第11話 ちぇっくあうと/ひかりをすいこむくろ

 翌朝、ルーカスとリョコウバトはチェックアウトをしにフロントへ向かう。


「よう、おふたりさん。おはよう」


 階段を降りた所で出会ったのはハブだ。


「ハブさん。おはようございます。いい朝ですね」


「あぁまったくだ。――――いくのかい?」


「えぇ、僕等もゆっくり休めましたから」


「それに、旅はまだ終わっていませんわ。ルーカスさんの記憶を完全に取り戻す旅のお手伝いを是非したいんですもの」


 リョコウバトには今の記憶の状態のことを今朝話しておいた。

 彼女との旅で、ここまでの記憶を取り戻せたのは収穫だが、まだ完全とは言えない。

 だが、彼女との旅を続けていればきっと取り戻せるだろうとルーカスは思っていた。


「ハブさん。もし全ての記憶が戻ったら、また飲みに来てもいいですか?」


「あぁいいとも。おう、リョコウバトの姉さんにも、バーボン馳走してやるぜ」


「ばーぼん? なんだかよくわかりませんが、おいしいのなら是非いただきます!」


「あーハブさん。そういうのはお酒が大丈夫な娘だけにしとこうか」


「あーいいじゃんかよ。ハッハッハ」


 たわいのない会話の後、ルーカスは今後のこのホテルのことが気になったので聞いてみる。

 過去が明るみになり、オオミミギツネとの関係性になにか影響がでなければいいとおもったが…。


「大丈夫だ。なんにも変わりはしないよ。これからもオオミミギツネは支配人としてこのホテルを経営して、俺はバーで客をもてなす。それだけだ」


「本当に?」


「心配してくれるたぁ嬉しいね。大丈夫だ。俺達の絆はそんなことで崩れたりしないよ。なにがあっても、俺がアイツを守る」


「そうか、わかった」


「あぁ、だからアンタ等は安心して旅に出てくれ。あ、特別室の地下のことだがな。あれは俺がしっかり管理しとくよ。……ディランのことは俺が機会を見てなんとかする。オオミミギツネに見つかると多分卒倒するだろうからな」


「うん、その方がいいですね」


「あの、ルーカスさん。ディラン、とは?」


「ん? あぁハブさんと僕の友達です。……ちょっとワケがあって今は会えないんですよ。すみませんね」


 ハブとルーカスは、白骨死体のことは伏せておいた。

 同じく地下へ降りたとはいえ、彼女は死体を見ていない。

 なら、知らない方がいいと判断した。


「あら、そうでしたの。じゃあお会いしたらまた皆で飲みましょう!」


「フフフ、そうですね。きっと彼も喜ぶかも」


「……あぁ、ありだとう。また来てくれよ。アンタ等なら大歓迎さ」


 こうしてハブと別れた後、フロントへ行ってチェックアウトの手続きをする。

 といっても小難しいことはしない。簡単な会話くらいだ。


「お客様、この度は当ホテルをご利用いただき、ありがとうございます」


 仰々しく礼をするオオミミギツネ。

 

「いえいえ、こちらこそ素敵なお部屋、ありがとうございます。おかげでとても楽しかったですわ」


「それはよかった。また来てください。アナタ方なら、大歓迎です」


「アッハッハッ、ハブさんにも同じこと言われましたよ。ええ、また来させていただきます」


「……えぇ、ありがとうございます。今度は、もっとピアノ弾けるようになって、皆様をおもてなししますね!」


 オオミミギツネの元気のいい声と笑顔が、旅立つ2人を見送る。

 たったの1日の出来事で、オオミミギツネとハブの関係は更に密なものとなったと、いえるかもしれない。


 ルーカスとリョコウバトが去った後、昼過ぎくらいからホテルにある変化が訪れる。

 お客のフレンズが何人か泊まり、チェックインを大方済ませて一段落済んだというタイミング。

 あるフレンズがやってきた。


「あの、私ここで働きたいんです。"ブタ"って言います! お掃除が得意です!」


 新しい従業員だ。

 このホテルに新しい仲間が加わり、オオミミギツネもハブも大喜び。

 ジャパリ・イン・ザ・ミラーはまた大きな賑わいを見せ始める。

 

 そんな日の夜だった。




 ハブはジャパリバーを閉めようと照明を落とし始める。

 完全に暗くしてから扉を開けて、自分の部屋へ戻ろうとしたときだった。


「店仕舞いだぜ。明日にしてくれると助かるんだが?」


 暗闇の中、ハブはバーのカウンターの方に視線をやる。

 

「ほうほう、我々をこうも感知するか」


「ピット器官も侮れん。光すら吸い込む本物の黒たる我々を即座に見抜くとは」


 カウンターに座るのは2人の鳥のフレンズ。

 カタカケフウチョウとカンザシフウチョウ。

 彼女等はエリアの長であり、"僧正様"と呼び慕うキュウビキツネの使いとして各地を飛び回っている。


「褒めたってドリンクはでねぇぞ」


「ケチー」


「ケチー」


「わかったよったくもう」


 観念したように2人にドリンクを出し、ハブもカウンターのイスに座る。


「……で、アンタ等が俺の所にきた理由は? まさかドリンク飲みに来たってわけじゃないだろ?」


「勿論そうだ。我々はお前の"情報"を所望する」


「そうだ。僧正様……キュウビキツネ様はお前の情報網を信頼しておられる。"蛇の道は蛇"、なのだろう」


「なるほど、そういうことか。なら、話そうかね。期待はしないでくれ」


 ハブはホテルのバーテンダーという仕事柄、多くのフレンズと出会い、話を聞くことが出来る。

 そんな中、ハブは自分独自の情報網を作り上げた。

 それが蛇の道は蛇だ。


「――――このエリア、『ごこくエリアに点在するボス達の集団失踪の件』だったな。……残念ながら足取りはつかめてない。以前よりずっと数が減ってる。森の方にもいたハズなんだが、最近は見かけなくなったらしいぞ」


「なんと」


「我々も夜闇に紛れて探しているのだが……」


「ボスは俺達には話してくれねぇからなぁ。んで、俺はひとつの仮説を立てた」


「どんなだ?」


「教えろ。あと、我々におかわりを」


 2杯目を口にしながらフウチョウコンビがハブの話に耳を傾ける。


「ボスは失踪したんじゃなくて、攫われたんだ」


「さらわれた? 誰にだ?」


「なんの為にだ? まさか、そいつはボスをさらってパクリと食べようと……」


「あなおそろしや……」


「あなおそろしや……」


「聞けや」


 ハブは自分用にもドリンクをグラスに注ぎ、口に少し含ませて舌で転がした後、ごくりと飲み込む。

 軽く息を吐いて、話を続けた。


「これは俺の勘だがな。俺がビーストしてた時ホラ。アンタ等とキュウビキツネ様が協力して倒したってあのセルリアン。――――大統領って奴だ」


「大統領? フフフ、面白いことを言うな。残念だがそれはないだろう」


「そうだ。大統領は僧正様と我々アニマルガールがやっとの思いで倒した存在だ」


 フウチョウコンビがクツクツと笑う。

 かつてこのごこくエリアにはそういったセルリアンがいた。

 女王事件の再来と言わんばかりに、ジャパリパーク中がパニックになったものだが、キュウビキツネが群れを率いて、大統領と奴率いるセルリアン軍団と戦ったのだ。


 だが、ハブはその問題点を話す。


「だがよぉ。大統領は確か谷の底に落ちたんだろ? 誰もパッカーンする所見てないだろ?」


「む、確かに」


「盲点だったな。だが僧正様がしくじるなどはありえんと思うが」


「もしかしたらよ。奴が実は生きててボスを夜な夜な一匹ずつ……」


「ひぃ!?」


「ひぃ!?」


「なぁんてな! 気にすんなって。ただの勘だ」


「お前の勘はたまに当たるから怖いのだ」


「我々の黒を凌ぐ黒さだなお前の勘は」


「あなおそろしや……」


「あなおそろしや……」


 無表情に近い顔でブルブル震えて見せるフウチョウコンビ。


「話はこれだけか? だったら次は俺の番だ」


「うむ、アムールトラの行方だったな。お前と同様ビーストとなってしまった哀れなフレンズ」


「我々も探してはいるが、彼女の速度はあまりに異常だ。向こうへ行ったと思ったらあっちへ行っていて。あっちへ行ってみればそっちへすでに行っていたというのが何度もある」


「日に日に凶暴化しているらしいぞ」


「お前の気持ちはわからんでもないが、とても話が出来る状態ではないようだ」


「そうか。…いや、俺はあの人を信じるよ。必ず元に戻るって」


 ハブは密かに拳を握りしめる。

 フウチョウコンビは互いに顔を見合わせ、再度アムールトラの探索を続けることを心に決めた。


「任せておけ。出来る限りのことはしてやる」


「そうだ。アムールトラほどではないが、我々の強さも中々だぞ? なにせ僧正様の御使いであるからな」


「ありがとよ。……引き続きボスの失踪のこと、同時に大統領のことも調べてみる。……とは言っても俺大統領のこと知らないからなぁ。なぁ、なんか手掛かりになるもんないか? アンタ等写真とかは知ってるんだろ? だったら写真の一枚くらいないのか?」


「ほう、大統領のことを調べるか。いいだろう。お前は他の動物にはない複雑な考え方ができる」


「やはりヒトと関わってきたフレンズは違うな。……そうさな。ホラ、これが大統領の写真だ。奴と戦う前に偵察用に撮っておいたのだ。そのままにしていたのを今思い出した」


「こりゃ運がいい。どれどれ…………―――――――」



 ハブが写真を手に取ると、その顔は大きく驚愕で歪む。


「ん? どうした顔色が」


「なんだ、なにか見えたか?」


「まさかヒトの間で話題にあったとされる心霊写真というやつか?」


「あなおそろしや……」


「あなおそろしや……」


 マイペースなフウチョウコンビの横で、ハブは手で顔を覆う。

 目の前の現実が信じられなかった。



 大統領。


 その顔、その服装は、色は違えどあのルーカス・ハイドにそっくりだったからだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る