右のない生活

エリー.ファー

右のない生活

 僕には右腕がない。

 生まれた時からなかった。

 右腕だけではない。

 右足もなかった。

 右足だけではない。

 右目もなかった。

 右目だけではない。

 右耳もなかった。

 右耳だけではない。

 右半身。

 体の右側。

 そのすべてがなかった。

 ないまま、生まれた。

 そして。

 これもまた奇妙なことだったけれど。

 僕の中に、右という概念が生まれることもなかった。

 そのような精神障がいであるとされた。

 というか、そういう診断しか下すことしかできなかったのだ。なんとも言えない、なんとも表現しにくい。

 僕は僕のままそこにいられたのだが、どうにもこうにも、こればかりは問題であると表現された。

 正直、もしも、僕の体が両方あったとして、そうであったなら、右半分しかなく、そして右の概念すらおぼつかない人間を正常とは言わないと思う。

 僕は今、高校生で書道部に入っている。

 右半分しかない体は非常にバランスがとりにくいけれど、何とか、文字を書くのが上手くなってきたような気がする。やはり、シャーペンで書く文字と筆で書く文字は訳が違うのだ。

「あの、先輩。」

「何かしら。」

「あの、いつ見ても字がお綺麗ですね。」

「ありがとう。」

「コツとかあるんですか。」

「練習あるのみね。書き続けて反省する。それだけよ。」

「でも、先輩は左半分がないわけじゃないですか。」

「ないわね。」

「同じ、半分しかない者としてとても尊敬しています。本当なんです。」

「いいわ、別にそんなに言葉を重ねなくても。」

「いや、だって左京先輩は。」

「ちょっと待って。」

「はい。」

「あたしは右半分しか体がないの。なのに、苗字が左京はややこしいでしょ。だからなるべく左京先輩じゃなくて、先輩って呼ぶようにしてくれる。」

「分かりました。」

「そっちの方がすっきりして気持ちいの。分かるでしょ、右京君。」

「先輩、僕は、左半分しか体がないので、右京君だとややこしいんです。」

「あら、別にいいじゃない、だって、体がない方の漢字を使っていると考えれば、苗字で左をと体で右を、ということになってバランスがとれているって言えるでしょ。」

「そう、です、ね。あれ。」

「何が、あれなの。」

「でも、先輩は、あれですよね。左京だと、体が。」

「私は右半分しか体がないのに、ない方の漢字を苗字に使うなんておかしいじゃない。そうでしょ。」

「え、と。はい。そうですね。」

「分かったならよろしい。」

 不思議なもので。

 僕と先輩は一緒にいることで、右と左の定義を補完し合うことができたのだ。これはとても特殊なことであり、医者でも理解できない現象だそうだ。ある程度の説明を受けることはあったけれど、結局は、その答えにまでは行きつかない。

 つまり、僕と先輩はお似合いということなのだ。

 と。

 先輩の方から言ってきた。

「右京君。私たちはお似合いなの、分かるでしょ。」

「はい、そ、そうですね。」

「右京君は私のこと嫌いなのかしら。」

「そんなことないです。」

「ありがとう。」

「でも。」

「何。」

「先輩、彼氏いますよね。」

「いるわね。」

「どうするんですか。」

「殺しちゃおうかしら。」

「え。」

「嘘よ。」

「あ、そうですか。」

「私と付き合いたい人が、殺しに行って、私をフリーにしてくれるのよ。」

 僕は先輩と恋仲になることはないと思う。

 僕は僕のことが好きだし、それは今後も変わらないからだ。

 いつか、僕に彼女ができた時に。

 その彼女を何者かに殺されてしまったら。

 僕もちゃんと、左京さんの彼氏を殺しに行ってあげようと思う。

「右のバランスが悪いわね。」

「左が上手くできないなぁ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

右のない生活 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ