第3話 じゃぱり・いん・ざ・みらー

 ふたりが森を抜けるとその先は荒野だった。

 リョコウバトはホテルの場所をしっかりと記憶しており、荒野の中にそれはあるのだという。

 彼女の案内のもとルーカスはひたすら歩いた。

 

 森とは違い、荒野は日差しが強い。

 ルーカスは運動が得意というワケではない為、歩いて2時間ほどでバテてしまった。

 そこでリョコウバトはその先の途中にある岩陰で休むことを提案する。

 岩陰はふたりをすっぽりと覆うほど広く、ひんやりと冷たい岩肌はルーカスの火照った体を癒してくれた。


「いやぁ申し訳ない。こんなところでへたっちゃうとは……」


「いえいえ、旅で一番大事なのは疲れたらすぐに休むこと。あ、これは"うちわ"というものらしいのですが、こういうときに使うみたいですよ!」


 リョコウバトはキャリーバッグの中から『の』が描かれたうちわを取り出し、ルーカスの隣で彼を扇ぐ。

 涼しい風がルーカスの頬と首筋を流れ、思わず安堵の息が漏れた。


(うちわ……確か日本人が使う夏の道具だね。使った記憶は……ないな)


 涼しさで心地良さを感じていたとき、ルーカスは虫の知らせのようなものを感じる。

 今自分達がいるところの反対側になにかがあると。


「ありがとうリョコウバトさん。ちょっと失礼。この岩の裏側へ回ってみるよ」


「え? 裏側にですか?」


 先に向かったルーカスを追ってリョコウバトが反対側へ行ってみると、日が照っている岩肌の間近くでルーカスがうずくまるようにしていた。

 よく見てみると、またサンドスターを食べているようだ。


「あらあら、ルーカスさんって食いしん坊なんですね」


 リョコウバトが呟くと、ルーカスがビックリしたように身を震わせた。

 そして申し訳なさそうに振り向き、首筋を掻く。


「あ~……お腹が空いてたってわけじゃないんですが……う~む」


「ヒトってなんでもおいしそうに食べるんですね。これは新しい発見!」


「アハハ、お役に立ててなにより」


 さっきのルーカスの虫の知らせは、サンドスターが近くにあることを知らせていた。

 そしてサンドスターを見た瞬間、"早く食べなきゃ"という警鐘にも似た信号が脳に行き届くのだ。


(もしかしてサンドスター中毒? いやいや、記憶が曖昧な僕でもそれはない。確か記憶の断片によるとサンドスターはジャパリマンにも多少使用されているが、中毒性はなかったはずだ。――――じゃあなんで僕はサンドスターを? ん~リョコウバトさんに打ち明けるべきか……いや、もう少し観察を続けよう)


 ルーカスは今後の方針を定める。

 例のメモ用紙の内容と、ホテル『ジャパリ・イン・ザ・ミラー』との関連性を調べること。

 そこへ行けば、散らばってしまった記憶のピースを埋めることが出来るのかもしれない。


 そして今の自分の症状の謎を解き明かし、尚且つ自分がどんな人物であったかを知ることが出来るかもしれない、と。


 ふたりは再び歩き出し、ホテルまで向かった。

 ルーカスはサンドスターを摂取してから体が軽い。

 あれだけ暑さと疲れでヘトヘトだったのにそれが嘘のようだ。


 歩くこと数分。

 ようやくジャパリ・イン・ザ・ミラーに到着する。

 荒野に佇む二階建ての小さなホテルで、これまで見た建物と違い多少の古さは感じられるが整備が行き届いているようにも見えた。


「ここがジャパリ・イン・ザ・ミラー……」


「えぇ、別のちほーへ移動するフレンズさんたちがここを利用したり結構人気なんです。さぁ入りましょう!」


 扉を開き中へ入る。

 フロントへ入りすぐに目に入ったのは、天井でキイキイと小さく軋みながら回る扇風機と年季の入ったソファーが小さなテーブルを囲むように端っこに鎮座していた。

 壁にはジャパリマンやフレンズの張り紙が貼ってあり、角の部分をテープで固定している。


「いかがですこの内装。モダン、というのでしょうか。他のホテルのような煌びやかさはありませんが、年季の入った落ち着きある空間はフレンズさんにも人気なんですよ」


「ふむ、見た目は70年から80年代あたりかな? 古そうな割には掃除が行き届いている。……これは期待してもよさそうだ」


「えぇ! えぇ! 一緒にこのホテルを堪能しましょう!」


「ハッハッハ、そうですね。……さて、チェックインをしたいんだが」


 フロントの受付まで足を運ぶが誰もいない。

 ベルがあったので、鳴らしてみるも反応がなかった。


「あら、いないのかしら? アテンションプリーズ!」


 そういってリョコウバトがもう一度鳴らす。

 すると奥からアニマルガールが出てきた。


「お待たせいたしましたお客様! ぜぇ、ぜぇ……ホテル『ジャパリ・イン・ザ・ミラー』へようこそ」


 大きな耳が特徴的なショートボブヘアーの女の子で、首に暗めの茶色いリボンを巻いている。

 丁寧な言葉づかいでハキハキと喋りながらペコリと御辞儀をした。


「私、当ホテルの支配人のオオミミギツネと申します。どうぞゆっくりくつろいでいって下さい」


 こうして手続きをリョコウバトとともに済ませていくルーカス。

 彼は金銭の持ち合わせがないのでどうしようかと悩んでいたが杞憂に終わった。

 彼女たちアニマルガールに"お金"という価値観はないようだ。


(無料提供か。人間じゃありえないな)


 そう思いながらも順応している自分がいることに、ルーカスは苦笑いを浮かべる。

 同時に"彼女たちアニマルガールとはそういうものだ"という妙な納得感があった。

 記憶になくとも、アニマルガールの優しさは心に残っているのかもしれない。

 ならば、こうして安息の場を与えてくれる彼女等に感謝しようと決めた。


「では、お客様方のお部屋は二階へ上がって右奥となりますので。もしもなにかありましたら、なんなりとお申し付けください」


「わかりました。ありがとうございます。じゃあリョコウバトさん。行きましょうか」


 ルーカスとリョコウバトは部屋へと向かう。

 階段を昇る際に生じる軋む音と靴音は、どこかルーカスに懐かしさを与えていた。

 何度も踏んだことのあるような感触に、ルーカスの心の奥でなにかが騒めき始める。


(もしかして僕はここへ来たことがあるのか? それも含めて調べてみる価値はありそうだ)


 ルーカスが目覚めて一日目、気づけば時刻はもうすぐ夕方になろうとしていた頃だった。

 ――――このホテルにずっと眠っていた"驚くべき秘密"が暴かれることになる。

 まだそれを知る由もないルーカスは、リョコウバトとともに二階の廊下を歩き、部屋の扉を開けた。

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