第2話 ようかん
「なるほど~。ルーカスさんは"ヒト"という名の動物なのですね」
「ええ、僕の他にヒトを見たことはありませんか?」
「ん~これまでにヒトを知っているフレンズさんには何人か会いましたが、ヒトを見るのは今日が初めてです。うん、やはりこういった経験は旅ならではですね」
自分とはまた別の人間のことを聞いてみるが手掛かりはなし。
内心落ち込みながらも、森の中を進みながらルーカスは自分のことをリョコウバトに話した。
リョコウバトは何度も頷きながら一緒に考えてくれたが、決め手となる情報は見つからなかった。
「ごめんなさい。どうやらお力にはなれなかったみたい」
「いえいえ、旅は始まったばかりです。気長に行きましょう。もしかしたら進んでいくうちになにか見つかるかも」
それは自分自身に言い聞かせているようでもあった。
ルーカスはとにかく情報が欲しいと逸る気持ちを抑えながら、リョコウバトとの森林道中を行く。
森の中に自分に繋がるヒントが少しでもあればと、ルーカスは周囲の音や風景を注意深く観察した。
歩き始めてから20分ほど。
ルーカスとリョコウバトは前方になにかあるのを確認する。
森の中に佇む2階建ての小さな洋館だ。
もう長い時間放置されたようで、すでに廃屋と化しており、2階部分はなにか強力な力で潰されたようにひしゃげている。
「ほう、こんな森の中に建物が」
「ジャパリパークにはたくさんこういうのがありますよ。でもここはなんだか不思議な場所ですね」
「ん〜調べたい。ど〜しても気になる。なにかありそうな気がするな」
「じゃあ一緒に探検しましょう。ふふふ、ワクワクしてきました!」
ルーカスとリョコウバトは外れかけた大きなドアの隙間から入り込み、内部を確認する。
外観以上に荒れ果てており、木片やガラス片が散らばり、イスやテーブルなどの物品が乱雑にひっくり返って、足の踏み場にも困るほどだ。
まるで誰かが暴れ回ったまま放置したかのよう。
「うっ……。酷いな。リョコウバトさん、気をつけて」
「えぇ。中はずっとヒンヤリして少し暗いですね」
日の差し込む廃れた室内の空気は、現役だったころの館の光景を、歴史の影として包み込み、ただ寂しげな雰囲気のみを醸し出していた。
(この洋館はなにに使われていたんだ?)
森の中の館、ルーカスが目覚めたあの廃墟群。
ルーカスはまるで見えない糸でこれらが繋がっているような気がしてならなかった。
リョコウバトとルーカスは移動出来そうな範囲を渡り歩く。
いくつか扉を見つけたが、全て鍵が掛かっていた。
「ダメだ。どの扉も開けられない。……となると、最後はあれか」
「階段の隣にある扉ですわね」
扉の近くまで来ると、まずドアノブを回してみた。
――――ガチャ。
「ん、開いてる……?」
「本当ですか。では早速探検してみましょう!」
ルーカスを先頭に中へ入る。
たくさんの機械が部屋の端々に綺麗に並べられながら、ホコリを被っていた。
中央には巨大なカプセルらしき物が破損した状態で佇んでいる。
「ここだけあまり荒れてはいませんね」
「そうですね。ここは比較的大丈夫そうです。では、リョコウバトさんは向こう側をお願いします。変わった物や珍しい物があればすぐに言ってくださいね」
二手に分かれて探索をする。
(うーん、機械をいじってもなにも起こらない。とおの昔に電気が断たれたようだね。……ここはなにかの研究室なのかな?)
ルーカスが考えていると、リョコウバトが彼を呼んだ。
どうやら本を見つけたようなのだが……。
「これって、本という物ですよね? なにかわかりますか?」
「どれどれ?」
手にとってみると、ズッシリと重いわりには今にも風化して消えてしまいそうな見た目をしていた。
紙質もボロボロで慎重に扱わなければ破れてしまうだろう。
ゆっくりとページを開くと、まず最初に天使の絵が薄っすらと描かれており、その後に文章が続く。
「わぁ、これが噂に聞く文字と言われるものなのですね!」
「文字、だね。だけど読むことは出来なさそうだ」
「あら、残念ですわね。内容を知りたかったのですが」
ルーカスはリョコウバトに申し訳なさそうに微笑むが、内心困惑に満ちていた。
ルーカスはこの文字を知っている。
――――ヘブライ語だ。
彼の頭脳は文字の形などから、これがヘブライ語だと認識した。
だが、記憶が無くなっているからか、それを解読し読むことは出来なかった。
もしくはヘブライ語と知っているだけで初めから読むことは出来ないのか。
(もしかして魔術書? まさかね。機械多しこの部屋の様子からしてそれはないな。どう見ても魔法とは正反対だ)
ルーカスはリョコウバトに本を返すと、彼女は旅の記念として持つことにした。
喜ぶリョコウバトを見て、ルーカスも軽く微笑む。
探索を再開すると、今度はルーカスが見つけた。
(この机、引き出しがあるな)
開けてみると、ボールペンで文字が書かれたメモ用紙と錆びた拳銃が1丁。
(うっは〜僕知っている。これマテバリボルバーだ。……誰のかは知らないけどなんて物騒な。これは彼女に見せない方がいいな)
ルーカスはメモを手に取り、文字を読んでみる。
今度はちゃんと読める言語だ。
『ここに書き置きを残す。すまない急用が出来た。先に"例の鏡"で待っていてくれ。あの子にはすでに伝えてある。大丈夫だ。事態が落ち着いたらすぐにそっちへ行く』
ルーカスは目を通すと、リョコウバトの方へメモを持っていく。
内容を話してみると、彼女はある一点が気になるのか、深く考え始めた。
「例の鏡、鏡……鏡ねぇ。う〜ん。もしかして……」
「リョコウバトさん、心当たりでも? どうぞ言ってみてください。なにかわかるかもしれません」
「ん〜、心当たりというほどではないのですが……。実はこれから私が行こうとしてる場所と例の鏡というのがもしかしたら関係あるのかなって」
「場所? それはどこです?」
「この森を抜けた先にあるホテルです。結構人気なんですよ? 確か『ジャパリ・イン・ザ・ミラー』って名前だったかと」
「すっげぇ名前だなぁ。……ん〜確かにそれは気になりますね。案内していただけますか?」
「はい喜んで!」
こうしてルーカスはリョコウバトの案内のもと、ホテル『ジャパリ・イン・ザ・ミラー』へと向かう。
廃れた洋館を背後に、ふたりは森を出る道をまた進んでいった。
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