第1話 リョコウバトさん

「いやぁ~、もっとジメジメしてるかと思ったけど中々……」


 森の中には適度な空気が流れ込んでおり、スーツを着込んだルーカスでさえ安楽を感じるほどの環境だった。

 この森に入ったのは他でもない、"彼女等"と出会う為だ。


 彼の記憶の中に残っている存在であり、ジャパリパークという場所において決して欠かすことの出来ない存在。

 アニマルガール、またの名をフレンズ。

 突如現れたサンドスターという物質によりヒト化した動物達のことをいう。


 森は野生の住処。

 サンドスターによってヒト化した動物がたくさん住んでいることだろう。

 こうして歩けばアニマルガールのひとりやふたりに出会えるかと思ったが……。


「いねぇ……人っ子、いや、フレンズっ子一人おらん。おっかしいなぁ~。ジャパリパークなら至る所にアニマルガールがいるものだが。ここは彼女達の縄張りから外れてるのかな?」


 記憶が完全ならそういった情報もすぐに取り出せるのだが。

 今出来ないことを悔やんでも仕方がないと、ルーカスは森の中の道を進んでいく。


 その地点から大体30分くらい進んだ場所。

 ルーカスは森の中では異質なキラキラと輝くものを見つけた。

 目の色を変えてすぐさま近寄り、屈むようにしてそれを観察する。

 見たことがある。

 ルーカスが入っていた装置の中に敷き詰められていたものと同じ物質。

 そしてこれは、フレンズ達にとっても欠かせない物。


「思い出した。これがサンドスターだ! 確か僕があの装置から出たときもいっぱいあったな。最初はとにかく出るので必死だったからよく観察しなかったけど間違いない!」


 ルーカスの記憶に新たなピースが埋め込まれる。

 しかし依然として、なぜ自分があの中にいたのかは不明だった。

 サンドスターと自分自身になにか関わりがあるのだろうかと思考を巡らす。


「そうだよ、これによって…………ど、う……ぶ、つ、たち……が」


 とにかく今は情報を分析しようと、そう言いかけたときだった。

 ルーカスの表情が仮面のように固まっていく。


 嫌な風が吹いた。

 ルーカスの体が理性を跳ね除け、突如としてそのサンドスターを掴み取るような動作をする。


 それはまるで獰猛な獣のような動きで、


「はぐっ、はぐっ!」


 噛み砕く音はしないが、咀嚼していくうちに体内にサンドスターが吸収されていくのがわかる。

 そこで我に変えった。


(……あれ、僕はなにを? なんでサンドスターなんて食ってんだ?)


 嫌な汗がコメカミを伝う。

 人間もフレンズも、サンドスターなんて食べない。

 触れることで影響はあるだろう。

 しかし、サンドスターそのものを経口摂取など、記憶が欠落している彼でもわかるくらいに異常だと認識出来た。


(なんだこの感じ。サンドスターをじっと見ていたら……"早く食べなきゃ"って。どうなっているんだ?)

 

 記憶のピースが埋まるたびに深まる謎。

 この現象はルーカスをより熟考の影へと落とし込む。

 元々様々なことを深く考える主義なのか、彼は記憶がないなりにも必死で頭脳を働かせた。

 

 考えるたびに深みに嵌って、余計にワケがわからなくなったそのとき、後ろから不意に声を掛けられた。

 ルーカスを心配するような、女の子の声だ。


「あの、大丈夫ですか?」


「……ん? 誰です?」


 ルーカスが後ろを振り返ると、キャリーバッグを持った女の子が木の陰から出てくるように姿を見せていた。


 バスガイドのような赤い制服とリボンを身に着けた長い髪の女の子だ。

 ルーカスが振り向いてくると、女の子は笑顔で近づき挨拶をする。


「アテンションプリ〜ズ。私、ハト目ハト科のリョコウバトでございま〜す」


 元気よくハキハキとした喋り口調に、ルーカスはほっと胸をなでおろす。

 間違いない、フレンズだ。

 ようやく話が出来る相手を見つけられたことに、ルーカスは一定の落ち着きを取り戻す。

 帽子を取りながら立ち上がり、リョコウバトに挨拶を返した。


「僕の名はルーカス・ハイド。もしかして、見苦しい所をお見せしてしまったかな?」


「見苦しいだなんてそんな……。とてもお辛そうでしたので、声を掛けさせていただいたのです」


「辛そう? ……そうか。どうやら見ず知らずの方に心配を掛けてしまったようだ。申し訳ない」


「いえ、いいんですのよ。……ところで、先ほどはなにを? サンドスターを食べていたようにも見受けられましたが。珍しいですね。サンドスターを食べるフレンズさんだなんて」


 どうやらあの瞬間を見られていたらしい。

 あの衝動を説明しようにも、情報も記憶も足りない。

 変に理屈を捏ねれば、いくらフレンズとて不審に思うだろう。

 そう考えながら、ルーカスはバツが悪そうに帽子を被った。


「あー、実はですね。僕はついさっき目覚めたばかりなんです。それでお腹が空いててつい……」


「まぁ! うふふ」


「目覚めたのはいいんですが、僕にはここの記憶がほとんどありません。せいぜいジャパリパークであることと、フレンズがいっぱいいることくらいしか……」


「記憶が? まぁなんてことでしょう。ではアナタは失った記憶を」


「えぇ、探しています。その為に旅に出ようかと思い、フレンズさん達と出会えばなにかわかるかもと進んだのですが、いやまいったまいった」

 

 ルーカスは苦笑いを浮かべながら、首筋を掻くような仕草をする。

 そして旅と聞いたとき、リョコウバトは嬉しそうに身を乗り出してきた。

 

「おぉ! 失った記憶を取り戻す旅ですね! ……ここでお会いしたのもきっとなにかの縁。私もそのお手伝いをさせて下さい。私、道案内は得意ですので」


 この申し出にルーカスは驚くも、頼もしい味方を得たと言わんばかりに喜んだ。


「まさかご助力を? ハハハ、ありがとうございます。では歩きながら話しましょう。もしかしたらアナタの記憶の中になにか手掛かりがあるかも」


「わかりました。あ、でもその前に……じゃ〜ん!」


 リョコウバトはキャリーバッグの中から紙袋に包まれたなにかを取り出す。

 

「皆大好き、ジャパリマンです。お腹が空いてらっしゃるのでしょう? おひとつどうぞ」


 にこやかに手渡してくれたジャパリマンを、ルーカスはそっと包むようにして受け取る。


「なにからなにまですみません」


「いえいえ、困ったときはお互い様です。これもまた旅ならではのものですから」


 ルーカスは初日早々に、フレンズの優しさと食事にありつけた。



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