第5話 きらきらぼし

 バーとは向かい側。

 右側の通路に食堂への入り口がある。

 掃除は行き届いているようだが、お客が少ないからかガランとしていた。

 中にはオオミミギツネがひとり、壁に掛けられた写真をゆっくりとした足取りで見ている。


「やぁ失礼。支配人、今お時間大丈夫ですか?」


「え? あら、お客様」


 ルーカスとリョコウバトの訪れに振り返り、行儀よく両手をお腹あたりで合わせて礼をする。

 

「バーで話しを聞いたのですが、私達このホテルのことをもっと知りたくなりまして」


「ホテルのこと? あぁ、ハブさんに私のほうが詳しいと聞いたんですね」


「いかにも。僕もちょっと気になってしまいまして、是非お話を聞きたいなと思ったのですが」


「えぇ、かまいませんよ。どうぞ、お座りになって下さい。ここは食堂ではありますが、料理というものが出来るフレンズは実は少ないのです。ですので、大半は皆さんお手持ちのジャパリマンかこちらで提供させていただいているジャパリマンを食していただいております」


 食堂の中央の席で、オオミミギツネと向かい合うように座るルーカスとリョコウバト。

 ギシギシと軋むテーブルとイスは、年季の古さを物語っていた。

 こうして座るだけでもキチンと整備されている物品に、ルーカスは安心感を覚える。


「このホテルの名前は元からあったものですか?」


 ルーカスは足を組みながらイスにもたれ、柔らかい笑みを浮かべて問う。


「いえ、実はですね。このホテルの名前は私が付けたんですよ」


「へぇ~、支配人さんのセンスでしたのね。ジャパリ・イン・ザ・ミラー……。この発想はどこから出てきたものなのです?」


「ん~……笑わないで下さいね?」


 オオミミギツネはその成り行きを話す。

 彼女がここに訪れる前、見知らぬ記憶がずっと頭の中をよぎっていたらしいのだ。

 不思議に思いながらも、なにか自分に出来ることを見つけたいと思い、各地を歩いていたオオミミギツネは、この荒野にて打ち捨てられたホテルを発見。

 そのとき、彼女の中でなにかが弾けるような感覚があった。


「――――”鏡”。そう、このホテルに着いたとき、真っ先に浮かんだ言葉が鏡でしたわ。そしてなにより、このホテルに既視感があったんです。デジャヴというんですよね?」


「デジャヴ……初めての経験にも関わらず、これまでに何度か経験をしたことがあるような感覚。……ん~、デジャヴのメカニズムはほぼ解明されたようだが、アニマルガールのデジャヴというのは興味深いな」


「え?」


「あぁいえいえ、こちらの話です。支配人さんはこのホテルに覚えがある、そして一番のキーワードは鏡。それがホテル名になるほどの強い印象をお持ちになっている。そうですね?」


「は、はい。でも、それがなんなのでしょうか? 確かに各部屋にも鏡はありますし、一応調べてはみましたが……それでもなにも」


 そうですか、とルーカスは頷く。


「話が変わるようですが、ここで誰かと誰かが待ち合わせをするというのはよくあるんですか?」


「待ち合わせ? いえ、それはないでしょう。おとずれる方々の大抵が泊り客ですので」


「ふむ、そうですか」

 

 洋館で見つけた誰かへの書き置き。

 もしもこのホテルと繋がりがあるのならと思ったが、そう簡単には手掛かりはないらしい。

 オオミミギツネのデジャヴとこのホテル、そして洋館の書置きの繋がりは未だ不明だが、ここは別の側面から情報を集めてみることにした。


「そういえば先ほど壁にかかった写真を見ておられたのですかな? 見せていただいても?」


「ええ、かまいませんよ。さぁこちらへ」


 壁の方へ案内してもらうと、そこには5枚の古い写真が額縁に入れられて、飾られていた。

 掃除をしているお陰で表面はピカピカだが、古くなっているせいでほとんどの写真が映りが悪くなっている。


「一番映りの良い写真はこれですね。ご覧ください。これはこの食堂で行われた"コンサート"を撮ったものであるとされています。このエリアの長であるキュウビキツネ様から聞きました」


 オオミミギツネが一番端の写真を指す。

 この食堂には隅っこに小さなステージがあり、そこにピアノがあるのだが、そこで人間らしき人物が演奏し、その周りでトランペットやサックスを吹いているヒトも見られた。


「ここにあるピアノという楽器で演奏をして、お客様に聴いてもらっていたみたいなんです。……すっごく楽しそうで。羨ましいなって」


 その写真からも伝わってくる当時の賑わいに、オオミミギツネは羨望と憧憬の溜め息を漏らす。

 同時にそれはどこか懐かしむような表情だった。

 ハブの言った通り、彼女はこのホテルに関する記憶を持っているのではないかと感じた。


 しかし、そのきっかけが掴めないでいる。

 彼女の記憶を呼び覚ますことが、自分自身の手掛かりになるかもしれないとルーカスは考えたがいいアイデアが浮かばないでいた。

 

(彼女もまた朧げな記憶の中で苦しんでいる……。ん~僕にもっと力があればよかったんだが……)


 ルーカスは顎に指をあてて考える。

 そして視線を動かし、ピアノに目をやった。

 今なにも浮かばない以上、考え込んでても仕方がない。

 ならばせめてこのホテルに捧げるお礼と敬意を、とルーカスは動いた。


「すみません支配人さん。ピアノ、使わせていただいても?」


「え? えぇかまいませんよ。お客様ピアノの使い方がおわかりに?」


「はい。この素晴らしいホテルに泊めていただいているお礼も兼ねて是非一曲弾こうかと」


「まぁ!」


 オオミミギツネもリョコウバトも嬉しそうに表情をほころばせ、ピアノの近くまで移動する。

 ルーカスはピアノの真ん前に座り、音が出るか試しに鳴らしてみた。


(よし、大丈夫そうだな)


 呼吸を整え、ニコリと2人に笑みを向けて一礼。

 

「――――では、『キラキラ星』を」


 




 ~~~♪ ~~~♪♬



 外はすでに暗くなり、星空が天を埋め尽くしている。

 そんな中、荒野のホテルから、美しい旋律が鳴り響いていた。

 演奏の最中、窓から見える星々を見ながらルーカスはふと考える。

 

 記憶について悩んでいるのは、どうやら自分だけではなかった。

 オオミミギツネの記憶、そして洋館で見つけたメモの『例の鏡』そして"あの子"とは?

 これらもまた見えない糸で繋がり、滅茶苦茶にこんがらがっているのだろうか。


 そしてその先に、自分という謎を解き明かす記憶のピースが眠っているのだろうか。


(そう、今夜もしかしたら、僕は真実に近づくことが出来るのかもしれない。僕はどんな存在で、僕以外の人間はどこへ行ったのか)


 演奏が終わる。

 一息ついてリョコウバトとオオミミギツネの方を見ると、ルーカスはギョッとした。


 なんとオオミミギツネがルーカスのすぐそばまでいつもまにか接近していたからだ。

 目を見開くようにして、じっと鍵盤を見ていたようだった。

 

「ふぇえええッ!?」


「ひゃッ!? ご、ごめんなさい。つい…。す、すみません仕事があったんでした。失礼しますッ!」


 オオミミギツネがルーカスの声に思わず飛び退く。

 明らかに様子がおかしかった。

 そしてよそよそしい感じでお礼を述べた後、そそくさと去っていった。


「支配人さん、どうしたんでしょうか?」


「随分と慌てていたようですが。……ん~む、気になるな。しかし、今言ってもきっと聞いてはくれないでしょう。一旦我々も部屋に戻りましょう。その後に一緒に探索をお願いしてもいいですか?」


「はい勿論です! ……でも、やっぱり気になりますわね」


 そう思っていたときだった。

 ルーカスとリョコウバトが食堂から出ようとした直後、扉が開いてハブが入ってくる。


「いよう、バーの中から音楽聴いてたぜ。キラキラ星なんて今夜にぴったりの曲奏でやがって。久々に感動したよ」


「アハハ、どうも。……ところでハブさん、なにか御用で? 先ほど支配人さんは出て行かれましたが?」


「いやぁ違う違う。用があんのはアンタ等だ。是非とも話したいと思ってね」


「私達とですか? なんでしょう?」


 ハブは食堂の中央のテーブルまで歩き、ドカリと乱雑に座る。

 腕を組んでイスにもたれるように姿勢を崩しながらルーカスとリョコウバトに語った。


「いやなに、別に尋問をしようってわけじゃない。アンタ等随分とこのホテルのことを知りたがってるからよ。おまけにさっきすれ違ったあの支配人のよそよそしい態度だ。こりゃ、面白そうだなと思ってな」


「面白いって……お言葉ですがねぇハブさん。僕は決して遊びや興味本位でやっているわけじゃないんです。このホテルのことを知ることが、僕の欠けた記憶を取り戻す為に必要なことなんじゃないかと思っているんです。リョコウバトさんはそんな僕に力を貸してくれています」


「そう、だから俺もアンタに力を貸すって言ってんだよ」


「なんだって?」


「まぁハブさんが! ルーカスさん、確かにこのホテルのことを知るのなら関係者の方もいたほうが物事が進みやすいのでは? きっとこの方なら力になってくれますよ」


「うぅむ……では、お願いしても?」


「へっへっへ、そうこなくっちゃな!」


 ルーカスはオオミミギツネに聞いたことと答えてくれたことを、そのままハブに話す。

 大まかな流れは理解したハブは、早速モノになりそうな情報をルーカス達に話した。


「鏡か。…あるよ、なんか特別そうな鏡」


「本当ですか? あ、でもオオミミギツネさんはこのホテル中の鏡はもう調べたって…」


「調べがたんねぇんだよ。バーを閉めるのがそろそろだから、それまで部屋で待っててくれ。俺がアンタ等の部屋まで呼びに行くから」


「わかりました」


 こうしてハブとの約束を交わし、ルーカスとリョコウバトは自室へと戻っていく。

 

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