第4話 ほてるのばーで
掃除の行き届いた質素な部屋には、古そうな風景画がベッド近くの壁にかけてあった。
年季の入った小さなテーブルは、色が剥げかけており、所々に引っ掻いたような跡がある。
「うんしょっと」
リョコウバトはキャリーバッグをテーブルの近くに置くと、大きく伸びをしながらベッドの端に座った。
「いかがですこの部屋の内装。古そうに見える反面、確かな落ち着きを感じさせてくれるこの色合い」
「えぇ、余分なものがないといいますか。2人入っても狭いとは感じられませんね」
ルーカスはテーブル前のイスに座り、笑みを投げかける。
しかし、内心あることで焦っていた。
(アニマルガールとはいえ、こんなかわいい娘とホテルでフタリキリ……。うぅむ、考えすぎてしまう)
礼儀正しさの中に、無邪気な一面を見せるリョコウバトは美しくもあり、可愛らしくもある。
ましてや身に着けている衣装はリョコウバトを実に大人っぽく映した。
彼女とともにするこの時間と空間に、思わずクラッとしそうになる。
紳士的にせねばと襟をただし、理性を保っている最中、リョコウバトは早速提案をだした。
「ルーカスさん、今から"ジャパリバー"へ行きませんか? ここのドリンクも人気なんですよ」
「ジャパリバー?」
このホテルには、飲み物を提供している場所があり、たまに宿泊客でないフレンズも飲みに来ることがあるらしい。
ルーカスの知っているバーは、美味いバーボンやマティーニなどが飲める大人達の社交場といったものだが、お酒を飲めるアニマルガールは一握りらしく、飲めないアニマルガール用にソフトドリンクを置いているという。
ルーカスはリョコウバトの提案を飲み、一緒に部屋を出て一階へ降りる。
階段を降りて、真っ直ぐ進んだ途中の右の壁にある大きな扉。
そこを入って突き当たりの曲がり角に、お洒落なネオンの看板が煌くジャパリバーがある。
ゆっくり扉を開くと、古びたホテルの中とは思えないほどに綺麗な造りになっていた。
ほんのりと薄暗い空間に佇むカウンターは、小さな灯りで上品なツヤを見せている。
カウンター奥の棚には様々な種類の飲み物が入った瓶が並べられ、選ぶのに迷いそうだ。
「お、来たな。――――ようこそ、ジャパリバーへ」
バーテンダーのアニマルガールがニッと笑い出迎える。
「初めまして、ルーカス・ハイドです」
「リョコウバト、と申します」
「俺はハブ。さぁ、座ってくれ! 最高のドリンク飲ませてやるぜ」
その名の通り蛇のようなフードを被ったハブが手招きする。
ルーカスとリョコウバトは彼女の真ん前になるようにイスに座った。
「オタクら来るのは初めてだな。俺は初めての客には挨拶として、オリジナルドリンクを振る舞うようにしてんのさ」
「お! 出ましたねジャパリバー名物!」
「へ〜、オリジナルドリンクか」
ハブは大きめの氷を入れたグラスに、白色の液体と透明の泡立つ液体を混ぜて入れる。
溢れないように適量のそれを、ルーカスとリョコウバトの前に置いた。
「さぁ飲んでくれ。後味スッキリの甘みにシュワッとした喉越し。名付けて『ホワイト・スネイク』だ」
「はい、いただきます」
「暑い中歩いてたから、こういう飲み物は嬉しいもんだよ。いただきます」
味は先ほどハブが言った通り。
ルーカス自身この味には覚えがあった。
大人になってからもよく飲んだだろう味のジュースだ。
荒野を歩き火照った体に、ホワイト・スネイクの心地良い冷たさが染み渡る。
「……あ~、美味しいですこのドリンク!」
「うん、最高に美味い。いい仕事をしてますねハブさん」
「だろう? わかってるね」
バーに笑顔が満ちる。
その流れで会話が弾んだ。
リョコウバトのこれまでの旅の話を聞いて、ハブのテンションが上がる。
「ははは、アンタすっごいな! ここ来るまでず〜っと歩いてたのか!?」
「はい! 私、体力には自信がありますので」
「いいねぇ旅は。俺も一時期なぁ」
「ん? ハブさんも旅をしたことが?」
ハブの呟きに、ルーカスは気になって質問してみる。
こうして和やかな時間であっても、ルーカスは情報をすぐに手に入れられるようアンテナをはっていた。
ルーカスの問いにハブは頷きながら答える。
「あぁ。ちょっとな。んで、旅の途中でよ。きょうしゅうエリアのアルパカがカフェ始めたって聞いたんだ。俺もそういうのやってみようかなって思ってな、探したけど中々見つかんない。フラフラこのエリアを歩いてたときに、このホテルを見つけたってワケよ」
「そんな経緯があったなんて知りませんでしたわ。きょうしゅうエリアのアルパカさんのカフェですね。ふふふ、行きたい場所がまた増えました」
嬉しそうに微笑むリョコウバトの隣で、考えごとをしながらまたドリンクに口をつけるルーカス。
ルーカスにはハブに聞きたいことが山ほどある。
それを頭の中で、整理していたのだ。
少ししてまとまった後、ルーカスはグラスを一気に傾けて、ホワイト・スネイクを飲み干すと、ハブに続けて質問をする。
「ねぇハブさん。君は"ヒト"を見たことがあるかい?」
「ヒト? ……ヒトって確か、色々考えたり作ったりすることが得意な動物だよな? 聞いたことあるよ。だが見たことはないな」
「そうですか。……実は僕はヒトという生き物で、記憶のほとんどが消し飛んでるんです。他のヒトを見つければなにかわかると思ったんだが。ん〜む、目撃証言はゼロ。今ジャパリパークにはヒトは住んでいないのか……?」
「へえー!! アンタヒトなのか!! うっは〜初めて見た。……こりゃ記念日だぜ。よし、この日を『ハブの日』と命名しよう」
「あっはっは、そりゃ光栄」
他にも色々聞こうとしたそのとき、ハブが突然なにかを思い出したように、指をパチンと鳴らす。
「ルーカスさんよ、俺よりもっとヒトに詳しいヤツを2人知ってるぜ」
「本当ですか!」
「まぁ! 早速ルーカスさんの手掛かりが!」
「まず1人目はこのエリアの長だ。たまにバーに飲みにくんのさ。……あーでも、来たのが昨日だったしなぁ。次いつ来るかわかんねぇや」
このエリアの長。
特別力や知識があるアニマルガールが、各エリアを統括している。
もっとも、自由奔放なのは変わらないらしいが。
「そのフレンズの名前は?」
「キュウビキツネ様さ。この荒野を越えたちほーに住んでるよ」
ルーカスはメモ帳とペンを取り出し、キュウビキツネの名と、自分が今聞きたいこと、知りたいことをメモして整理していく。
メモ帳にこびり付いた血が見えないようにしている為、フレンズから見れば謎の行動にすら見えるが、ルーカスは気にしない。
「――さて、それでもう1人は?」
キュウビキツネの名前の下は、空欄にしている。
2人目の名を記す為だ。
彼女等がルーカスの記憶を取り戻す為の鍵を握っているかもしれない。
「ん〜、実はもう1人は俺の勘なんだがな。多分知ってるんじゃないかと思うフレンズなんだよ」
「それは、誰で、どこに?」
身を乗り出すルーカスに、ハブは自分の腰に手を当てながらスラリと答える。
「アンタも顔は合わせたろ? ウチの支配人オオミミギツネさ。……ここにずっと前からあったっていうホテルを開いたのもアイツだし、たまに懐かしそうな顔するんだ。なにか知ってるかもしれない。今の時間なら多分"食堂"で写真ってやつを見てるよ。行ってみるかい?」
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