第9話 きおくのそこから

「ゴホ…ゴホ……ッ! ふぅ、ホコリがいっぱいですわね」


 ルーカスがハブを追ってから、彼女はずっと部屋の中を探索していた。

 舞い上がるホコリが明かりに当てられて金色に輝く中、リョコウバトは机の上に転がる写真や書類に目を付ける。

 文字は読めないので、ルーカスが気になりそうなものは積み上げて、自分は写真のホコリを掃って見てみることに。


「あら、これって……」


 その中でリョコウバトの目に留まったある古い写真を眺めていたときだった。

 後ろから声が聞こえたので振り向くと、ルーカスとハブが足並みをそろえて戻ってくる。


「ごめんよリョコウバトさん。なにか見つかったかい?」


「えぇ、ルーカスさんは?」


「あぁ、おかげで記憶が戻りつつある」


 それを聞いてリョコウバトは嬉しそうに両手を合わせて。


「まぁ! 進展があったんですね! じゃあもっと戻るかもしれませんわ」


 リョコウバトは整理した書類や写真をルーカスに見せる。

 そして、ある書類に目を向けるとルーカスはやや悲し気に目を細めた。


「…『火の鳥計画』。懐かしいな。人工サンドスターを使用した医療装置、それによる人体蘇生の計画。天然のサンドスターは扱いが難しく、採取するのも困難だ。変に扱えば採取に使う物品がセルリアン化してしまう可能性も出てくる。そこで作られたのが人工のサンドスターだ。――――発案者は僕、そして開発者も僕だ」


 ルーカスの過去。

 朧気ながらも思い出してきたのは、自分がこのジャパリパークの研究スタッフのひとりであったことだ。

 女王事件の際、同僚だった"カコ博士"が昏睡状態に陥るということが起きた。


 幸い事件の終息後に目を覚ましたが、ルーカスは事件のことを考え、セルリアンに輝きが失われても、サンドスターの効力を利用した装置を作ることによって、意識を取り戻させるというのが概要だ。


「そう、僕はサンドスターを中心とした研究を進める人間の1人だった。サンドスターを取り集める中で、人工サンドスターの開発もしたんだ」


 ふと隣の古い本が目に入る。

 今にも崩れてなくなりそうなそれは、サンスクリット語で書かれた文章と奇怪な絵が特徴的だった。


「リョコウバトさん。あの洋館で見つけた古い本のこと、覚えてます?」


「はい、確か文字が書かれた……」


「そう、あれはね、ヘブライ語と言って人間が使っている文字のひとつさ。そしてこれはサンスクリット語。――――あの本はね、魔術書なんだ」


「マジュツショ?」


「おいおい魔術書ってあの魔術書か? 人間の秘めたるパワー、とか」


「アハハ、そうだね。大昔の人間が記した不思議な力さ。……とは言っても僕等は魔法が使えたわけじゃない。人工サンドスターを作る過程で、なにか参考にならないかと、魔術書を手に入れたんだ。皆最初は半信半疑だったけど、――――結果は大成功、すごいねまったく」


 思い出話を語るように肩を竦めながら笑うルーカス。

 開発の過程でどんなことがあったかは朧気だが、成功したのは確かだ。

 

 だが、火の鳥計画の恐ろしさはそこではなかった。


(――――そう、僕等は実験をする。人工サンドスターでアニマルガールは生まれるのか。答えはノー。理由は不明、だったはず。そして、サンドスターを研究する上で長年の謎であり、人権上タブーともされる問題にも目を向ける。…………"ヒトのフレンズ"を作ることは可能か? ということだ)


 それだけではない。

 かつてのルーカス達は計画名に相応しく、『死んだ人間を生き返らせることは可能か』という問題にも、実は影で踏み込んでいた。

 非公式の実験を行い、それは実証された。


 当時、ルーカスは自ら胸に弾丸をぶち込み、医療装置の中でしばらく眠ったのだ。


 今思えば、ゾッとする。

 記憶の欠けたルーカスは、過去の自分の蛮行が、自分のことであるにもかかわらず信じられなかった。


「……ルーカスさん? 大丈夫ですか、顔色が優れないような」


「あ、いやなんでもない。ちょっと記憶を整理してただけだよ」


 そう言って、積み上げられた書類に目を通しながら、記憶のピースを埋めていく。

 3枚の写真の内の1枚、ルーカスを含めた4人の写真。


 あれこそ、このパークの責任者トワ園長、そして研究所副所長のカコ博士、そしてパークガイドにして女王事件終息の立役者ミライ。


 当時、この3人と親交があったのだ。

 いつ撮ったかはわからないが、これを大切にもっていた上に、なんらかのパスワードを裏にメモしたことから、重要な物に違いはない。


(そう、僕の名はルーカス・ハイド。このジャパリパークにおけるサンドスター研究所の、所長だ。そうだよ……僕はずっとここでサンドスターの研究を仲間達と一緒にしてたんじゃないか)


 過去の記憶がびっしりと埋まっていく。

 同時に謎も深まった。


(となると、僕がいたのは人工サンドスターを用いた医療装置。あれ? ……入る前の記憶が全くないぞ? 自分で入ったのはあのときの自殺行為でそれっきりだ。なんで僕はあの中に入って眠っていたんだ?)


 そして、ここまで建物類の一部が荒廃したこのジャパリパークは一体なんなのだろうか。

 なぜ自分以外に人間はいなくなってしまったのか。


(きょうしゅうエリアにある火山噴火による大量のセルリアン。それと僕の状況になにか関係があるのか?)


 そう思いながら書類を机の上に置いたときだった。

 ふと写真に目が行く。


「あ、これって……」


 研究メンバーが映っており、その中にはルーカスの姿もある。

 そして、かつてのディランの姿も。

 ルーカスの隣で、ハブは目を細めながら悲しそうに見ていた。

 写真という物言わぬ過去が、今目の前で真実を語っている。


「これ、よければ」


「え、いいのか?」


「ここに置いておくより、アナタの傍に置いた方がいいんじゃないかな? やっと出会えたんですから」


「――――すまねぇ」


 ハブは写真を持つと、大切そうにそれを抱きかかえる。

 ルーカスは微笑みながら眼鏡を指で直す仕草をし、次の写真に目を向けた。


「これは……ほとんど軍人だね。フフフ、皆楽しそうにしてる。場所は食堂かな」


 中にはトオサカと思われる人物やその部下達と、そこに所属するフレンズ達の姿も見られた。

 音楽家らしき人達もいて、この場所がかなりもリア上がっていることがわかる。

 微笑ましい写真に頬をほころばせていると、リョコウバトが横まで歩いてきて。


「ルーカスさん! その写真なんですが、驚きの発見があったのです!」


「ん? なんです?」


 リョコウバトが写真のある部分に指を差す。

 丁度そこはルーカスが指でつまんでいて見えていない所だった。

 指をどけて見てみると、そこには……。


「あ!」


「このフレンズさんって、オオミミギツネさん……支配人さんですよね?」


「あぁ間違いない。ピアノの前に座って……。しかも隣には!!」


 ピアノの前に座り満面の笑みを浮かべるオオミミギツネのその横で、ウォッカのビンを持ちながらカメラに笑いかけるアニマルガールが。


「……――――ハブさん。アナタは、オオミミギツネさんと、どういう」


「……そうか、そんなところにあったのか。その写真」


 ハブは観念した悪ガキのような笑みを零しながら、写真を覗き込み手に取ると、ルーカス達に向き直る。


「別に隠してたわけじゃねぇよ? 俺はアイツが記憶をなくす前から知ってる。アイツは覚えてねぇだろうがよ」


 曰く、かつてオオミミギツネはホテルで働いていたフレンズの1人だったという。

 今のようにハキハキとした性格ではなく、どこか幼稚で人懐っこい性格だったのだとか。

 ハブとオオミミギツネは出会ったその日から意気投合し、まるで姉妹のように互いを慕っていた。

 

 だが、別れは唐突に訪れた。

 ハブは、セルリアンに襲われたのだろうと踏んでいる。


「ビースト化から解放され、なんやかんやこのホテルについたとき、アイツを見た。性格は違ってたけど、なんか嬉しかった。――――そのとき、俺は誓ったんだ。もう、絶対にひとりにはさせないって。絶対にオオミミギツネを守り抜くんだって。……あ~あ、まさかここまで明るみにでることになるとはな」


 真剣な目で、ハブはルーカス達に訴えかける。

 その目は涙で潤んでいた。

 『ジャパリ・イン・ザ・ミラー』の真実。


 それはルーカスの過去を紐解く真実だけでなく、決して潰えぬ絆の物語があった。

 ディランとの思い出だけではなく、フレンズ同士での友達の思い出も、このホテルと地下研究所は、ずっと守り抜いていたのだ。


「ピアノ、上手だったよ。中でもなアンタが弾いたあの『きらきら星』が得意だったんだ。プロってわけじゃないけど、俺は好きだったよ」


 紐解かれるハブの秘め事。

 ルーカスはオオミミギツネがなぜピアノと曲に反応したのか納得する。

 ルーカスの記憶が、彼女の記憶を刺激し、ハブの心を揺さぶり、ここまで到達したのだ。


「そういや、きらきら星は誰かに教わったって言ってたような……」


「フム、もしそうだとしたら……。ハブさん、もう一度奇跡を見たくないですか?」


「え?」


「行きましょう。支配人さんのところへ」


 そういってルーカスは踵を返し、元来た道を戻ろうとする。

 リョコウバトが慌ててその後を追いかけた。


「…………」


 一人残ったハブは、ルーカスから手に取った写真を再び眺め見る。


「奇跡か……ヒトに出会えただけでも奇跡なのに……まだまだ起こるらしいな。もしかしたら、に再び会える日が来るのかもしれない」


 写真の中の"あるフレンズ"に語り掛ける。






「なぁ、アムールトラ。俺の先輩さんよぉ」

 

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