第8話 かがみのしんじつ②

「俺は元々、このジャパリパークで人間の部隊と一緒に警護を任されていた。知ってるだろう? セルリアンを相手にだ」


「セルリアン……えぇ、知っていますよ。ジャパリパークにおいてフレンズ同様外すことができない存在」


「今は朧気な記憶しかないけど、俺はこのホテルに、部隊の人達やフレンズ達と何度も足を運んだことがあるんだ。コンサートを聴いたり、酒やドリンクを飲んだりさ。このホテルはな、サンドスターを研究する為に作られた施設のひとつなんだとさ。それを知ったのは、生きてるころの"この人"に聞いてからだった。俺のことを友達だって言ってくれてさ。一緒に酒も飲んだ記憶がある」


 ハブの思い出話を聞きながら、ルーカスは森の中の出来事を思い出す。

 おそらくあの洋館もまた、サンドスターを研究する為の施設なのだろう。

 洋館とこのホテルは、思わぬところで繋がっていた。

 その証こそが、洋館で見つけたあのメモ用紙と、このホテルの巨大な鏡だ。


「あるとき、きょうしゅうエリアにある火山が噴火して、ジャパリパーク中にセルリアンが現れた。そのときにパーク中が大パニックになって……。俺はこの人の友達に先にこのホテルの鏡で待ってるように言われた。その友達は俺の部隊の上官でな。先に行ってこの人をずっと守るようにって言われて、俺は真っ先に向かった。――――向かったんだ。だけど……」


「まさかそこでセルリアンに……? いや、なんらかの理由でビースト化したとも考えられるな」


「今となっちゃわからねぇ。ただ、上官はそのとき遅れてくるこの人の為に書き置きするかなにかをして、伝えたはずだ。ちょびっとだけ覚えてる。だけど……」


 結論はこうだ。

 当時ハブはキチンと向かったが、なんらかの理由でこのホテルに来ることが出来なかった。

 そしてこの白骨死体の人物は訪れたはいいもののもう身動きは取れず、大怪我を負っていたそのまま……。


「ルーカスさん……」


「…………」


 ふたりは見つめ合う。

 時間としては長くはなかったのだろうが、それはどこか永遠に感じるように。

 

「正直、アンタが……ヒトがここへ来たとわかったとき、俺は心の中でなにかが爆発しかけた。バーのとき初めてみたなんて言ったが、ありゃ嘘さ。ホントはな……アンタの名前、聞き覚えあったんだ」


「なんだって? じゃあアナタは僕の正体を」


「いや、残念だが、アンタに関しては名前と顔くらいだ。経歴まではわかんねぇよ。……ただ、"この人"とすっごく仲良かったのは、覚えてるよ」


「そうか……。記憶がなくなるというのは、どうやら映画や漫画でみてる以上に不便なものなんだねぇ。おかげでてんてこ舞いだね、お互い」


「アハハ、そうだな。……でも、もしかしたらアンタならって思ったんだ。……そして、俺の願いは叶ったんだ。ようやくこの研究所の扉を開けられた。俺が長い間どれだけ頑張っても開くことができなかった、過去の扉を開けられたんだ」


「僕は、真実を知りたかっただけだ。このホテルにはきっと、僕の失った記憶を埋める為のピースがあると。そう思ってたときに、アナタと出会った。……なんだろうね、リョコウバトさんといい、アナタといい、そしてこの場所といい……まるで偶然じゃないみたいだ」


「だな。しかし、残念だよ。俺も記憶が完璧じゃない。色々知ってたらたらふく教えてやれたのによぉ~」


「かまいませんよ。もしも他に知っていることがあれば、是非教えてください」


「教える、か~。ん~なんかあったかなぁ他には」


 ルーカスは微笑みながら壁にもたれるのをやめて、ハブと真正面から向かい合う。

 

(彼女はフレンズでありながら、人間と一緒に治安維持に務めていた子なんだな。さて、ここからは慎重に質問を選ばなくては)


 咳払いをした後、ルーカスは優しくハブに問いかける。

 懐から洋館で見つけたメモ用紙を取り出し、彼女に見せた。


「それは……ッ!!」


「ここに書いてある"あの子"とは、もしかして君のことじゃないかな?」


「間違いない、あの人の字だ……。これをどこで!?」


「この荒野に入る前の森の中で見つけた。随分ボロがいってたが、恐らくあそこも……」


「なるほどな。確かサンドスターを研究する場所はジャパリパークのいたるところにあるって、聞いたことがある気がする。……そうか、『トオサカ』隊長が」


 ハブが突如漏らした言葉に、ルーカスは目を見開いた。

 彼女の口から、自身の記憶につながるものがでたからだ。


「トオサカ!? ハブさん、今トオサカって言ったか?」


「え、あ、うん。トオサカって名前と、その人が隊長だったってことは覚えてる。……この人と同じくらいに大事な人なのに……これぐらいしか思い出せねぇんだ。チクショウ……ダメだねぇ俺は」


「……君の言うトオサカってもしかしてこんな顔じゃないか?」


 ルーカスは一枚の写真を取り出す。

 そこには軍人風の男と、自分自身が映っていた。

 それを覗き込むように見たとき、ハブは大きく狼狽えた。


「な、なんだよ、こりゃ……。あ、あぁ! そうだ、思い出したこんな顔だ!! ……で、でも、なんでアンタがこれを持ってる? なんでアンタが映ってる? アンタ、トオサカ隊長のことを知ってるのか!? なぁ!!? 教えてくれ、あの人どこにいるんだよ!!」


 ハブが立ち上がり、ルーカスの服を掴むようにして縋りつく。

 その顔に先ほどまでの哀愁や余裕はない。

 ルーカスは落ち着くようにハブを制止し、首を横に振った。


「僕にもわからない。言ったろ? 僕も記憶を失ってるんだ。だからこの写真だけじゃ、僕とこのトオサカという人物がどういう関係だったのかも、よくわからない。――――――だからこそ、僕は真実を知りたいんだ」


「真実……?」


「あぁ。この地点だけじゃわからないことが多すぎる。……ハブさん、僕と一緒にここを探してくれないか? もしかしたら、なにかわかるかもしれない」


「あ、あぁ!」


「よかった。じゃあここを少し調べたら、さっきの場所まで戻りましょう。リョコウバトさんに今ひとりで頑張ってもらってるんです。ん~む、今思えば紳士としてあるまじき行為だったなぁ」


「大丈夫だって。あのお姉さんはそんなんじゃ怒らねぇよきっと」


「うぅむ、そうかなぁ」


 ハブとルーカスはこの部屋の探索を始める。

 白骨死体の名前を表す社員証のようなものを発見した。

 名を『ディラン』、彼もまた自分と関わりのある人物だったと思うと、ルーカスはどこか胸が痛んだ。


 ここへ来てから随分と様々なことがわかってくる。

 あらかた調べると、妙な青いファイルを見つけた。

 埃をとっぱらい中身を見てみると、そこにはパソコンの文字で入力された資料が挟んである。


 早速内容をみたのだが……。


(四神、妖獣、UMA、――――Phoenix……『火の鳥』?)


 これらはいわば架空(もしくはそれに近い存在)のアニマルガールのデータだろうか?

 中でも、火の鳥の欄に、赤で丸が囲ってある。

 これの意味するものとは……?


(次のページは……ん、これは?)


 次にあったのはサンドスターに関するデータの数々だ。

 効果や影響、具体的な数値などがまとめられている。

 このデータをまとめたのは……。


「これは……僕がつくった研究データのファイル、なのか?」


 名前の欄に、自分自身の名前があったのに気づく。

 更にページを読み進めていくと、だんだんと記憶に直結していうワードが現れ始めた。








「"人工サンドスターの開発"……"女王事件の後、サンドスターの効果を用いた治療装置の開発案"……まさかこれは、僕が?」


 ルーカスの頭の中で記憶のピースが埋まっていくのを感じた。

 じんわりと熱がこもったような感覚が脳に宿ると、ルーカスはすぐさまハブと一緒にリョコウバトのところへ戻る。


(……僕の記憶が正しければ、今リョコウバトさんがいるところにもがあるはずッ!)

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