルとは違う内観に目を輝かせながら部屋のあちこちを見て回り、ドールはソファーの心地良さに、身体を何度もこすりつけるようにしながら寝転ぶ。


 数分後、ドールの耳がピクリと反応しドアの方へとその目を向けた。

 ルーカスも耳を澄ませてみると、カートを押して運ぶような音が微かに聴こえた。


「おまたせ。これは紅茶とシフォンケーキよ」


「ほう! シフォンケーキ!」


 サーベルタイガーがカートからお菓子と紅茶をテーブルに配膳する。

 ルーカスは嬉しそうに顔をほころばせながらソファーに座った。

 

「シフォンケーキ、とは?」


「ルーカスはこのおいしそうなのを知ってるんデスカ?」


「完璧に知ってるわけじゃないですよ。でもこれは、やわらかくて生クリームとの相性も抜群。食べてみればわかりますよ」


「生クリームって、横にあるこの白くてフワフワしたのですか?」


「オーウ、これはおいしそうデス。いただきまーす!」


「フフ、召し上がれ」


 3人はシフォンケーキと紅茶を楽しみ、サーベルタイガーはあまり表情には現れないが、それを嬉しそうに見ていた。


「……――――う~ん、美味かった」


「えぇ、こんなにおいしい食べ物は初めてです!」


「べろべろ…べろべろ……」


「アハハハ! ドールさん、お皿のクリームまでペロリですね」


「イエース! 生クリームとても美味しいデース!」


 食べ終わった食器を重ねてサーベルタイガーはカートの上に乗せる。

 

「お粗末様でした」


「いえ、とても美味しかったですよ」


「よかった。気に入ってくれて」


 そう言ってサーベルタイガーは3人の空となったカップに紅茶を再度注いでくれた。

 食後の一服で飲む紅茶は、ケーキを食べているときとはまた違った風味に感じた。


「さて、じゃあお話しようかしら」


 サーベルタイガーは3人と向かい合うようにソファーに座り、腰に付けていたサーベルと外して横に置く。


「僕と似ているアナタの知り合い、でしたね」


「知り合い。というよりも……」


 サーベルタイガーが若干気まずそうに俯く。

 どういう言葉で表現すべきか迷っているようだった。

 なるべく傷付くような言葉を避けようと、少し考えこんでいるような。


「オブラートに包まなければならないくらい衝撃的な話、でしょうかね?」


「……わかるの?」


「まぁなんとなく。ですがそう言ったお気遣いは無用です。どうぞ忌憚なく述べてください。僕はヒトです。ヒトはそういう会話には慣れています。それに、僕は真実を知りたい」


「ヒト……そう、やっぱりアナタはヒトなのね。じゃあ言うわ、驚かないでね。――――私は、アナタにそっくりの『セルリアン』と戦ったことがあるの」


「僕そっくりのセルリアン? ――――……どうぞ、続けてください」


 ルーカスは顎に右人差し指を当てながらサーベルタイガーの話に耳を傾ける。

 

「今から3年前くらいね。アナタにそっくりなセルリアンが、たくさんのセルリアンを率いてやってきた。ジャパリパークの危機って皆大慌て」


 そしてすぐに長であるキュウビキツネによって対処された。

 ごこくエリアの選りすぐり、ごこく華劇団を組織し、群れを率いて迎え討つ。

 戦いは長く続いたが、フレンズ達の活躍でなんとか倒せたのだ。


「ヒトを模したというだけあって手強かったわ。アナタそっくりのセルリアン…………、【大統領】は」


「大統領?」


「そう。彼はセルリアン達を指揮しながら、不思議な道具をいくつも使いこなして私達と戦った。中でもあの『紅い光の剣』は凄かったわね」


「紅い光の剣?」


「えぇ、棒みたいなのから、こう…ブゥンって出るの」


 大統領を名乗るルーカスそっくりのセルリアンは、道具を扱う知能を持ち、光の剣も操る。

 ルーカスは頭の中で、それをなるべく緻密に想像してみた。


 紅い光の剣と聞いて真っ先に思いつくのはかの有名なSF映画に出てくる邪悪の象徴たる色のあの武器。


(おいおい、大統領ってのは道具を使うだけじゃなく【発明】までやるのか!? どうやって作ったんだ……)


 大統領という自分と同じかそれ以上かの知能を持ち、フレンズ達を相手に戦ったことに、ルーカスは一瞬身震いする。


 ――――大統領はなぜ生まれたのか?

 ――――なぜフレンズ達を襲うのか?


 浮かび上がる疑問と謎に、ルーカスは居心地の悪さと恐怖を覚えた。


「ル、ルーカスさん」


 ふと隣に座るリョコウバトの声が。

 心配そうな顔でルーカスの手の甲に、優しく手を乗せている。

 手袋越しに彼女の温もりが伝わったような気がして、少し落ち着いた。


「あの、大丈夫? も、もうやめたほうが良いわね。ごめんなさい」


「いや、いい。すみません、差し支えなければ、どうか続きを。僕は知らなきゃいけない」

 

「そう…なら話すわ。とはいっても、私の知っていることは残り少ないけど」


 サーベルタイガーの話によれば、セルリアンの軍団を失った彼は比較的脅威ではなかったとのこと。

 それもそのはずだ。

 元の動物とは関係なく、人間離れした力を発揮するフレンズは多くいる。

 生前の記憶の中にこんなデータがある。


 1キロメートルを推定34秒で走破し、300キログラムの岩を持ち上げた挙句、16メートルも先に投げ飛ばした。


 なんのフレンズであったかは忘れたが、それだけ飛びぬけた能力をもつ彼女等が、たかだか自分のコピーであるセルリアンに負けるはずなどない。

 ルーカスは内心ほっとする。

 危険はすでに去っていた。

 

「なるほど。話はよくわかりました。では、質問をさせていただいても?」


「随分と冷静ね。ええ、いいわ」


「大統領はある日突然現れて、攻撃してきたのですか? そのときに彼との意思疎通は可能でしたか?」


「……ある日突然、ではなかったような気がする。キュウビキツネは何度か会っていたみたい。なにを話していたかは教えてくれなかったけど」


「なるほど。意思疎通は可能で、いくらかの交渉はしていたわけか。狡猾な野郎だ。あ、僕か。――――そうですね。では、フレンズに対し襲い掛かってきた理由はわかりますか?」


 知能を持つセルリアンならば、なんらかの目的を以て行動しているはずだ。

 かつての女王がそうであったように。

 ましてやキュウビキツネと何度も出会い話し合っていたとすると、大統領は彼女に"なんらかの話"を提示していたのではないだろうか。


「理由……キュウビキツネからは危険な考えを持ったセルリアンだって聞かされていただけ。野放しにしておけばこのジャパリパーク全土に被害が及ぶって」


「そうですか……」


「大統領は、私達が最後の一撃を加えた後、谷底へと落ちていったわ。おそらくもう……」


 これはキュウビキツネ直々に聞くしか手段はなさそうだ。

 ルーカスはこの地点で、なぜか大統領のことが異様に気になった。

 自分を模したセルリアンともなれば、その中には自分の『輝き』たる部分が存在する。

 自分自身のどの部分を奪って存在しているのか、もしかしたらそれがルーカス・ハイドという存在の全てを物語るのではと考えていた。

 キュウビキツネは彼と会話をしていたので、なにか知っているはずだ。


(それにしても、大統領か。選挙に出たいって思ったことないんだけどなぁ。……なんで帝王とか魔王とかにしなかったんだろ? いや、名前に対してとやかく言うつもりはないけど)


 話が終わり、一時の休息に身も心も癒した一同は再び歩き出すことに。


「話が難しくて着いていけませんデシタガ、面白そうなので着いていきマース!」


「私も同行するわ。道中また襲われたら大変だから」


「まぁなんて頼もしい! フフフ、旅がこんなにも賑やかになるなんて夢みたい」


「ハハハ、大所帯だなぁ。では御二人共、どうかよろしくお願いします」


 こうして4人に増えた一行は、次の目的地まで目指す。

 場所はキュウビキツネのいる所。


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