第50話 しがらみが 積もり積もりて 紅葉散る
なるべくわかりやすく書いていくつもりですけれど、わかりづらかったら言ってください
…………………………
しがらみ、それは、どこの世界に行ってもなくなることのないもの。
人の中で生きている限り生じ続ける……社会生活とは不可分の、恐ろしい魔物なのだ。
「ですからねぇ、サワディ様には是非ともシェンカー
「町会長、様はやめてくださいよ。それにシェンカー通りなんてないでしょ」
「だってもう貴族様なんでしょう。もう君のとこの本部前の通りの名前も変えちゃったしねぇ」
「まだ無役の学生なんですから勘弁してくださいよ」
夏半ばの頃、俺はこうして町会長のオヤジに無茶振りを受けていた。
この間まで占拠していた本部前の通りを秋祭りで丸々任せるから盛り上げてくれ、という本気の無茶振りだ。
もう名前もシェンカー通りに変えちゃったよーんと悪びれずに言う町会長には心底ムカついたが、ムカついたからどうこうできるわけじゃない。
しがらみとはそういうものだ。
これでこの町会長には、昔から結構世話になってんだ。
マジカル・シェンカー・グループ本部の建物を斡旋してくれたのも町会長だし、昔はちょこっと金借りたこともあったし、雨に濡れたときに風呂に入れて貰ったこともある。
上の兄貴が幼少期に八股やらかして修羅場った時に、刃物持った幼女相手に仲裁してくれたのもこのオヤジ。
下の兄貴が馬で事故った時に、歩けない馬を引き上げてくれたのもこのオヤジ。
兄弟みんなこのオヤジの世話になってるんだな。
「とにかく、どうか頼みますよ。この通り」
「頭下げるのはやめてくださいよ、わかりましたから」
このオヤジに頭を下げられちゃかなわない。
結局やらざるを得ないんだな。
幸い、俺には俺以外に仕事をしてくれる存在が沢山いる。
そう、我が愛しの奴隷達だ。
奴隷達が毎日毎日本部や拠点の前の掃除をしてくれるおかげで、ご近所でのうちの評判はすこぶる良かったりする。
特に、元『首塚通り』とか言われてた、現『シェンカー通り』はトルキイバいち綺麗な場所として有名なんだ。
そんな通りで半年以上毎日毎日楽隊の練習やら屋台の運営やらをやっていたせいか、奴隷達の『シェンカー通り』への愛着は大変なものだった。
通りの名前が変わったっていうニュースに狂喜乱舞し、秋祭りで通りを丸々任されたという話では涙ぐむ者までいた。
よくわかんないけど、よそから無理やり連れてこられた奴隷達がこの町のことを好きになってくれたってのは素直に嬉しい。
嬉しいんだけど……
勝手にカンパ集めて地面を舗装工事して、路面標示で『シェンカー大通り』とでかでか記載するのはやめてほしい。
大通りじゃないから嘘だし、後で名前が変わったとき書き直すのはうちなんだぞ。
別に道路自体がうちのものになったわけじゃないんだからさ……町会長からは舗装工事を感謝されたけどね。
そんなちょっぴり暴走気味な奴隷たちの頭に、俺は秋祭りの事を相談しにやってきていた。
「お祭りであの通りを丸々任せてもらえるんですか……」
「そうなんだよ、うちは去年までと一緒で芝居もやるだろ?人員配置が厳しいんじゃないかと思ってな……」
「そんなことないですよ、仕事が増えて助かるぐらいですよ」
筆頭奴隷のチキンは首を横に振った。
「そうなのか?」
「はい、みんな休みが多すぎると言って休日に臨時の仕事をしたがってます。奴隷達はもちろん、退役者もですよ」
「退役者も?そんなに金がないのか」
「女の子には色々とお金がかかるんです。服とか、結婚資金とか……」
「ふーん」
「あとは芝居を見に行くのが流行ってまして、みんなお金を貯めているんです」
「芝居を、そりゃあいい」
そのうち福利厚生のために劇場を一日貸し切りにしてやってもいいかもな。
芝居ファンを増やすためなら、俺は身銭を切る事も厭わんぞ。
「とにかく、お給料が出るならなんの問題もなく人は集まると思いますよ。というかご主人様が言ったらみんな無理してでもやりますって。奴隷なんですから」
苦笑するチキンだが、無理をさせて仕事が増えるのは俺なんだぞ。
怪我や病気を誰が治療すると思ってんだ。
「とにかく、無理なくシフトを組んでくれ。基礎工事からやるからな」
「わかりました、どういうお祭りにしましょう?」
「それは俺に考えがある。音楽隊……は忙しいから、楽器のできる奴らを集めといてくれ」
「かしこまりました」
無茶振りしてる自覚はある。
でもうちの実務の要は、筆頭奴隷のこいつなんだ。
何かあったらこいつに相談、なんでも丸投げ。
最高だ、大変助かってる。
ハードだけど、給料は普通の務め人の三倍ぐらい払ってるからな。
俺はちゃんと貢献に報いる男なんだ。
祭りに関してはアイデアがあった。
というよりは、俺が見たい祭りがあったというべきか。
ここいらのお祭りといえば、豊穣を祝して精霊に祈りを捧げるといったもので、ちょっと地味なんだよな。
都市中を練り歩く山車がメインっていうか、あんまり歌ったり踊ったりしないんだ。
でもやっぱ祭りって言ったら歌と踊りでしょ?
日本人の俺が見たい祭りといえば、盆踊りっきゃないわけよ。
「櫓を作るんですか、その上で演奏……?そんなことしていいんですか?」
「この通りはうちの天下だ、構わんだろ」
「まぁご主人さまが言うならいいんですけど」
現場監督の牛人族に縄張りと櫓を任せ、俺は小物と『音頭』の準備だ。
『音頭』は日本人の心だ、歌いまわしもリズムも、記憶じゃなくて魂に刻まれてるからな。
とにかく、まずは太鼓を作らないといけない。
そう思って試作しながらも、しばらくはなかなか上手くいかずにいたんだが……
夏の終りにプールに鎮座していたお手製滑り台のおかげで、俺は人材を発掘できたのだった。
「このでっかい木の中身をくり抜くんですか?」
「そうだ、太鼓にするからな、念の為に2つ作る」
うちで運営してる小物屋から引き抜いてきたのは、木工が得意なマモイという奴隷だ。
やたらと器用で仕事が速い。
こういう時、奴隷の人材層が分厚くって良かったなと思うよ。
もちろん既存の太鼓で音頭の練習も並行してやる。
太鼓の完成を待ってちゃ間に合わない。
しかし、曲は覚えてるんだが、歌詞がないんだよな。
俺には文才とかないから、ハントが書いてくれた歌詞に口だけ出しまくってなんとか体裁を整えた。
命名『トルキイバ音頭』ってとこかな。
踊りは色々ごちゃまぜだけど、簡単なら簡単なほどいいだろ。
どうせみんな酔っ払ってるんだし、ちょっと見て簡単に真似して踊りの輪に混ざれればそれでいい。
こうして祭りの準備自体は忙しなくも好調に進んでたんだけど……
忙しい時にこそ、変な所からややこしい話をぶっこまれて、てんやわんやになったりするよな。
先日俺の結婚式でビシッとした演奏をやった音楽隊なんだが、あの演奏でなかなか評判を呼んだらしい。
次の週にはトルキイバ住まいの貴族から、娘の結婚式にも使いたいとレンタルの申し出が来た。
それは別にいい、ちゃんと礼儀作法も仕込んでるし、曲のレパートリーも豊富にある。
それに、あの楽隊の指揮者のレオナってのは元々王都でサロンの小間使いをやっていたって話で、貴族的な慣習にも詳しいんだ。
訓練に訓練を重ねた楽隊は、心技体揃った、うちの奴隷たちの中の上澄み集団だったから、レンタルにも快く応じる事ができた。
まぁその時は良かったんだ。
問題はその結婚式に出席していた他の貴族から、また依頼が入ったことだ。
マーチングがやれる楽隊はここらへんじゃちょっと新鮮だったらしい。
もうなんか嫌な予感がするだろ?
俺だってしたさ。
その日から、貸し出し、貸し出し、また貸し出し。
結婚式、パーティ、お茶会、セレモニー。
呼ばれまくり、褒められまくり。
そんで、メンデルスゾーンもやりまくり。
いいじゃんあの曲、だれが作ったの?
俺じゃないよ?
でも、教えたのは俺だよね。
それからすぐに、洒落にならない大貴族からいきなりの作曲依頼が入ってきて、俺は完全に頭を抱えていた……
「いやいや、無理ですよ」
「といってもねぇ、相手は軍閥のお偉いさんだよ。それもお孫さんの誕生日の祝だろう、誰も断れないよ。君の前世の曲ってのはもっと他にないのかい?」
「そりゃ、ありますけど」
「なら、それでいいじゃないか。よっぽどの大物じゃなかったら突っぱねられるんだから、今回だけと思って頑張ってみたまえよ」
ソファの隣で俺の爪を切るローラさんにそう諭されるが……
俺の結婚式でやったメンデルスゾーンの結婚行進曲だって簡単に再現できたわけじゃないんだ。
音楽ができる奴隷たちを全員集めて、メインテーマに沿って何パターンも曲を書いてなんとかそれっぽく仕上げたんだから。
前はたまたま上手く行ったけど、自信ないなぁ。
「今いる奴隷達じゃあ力不足なのかい?」
「ちょっと不安かなって感じなんですよね〜」
「買ってきたらどうだい?技能奴隷を集めてやらせたらいいじゃないか」
「あ、そっか……奴隷って別に欠損奴隷以外も買えるんですよね」
「何を言っているのだか」
ローラさんはクックックッと悪役っぽく笑って、爪が綺麗になった俺の手の甲にキスを落とす。
やっぱ何でも相談できる嫁さんって最高だぜ。
馴染みの奴隷商に久しぶりに訪れた俺は、熱い涙を流す奴隷商人ペルセウスから長々と結婚と受勲の祝いを聞かされた。
これも不思議な縁だけど、このシブいジジイにも爺さんの代から家族ぐるみで世話になってるんだよな。
俺の出世だって一番喜んでるのはこいつじゃないかってぐらいだ、自分が出れない結婚式に朝イチでご祝儀と俺の好きだったお菓子を持ってきてくれたしな。
もう正直、俺も親戚のおじさんみたいに思ってるよ。
「……ですから、このペルセウスはサワディ様が生まれた瞬間から、此度の躍進を確信しておったというわけでございます」
「いやいや、言い過ぎだよ。そろそろ奴隷見せてよ」
暑苦しいペルセウスを振り切っていつもの部屋で待っていると、丁稚がぞろぞろと奴隷たちを連れてきた。
音楽家を集めてくれとだけ言ったから、今回は特に縛りなしだったんだけど……
なぜか全員が欠損奴隷だった。
「サワディ様は奴隷商人界では伝説になっておりまして、この者たちも治療ありならば奴隷になると志願してきたもの達です」
「そうなんだ、普通のやつは来なかったの?」
「音楽家に限って募集しましたら欠損奴隷のみで枠が埋まりました。全員実績は確かでございます」
「ふぅーん、もしかして、各分野にこういう奴らっているの?」
「それはもう、老若男女ひしめきあってございます」
「買うと言ったら集まるか?」
ペルセウスはこれまで見た事がないような悪い顔で、犬歯をむき出しにして笑った。
「その言葉をお待ちしておりました」
「……いや、言っただけだけどね。言っただけ」
なんかおっかないし、買わないよ。
今ですらあんまり管理が追いついてないのにさ。
単純労働に使えない技術者なんか、今の中間管理職が育ってない状態だと宝の持ち腐れになるだろ。
まあでも、奴隷達が何か習いたいって言うなら一人二人は教師役として買ってもいいかな。
その点でも音楽家集団はちょうどいい。
奴隷達の中にも趣味や仕事として音楽をやりたいと言っている者は多いから、今回の話が終わったら、こいつらみんな個人指導をやらせよう。
鍵盤なんか弾けたら婚活にも有利かもしれないし……なにより、音楽は人生を豊かにする。
この世界、ほんとに娯楽がないからな。
しかし、婚活目的なら詩とか刺繍とかの先生も早いうちに買ってやるべきか。
奴隷達には妙齢の女性も多いから、これは近々の課題だな。
奴隷商から連れて帰った音楽家集団を治療した。
その後、ちょっと辺鄙なところにあるアパートの奴隷達を別の建物に移し、音楽家はそこに詰め込んだ。
音楽をやるとうるさいからな、町外れぐらいのほうがご近所トラブルがなくていいよね。
それから、もう入居させたその日に早速全員を集めて仕事の説明を行うことにした。
俺はやることいっぱいあるんだ、テキパキやっていかないと間に合わない。
「さっそくだが、今回は貴族様に作曲を頼まれてな。俺は作曲はしても編曲はわからんから、ややこしいところは君たちにやってもらうことにした。ということで、こいつに教えてあるメロディをメインテーマにして各自編曲を行ってほしい。おい、モイモ、しっかり頼むぞ」
「はいっ!サワディ様!」
「こいつは小器用でな、作曲や編曲の知識もある程度はあるそうだから、使用する楽器とかの質問はこいつにしてくれ」
「おまかせください!」
「サワディ様、よろしいですか」
白いひげを蓄えた、兎人族の爺さんが手を上げた。
見た目的には、こいつが音楽家集団の長老になるのかな。
「質問を許す」
「今回曲をお納めする貴族様とは、どなたでしょうか?」
「元陸軍少将、スリヤワ様だ」
「おお……」
「なんと名誉な……」
「スリヤワ様とは……」
「私も一度だけお会いしたことが……」
「音楽家の守護者であられる……」
「素晴らしいお話だ……」
ざわつく作曲家達に、隣から大音声で「喝!」と声が飛んだ。
……びっくりした。
若干耳がキーンとするな。
気合を発したモイモは、顔を真っ赤にして胸の前で拳を握っていた。
「貴様ら、何を平民気分でくっちゃべっておるか!主人の前だぞ!」
「…………」
「貴様らが以前どんな人間だったか知らんが、今は奴隷である、わきまえろ!」
よくわかんないけど、ブチ切れてるから口挟まないほうがいいのかな。
奴隷達が静かになったのを見たモイモが、「失礼いたしました」と頭を下げた。
こいつ……どういう世界観で生きてるんだ?大丈夫か?
「他に質問は?一人づつ」
恐る恐る手を上げた中年の人族女性に、無言で指をさす。
「お、恐れながら質問致します、この仕事、締切はいつまででございましょうか」
「そうだな、一ヶ月」
ほんとは二ヶ月猶予あるけど、こういうのってそのまんま言うと遅れるからな。
「い、一ヶ月……かしこまりました」
「お、恐れながらっ、質問よろっ、よろっしいでしょうか」
入れ替わりで質問をしてきたのは、猫人族の若い男だ。
緊張でうまく口が動かないのか、しどろもどろになっている。
俺は無言でそいつを指さした。
「アレンジはっ……どっ……どこまで、いい、よろ、よろしいですか?」
「良いものが出来れば無制限とする」
「ありっ、ありがとうございます」
かわいそうなぐらい震えてるじゃないか。
今まで人に怒鳴られた事とかなかったんだろうか。
モイモには鉄拳教育とかはあんまりしないように言っておくか。
うちの教育の基礎を持ち込んだメンチがとにかく荒っぽかったからな、うちの奴隷達はどうにも軍隊っぽいんだよな。
「他に質問のあるやつ」
ないようだな。
「なんか質問あれば、楽隊の連中を通して聞いてきてくれ。じゃあモイモ、とりあえず聴かせてやってくれよ」
「わかりました」
モイモがラッパを構えると、全員が固唾を呑んで身構える。
心に染み込んでくるような乾いた良い音で、ワルキューレの騎行が流れ出した。
気分は地獄の兵隊だ。
意気揚々とアパートの窓を開けてみる。
風に乗って、赤く染まり始めた木の葉が舞い込んできたのを手で捕まえた。
胸いっぱいに乾いた空気を吸い込んでみると、汗ばむような陽気の中に微かな涼しさを感じる。
トルキイバに、秋がやってきていた。
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