第12話 サーベルタイガーさん

『ジャパリ・イン・ザ・ミラー』を出て1時間。

 ルーカスとリョコウバトは荒野の先にあるちほーへ向かう為に歩いていた。

 だがどうしてもルーカスの体力が続かない。

 補給の為、荒野に散っていたサンドスターを見つけると、すぐに食べ始める。


「大丈夫ですかルーカスさん。サンドスターがあってよかったですわ」


「いや失敬……本当に申し訳ない。ホテルにいたときはだいぶ落ち着いてたんだが……」


 ルーカスは自身の体について分かったことがある。

 ホテルにいるときみたいに落ち着いている状態だと、サンドスターを食べなくとも衝動は起きない。

 だがこうも運動を続けていると、どうやら体内のサンドスターの消費が著しくなり、こうして衝動が起こるようなのだ。


 しかし最初の頃と比べると、サンドスターを食べる頻度は減っている。 

 サンドスターを見つけた直後にかぶりつくという行動に、自制が効き始めているのだ。

 ここまで来るまでに、いくつかサンドスターを見つけたが、自分の意思で食べる食べないの決定が出来かけている。


 しかし、どうも元からの体力が増幅するわけではないらしく、適度な岩陰を見つけて休憩をすることに。


「いやぁリョコウバトさんは本当にすごい。ずっと歩いてても全然疲れてないなんて。僕よりずっとパワフルですね」


「ウフフ、ありがとうございます。私、何十日でも歩けますし飛べますのよ」


「マジで?」


「はい! あ、でもだからってルーカスさんは無理をしてはいけませんよ? フレンズによって得意なことは違います。私のようにずっと動き続ける子が得意な子もいれば、動くのが苦手な子だっています。だからルーカスさんも自分のペースを守ってください。大丈夫、私は置いていったりなんてしませんから」


「はい、ありがとうございます。あと少しだけ休ませてください。そしたら行きましょう」


「えぇ」


 そうしてふたり静かに休んでいたのだが、どうやらこの岩陰にはすでに"もうひとり"いたようで、すぐに騒がしくなった。


「ホーウホーウホォ~ウ。なにやら興味深いフレンズさん達デース!」


 声のした方向。

 岩の上に視線を向けると、ひとりの少女が立っていた。

 こげ茶色のベストとチェック柄のスカート、ファー付きのブーツ。

 学生服のような衣装をまとった犬耳の少女だ。


「まぁもしかしてフレンズさん?」


「き、君は?」


 驚くふたりの前に身軽な跳躍でストンと降りてきて、大きく息を吸い始めた。

 よっぽど大きな声で名前を叫ぶのだろうと覚悟していたルーカスだったが


「マイネーム!!! イズ! ギョウブマサタカ! オニワァアアアアア!!!!」


「うおなんだよその名前!?」


 もはや斜め上を行く少女の自己紹介にすっころびそうになった。


「アッハッハ~☆ 冗談ですヨー! よくわかんないんデスケド、これ言わないと1日が始まった気がしないんデス! 改めまして、ワタシの名前はドールと言いマース!」

 

 ドールと名乗る少女は胸を張ってウインクしてみせる。

 かなり元気のいいアニマルガールで、いるだけで活力がもらえた気がした。


「私はリョコウバトと申します」


「ルーカス・ハイドです。よろしく、ドールさん」


「リョコウバト? オーウ! じゃあ鳩ですので鳥の子ですネ! ル~カスゥ~? huh~、知らない名前の動物でデスネェ」


「アハハ、僕は『ヒト』という動物なんですよ」


「ヒト? オウ、ソーリー。わかんないデース。でも、この先のちほーにいる僧正様ならわかるかもデース」


「僧正様?」


「イエス! このごこくエリアの長をやってるえらーいアニマルガールデース! とってもキュートでセクシーな御方で、とっても頭がいいのデス!! 皆の憧れの的ですヨ」


 ルーカスは頭の中にある情報を瞬時に整理し、ドールの話と重ね合わせる。

 僧正様とは間違いなくホテルでハブが言っていたキュウビキツネ様のことだろう。

 そしてここは、ごこくエリアであるという重要な情報も手に入れた。


「そうでしたか。重要な話ありがとうございます。リョコウバトさん。ごこくエリアの地形や場所等はわかりますか? 恐らくその記憶がこの旅のカギになります」


「はい、任せてください。私はこのごこくエリアで生まれたフレンズですので、大部分は記憶していますよ」


「オーウ! ワタシもそうなんですヨ! 生まれも育ちもごこくエリアです江戸っ子デイ!」


「ぼ、ボキャブラリー豊富ですねドールさん」


「てやんでェイ、べらぼうめぇ!!」


「ねぇホントはヒト知ってるんじゃ? え、知らない? あ、そう」


 ホテルとは違う賑やかな時間を楽しむルーカス。

 フレンズによってそれぞれ持つ個性の違いを、改めて認識する。

 

(なんだろう……とても懐かしい。そうだ、この感覚。このフレンズとの触れ合いの中で感じるこの心の動き。僕はこの感覚が大好きなんだ)


 記憶でなく、心がそう響いている。

 自分の持っている大好きが反応しているのだ。

 


 しかし、その平穏は見事に崩れ去った。


「Shit! 会話に夢中で気が付くのが遅れたデース!」


「ど、どうしたんですか!?」


 犬耳を動かして音を探知したドールは、途端に厳しい顔になった。

 リョコウバトは驚いたようにして少し怯え始める。



「ふたり共! セルリアンが来マス!!」


 ルーカスも周囲を確認するが、それらしい影は見当たらない。

 察したドールは大きな声で場所を告げる。


「地面デス! 地面の下を潜っていたんデス! 迂闊デシタ……!」


 直後、荒野の固い地面を突き破って、ホース状の巨大なセルリアンが2体現れる。

 長い胴体をうねらせながら、3人に襲い掛かる様は巨大な蛇のよう。


「ちょちょちょ! こんな所でセルリアンだって!? やばいよやばいよコレ!」


「ど、どうしましょう。私、戦いは……」


「わ、ワタシのせいデス。ワタシが早く気付かなかったカラ」


「違うよ。ドールさんのせいじゃない。だが今は全速力で逃げた方がよさそうだ!」


 落ち込みかけていたドールを鼓舞し、ルーカスは逃げることを提案する。

 この状況で無闇に立ち向かうことは無謀そのものだった。


 3人が背を向けて逃げようとした直後、なにかが宙を覆い、陽の光を遮断した。

 ――――ふと見上げると、黒いシルエットのアニマルガールらしき少女が、セルリアンに向かって跳躍しながら向かっていく。


「あ、あれは……ッ!」


 高速で進んでいくそのアニマルガールの手には煌めく刃が握られている。

 左逆手に持ったそれを、今度は重心を低く上半身を微動だにさせないように駆け抜けながら、眼光鋭く構えた。


「チェイヤァァアアアアアアアアアアッ!!」


 甲高い声を張りながら、セルリアンとすれ違いざまに刃を二閃、三閃と振るう。

 セルリアンは反応すら出来ず、美しい斬撃の餌食となり……。


 パッカーン!


 パッカーン!


 彼女が刃を鞘に納めてカチンと音を立てた直後に石が割れ、そのまま霧散した。


「オーウ……まさか、こんなところで出会うなんて」


「す、すごいです。これもまた旅ならではの出会いですッ!」


 リョコウバトとドールが興奮気味にあのアニマルガールを見る。

 ルーカスは状況がわからず、一体なにがどうなったのか把握しきれなかった。


「え、あの。申し訳ない。あのフレンズさんは?」


「オウ! 知らないデスカ!? 彼女はこのごこくエリアの伝説の英雄のひとりデース!!」


「え、英雄?」


「はい、私は当時別のちほーにいたので聞いた話なんですが。かつてこのごこくエリアにとっても怖いセルリアンが現れて、やっつける為に5人のフレンズさん達が群れを率いてそのセルリアンと戦ったんです! キュウビキツネ様をリーダーとした、その名も『ごこく華撃団』! 彼女はそのメンバーのひとり」


「――――さ、サーベルタイガー、ネ!!」


「サーベル、タイガー? あの十傑集走りしたあの子が?」


 ルーカスはサーベルタイガーに改めて目を向ける。

 彼女は立ち上がり、視線をこちらに向けていた。

 ふと目があう。


「あ、やぁ。助けてくれてありがとう。僕は――――」


 そう言いかけた直後、ルーカスの身体が宙を舞った。

 サーベルタイガーが凄まじい速度でルーカスに飛び掛かり、そのまま押し倒したのだ。


「ルーカスさん!」


「ルーカス!? Hey! サーベルタイガー! この人は悪者じゃありまセン! 離してあげてくだサイ!」


「…………」


 しかしサーベルタイガーは黙ったまま押し倒したルーカスに馬乗りになり、リョコウバトと同じハイライトの無い目でじっと彼を見つめていた。

 それは獲物を狙うようでもあり、真実を見極めようよする目にも見える。


「あ、あの……サーベルタイガーさん。確かに人の間では、ヨーロッパでは、挨拶の際にハグをする習慣がありますが……アハハ、これはちょっとばかり激しいのでは?」


「…………」


「えっと、僕なにか気に障ることでもしちゃいましたか? だとしたらごめんなさい。……あの、えっと」


「…………」


 中々答えてもらえない気まずさと緊張感から、ルーカスはある種の不安を覚え始め、そして……。


「――――た、食べないで下さ、い?」


 苦笑いを浮かべながら頼んでみた。

 リョコウバトもドールもそれに便乗し、説得する。


「そ、そうですサーベルタイガーさん! どうかルーカスさんを食べないで下さい!」


「その通りデース! お腹こわしちゃいマース!」


「ドールさんずれてるずれてる!」


 すると説得に応じたのかサーベルタイガーが溜め息をひとつしてから、ルーカスから身体をどかす。


「食べないわ」


「そ、そうか。よかった……」


「いきなり飛び掛かってごめんなさい。アナタ、とっても似てたから」


 リョコウバトとドールが胸を撫で下ろす中、サーベルタイガーはルーカスに手を伸ばした。

 その手を掴んでルーカスは立ち上がり、改めて自己紹介をする。


「いやぁビックリした。僕はルーカス・ハイドと言います。助けていただき感謝します。その、似ていたとは?」


「どういたしまして……と、言えるような立場じゃないわね。んー…そうね、きっとアナタは無関係じゃないと思うし、話すべきね」


「それはどういう……?」


 質問を投げかけるが、サーベルタイガーはふんわりと小さく微笑み手で制す。


「大丈夫、ちゃんとお話するわ。まずは移動しましょう。私の住んでる所に案内してあげる」


 そう言ってサーベルタイガーは、3人を別の場所へと案内した。

 荒野を越えて、少し進んだ場所にある水場。

 そこに佇む、かつてなにかの施設だった場所へと。

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