第6話 ぱすわーど
「支配人…いや、オオミミギツネさん、随分僕のピアノ演奏に食い付いてたけど……なにか思い出したのかな?」
「さぁ。あのピアノ? の演奏を聞いたとき、彼女はとっても真剣な表情でしたわ」
部屋に戻りハブが来るのを待ちながら、イスに座るリョコウバトを傍目に、窓際へそっと移動するルーカス。
綺麗なガラス窓から夜の荒野を眺めながら、空の点々とした輝きと漆黒に包まれた大地に目を細める。
支配人であるオオミミギツネのことを考えている裏で、ルーカスは別のことを考えていた。
どこまでも続くこの夜の光景の中に、かつての自分はどのように生きていたのだろうか。
しかしどこまで考えてもそれを思い出すことはなく、あらゆる想像は窓の外の闇へと消えていく。
丁度そのころ、ドアをノックする音が響く。
どうぞ、と声掛けするとハブが笑みを浮かべながら入ってきた。
「よう、お待たせ」
「ハブさん。協力してくれるということですが、具体的にはなにを?」
「アンタ等を今から『特別室』に案内してやる。この時間帯なら支配人はちょっと奥の方で仕事してるだろうからチャンスだぜ」
「特別室? このホテルには特別室というものがあるんですの?」
「あぁ、一階に降りてリビングへ出りゃすぐだ。さぁついてきな」
ハブと共に特別室へと赴く。
特別室は他の部屋よりもずっと豪華な造りになっており、まさにスウィートルームというに相応しい空間だった。
シャンデリアが煌々と輝く広々とした空間の中に一際目立つのが、奥に備えてある鏡である。
ルーカスやリョコウバト、ハブがまるまる映るくらいに大きなサイズの鏡で、壁に埋め込まれるように備えられてある。
鏡の周りの額縁はギリシャ神話を彷彿とさせるきめ細やか且つ大胆なデザインのものだ。
「これが鏡……確かに一番大きいな」
「あぁ、そうだ。これがホテルの中じゃ一番怪しい鏡さ。俺は外で見張ってるからよ。じゃあ頑張ってくんな」
ハブが見張りの為部屋の外へ。
早速調査をしようと、ルーカスは森の洋館で見つけたメモ用紙のことを思い出す。
例の鏡というのが目の前のこれのことなら、その証になるものがあるはずだ。
「とっても大きな鏡ですわね。こんな大きな鏡なんに使うのかしら」
「そう……ですね。リョコウバトさん、飛ぶことって出来ますか?」
「はい、出来ますがもしかしてこの部屋で飛べと?」
「はい、天井等をよく見てみて欲しいんです。鏡はじっくりと僕が見てみたい」
リョコウバトはフワリと身を浮かせ、タンスの上や物品の中等を見てみる。
ルーカスはじっくりと鏡を観察し、時折額縁に触れてはなにかスイッチのようなものはないかを調べた。
(かすかだが風の流れを感じる……間違いない、この鏡は扉で奥に繋がってるんだ。だが、どうやって……?)
特別室に入ってかれこれ20分ほど、ルーカスが思案に暮れていたころだった。
カチャリ、と音が鳴り鏡の隣の壁からなにかが出てくる。
キーボードのような形をしたスイッチだ。
これは? と覗き込んでいるとリョコウバトが降りてくる。
「ごめんなさい。シャンデリアを触っていたら……」
「いや、大手柄だ。これは手掛かりになります」
「本当ですか! あら? これってなんでしょう?」
ルーカスはスイッチの群れを見て即座に"パスワード入力機"であると理解した。
(特定の6文字を入力すればいいようだが……さて)
そう思っていた時、ドアがゆっくりと開いたのに気づいて振り向いた。
ハブが様子を見に入って来たようで、服のポケットに手を突っ込みながらノッシノッシとやってくる。
「どーだい成果は?」
「あぁ、重要な成果を見つけましたよ。きっとこれが……」
「なるほど。これを打ち込めば鏡が開くってわけか。で? なに打ち込めばいいんだ?」
(……ん?)
問題はパスワードである特定の6文字。
実はルーカスには心当たりがあった。
(この部屋にパスワードの手掛かりとなるものはなかった。となると6文字を表す手掛かりは……)
ルーカスは懐から2枚の写真を取り出す。
4人が映る写真と血濡れた写真の裏にはアルファベットと数字で形成された6文字が書かれている。
「それって、写真というものですね。どうしてルーカスさんがそれを?」
リョコウバトが覗き込み、ハブが目を見開く。
この裏側に書かれた文字がもしかしたらここのパスワードかもしれないと、ルーカスは一枚ずつ当たってみた。
「まずは一枚目……ん、これは違ったみたいだ」
最初、4人が映った写真の裏側のを入力してみたが、機械はそれを受け付けなかった。
(これじゃないとしたら、次か。……じゃあこの写真の6文字はなんのパスワードなんだ?)
疑問に思いながらも血濡れた写真の裏側に書かれた6文字を入力する。
間違えないように丁寧にスイッチを押していき、最後にENTERキーを。
――――ピピピッ!!
音がすると同時に、鏡が扉のように軋みながら開く。
「開いた……この写真の6文字は、ここのパスワードだったのか!? なぜ僕はそんなものを持っていたんだろう」
「やりましたねルーカスさん!! 奥に道が続いているみたいですよ」
「……ハブさん。奥へ入りますけどいいですか?」
「――――――――あぁ」
ハブが抑揚なく静かに答える。
このときの彼女の表情はどこか険しく感じた。
ルーカス、リョコウバト、そしてハブは鏡の奥へと入っていく。
ずっと暗闇の中で眠っていたこのホテルの真実に、ルーカス達が近づいていった。
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