第7話 かがみのしんじつ①
オオミミギツネは二階の廊下の掃除をしながら、食堂のことを思い出していた。
ルーカスの奏でたあのキラキラ星を聴いてから、自分でもわかるほどに様子が変だ。
「なんなのかしら。変な感覚がずっとする……なんで、こんなにも胸が痛むのかしら」
手を止めて溜め息を漏らしながら天井を見上げる。
痛みの他になにか思い出しそうな気がして、仕事が手につかない。
すると、聞き慣れない音が大きな耳に届く。
「なにかしら今の音。……この方向は特別室のほうね」
オオミミギツネは掃除を中断し、恐る恐る特別室へと廊下を進んでいった。
一方、ルーカスとリョコウバト、そしてハブは鏡の中を進んでいた。
外から見たホテルはそこまで広いものと感じられなかったのだが、この通路を進んでいるときはまるで無限に続く道を歩いているかのような感覚だった。
奥まで歩くと、地下へ通ずる階段が現れる。
「いかにもワケありな階段だな。明かりが欲しいところだが……」
「暗いところですね。一度踏み込んだことのある場所なら特に問題はないのですが。初めての場所だと私でも難しいです」
リョコウバトは体力と記憶力に優れている。
たとえ真っ暗でも始点になるものさえあれば、記憶を頼りに地図を思い描いて進むことは出来るだろうが、ここは未知なる場所。
流石のリョコウバトでも、真っ暗な地下を進むことは困難だ。
ルーカスも明かりになるものを探しては見るが、そんなものはない。
そんなときだった。
「明かりになるもの……――――――――あるよ」
ハブがルーカスの肩を叩いて、あるものを手渡す。
少しボロが出ている懐中電灯だ。スイッチを付けてみたがまだ使えることがわかる。
「ありがとうハブさん」
「いいっていいって。さ、行こうぜ」
ルーカスを先頭にリョコウバトとハブが続いて階段を降りる。
3人の足音が乾いた空気に響いていく中、ルーカスは不思議な感覚に、頭を覆われた。
(この感じ。僕はこの感覚を覚えているのか? どうやら過去の僕はこの場所に出入りしていたようだな)
階段の先には扉があり、ドアノブを回してみると、多少の軋みはあるも問題なく開いた。
ほっと胸を撫で下ろしながら、ルーカスは扉の先へと足を踏み入れる。
なにかの部屋らしいが懐中電灯だけではわからない。
電気のスイッチを探して、ONにすると、ジジジ…という音とともに明かりがついた。
「ここは……」
「まぁ! ここって洋館にあったあの場所とそっくりですわ! 私覚えています。この大きな箱のようなもの、あそこにもありましたわ!」
そこは無数の機械と本棚、そして金属製の机が部屋の隅にいくつか並ぶ部屋。
―――――研究所だった。
「ホテルの下にこんな機械が……。ここは研究所で、何者かがここでなんらかの研究をしていた? そして、その中には僕が」
ルーカスは帽子を脱いで、右手で髪の毛をかき上げるようにいじる。
あまりの現実に頭が混乱しそうだ。
この光景を目の当たりにしてもなお、自身の記憶が戻ることはなかった。
そのかわり、なにか引っかかりを感じる。
「リョコウバトさん。もう一度僕と探索をしてくれませんか? 洋館のときとはまた別の違いがあるかもしれない。その違いを探すにはリョコウバトさん、アナタの完璧な心のアルバムが必要です」
「はい! おまかせください!」
ルーカスは帽子をかぶり直し、部屋の中央でキョロキョロと周りを見渡して不審な点がないかを探し、リョコウバトは記憶の光景とこの地下の光景を照らし合わせながら探索をする。
だが、すぐに見つかった。
(あれ……? ハブさんはどこへ?)
いつの間にか彼女の姿が消えている。
この部屋の入口から見て右側の壁に、電気のついていない通り道があった。
その先の薄暗闇の中に、ハブのシルエットがその先へと向かっているのが見えた。
「ハブさん、どこへ? ……リョコウバトさん、すぐ戻りますのでここで待っていてください!」
「え、わ、わかりました」
狼狽えるリョコウバトを余所に、ルーカスは懐中電灯で通路を照らしながらゆっくり進む。
その中で、ルーカスの中にあった疑念が確信へと変わった。
(やはりハブさんは……)
隣の部屋に通ずる通路の先。
そこもまたさっきの部屋よりも広い構造だ。
その奥でハブが背中を向けた状態で、部屋の隅を見下ろすようにしていた。
「ハブさん」
そう呼びかけると、突如カチリと音がした。
その後に耳に響いてきたのは洋楽だ。
『Here's to you』
かなり古い歌だが、ルーカスは聞き覚えがあった。
音質からして、これはカセットテープレコーダーからだ。
ハブの近くまで歩み寄ると、やはり彼女は小型のソレを持っており、そこから音楽が流れ出ている。
なぜひとり離れてこのような行動をと、気になって声を掛けようと思った矢先、ルーカスの目に驚愕に値するものが視界に映った。
血液が染みついた白衣らしきものをまとった白骨死体だ。
ハブはそれを見ながら、小型のカセットテープレコーダーを死体の足元へと置いた。
音楽はカチリと音を立てて止まった。
「フフフ、ようやく会えたよ。この人にさ」
「ハブさん。やはり君はこのホテルの秘密を知ってて」
ルーカスの言葉にハブが振り向く。
その表情は、まるで憑き物が取れたかのように晴れやかではあったが、同時に目には涙がたまっていた。
「なにも過去の記憶うんぬんでさ。このホテルにいるのは、オオミミギツネだけじゃないってことさ。しかし、いつからアンタ俺が秘密を知ってると?」
ハブはにこやかに首を傾けながら問うた。
対してルーカスは、やや悲し気な表情で、眼鏡を中指で上げるようにして直しながら答える。
「最初に怪しいと思ったのは、食堂のときですよ。アナタは『キラキラ星』を知っていた。そのときアナタは店にいたはずなのに、曲名をピタリと当てた。そのときにあれ? ってね」
「なるほど、他には?」
「特別室に案内してもらったとき。そしてパスワードの入力時だ。アナタはどうしてあれがパスワードを入力するモノだと、一目見ただけですぐにわかったんです?僕は一言もあれがパスワード入力機だなんて言ってないのに。そしてここまでのアナタの反応や行動を見るに…………」
――――ハブは、人間のことを知っている。
ハブは人間と深く関わりを持っていたフレンズだ。
彼女は、ルーカス達をここまで導いたのだ。
――――しかしなんのために?
「……そこのご遺体は? もしかしてアナタの知り合いなのか?」
「フフフ、隠しても無駄かな。……まだパークがヒトで賑わってたときだ。俺はこの人と知り合いだったのさ。でも、俺は"ある事情"でね。人間と関わってたときの記憶の一部が消し飛んでるんだ」
「アナタも!?」
「あぁ……ビースト化って知ってるか? 俺は一時期そうなってて、キュウビキツネ様に止めてもらって正気を取り戻したんだ。…もう昔の話さ」
ハブは肩をすくめながら、近くにあったイスに座って足を組む。
薄暗闇に懐中電灯の光が強く主張する中、彼女の目は遠い景色を見るように細く、そしてどこか懐かしげでもあった。
「ビースト化、か。名前から察するに、フレンズの姿を持ちながら獣の本能に従い暴れまわる……といったところでしょうか?」
「そんなところさ。……おっと話がずれちまったな。じゃあ、ちょいと俺の話を語ろうか」
ルーカスは壁にもたれかかり、彼女の言葉に耳を傾ける。
ルーカスは知りたかった。
目の前にいるこのアニマルガールは、どんな真実を今まで秘めていたのか。
そして、そこに記憶のない自分に憑りついた謎を解く鍵は見つかるのか。
ハブの独白が始まる。
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