第49話 遊び方 一足飛びで 進化する

ここ最近研究を続けていた、世界を揺るがしかねない発明である、魔結晶型の造魔。


名付けて無限魔結晶。


その基礎理論の論文が纏め終わったので、正式に俺、サワディ・スレイラの名前での提出を行った。


俺の貴種として一発目の研究成果だからな。


世間への影響を考えて造魔自体を短命にしてデチューンするにしても、アイデアの出し惜しみはなしだ。


街灯に使われる魔導灯や魔具水瓶等のインフラへの適用の提言、インプなどの伝令用低燃費造魔の長距離運用計画等、盛り込めるだけ盛り込んだ。


技術とはいくらそれ自体が凄くても、現場で求められなければ意味がないんだ。


人間はよくわからないものには金を出したがらない。


その点、造魔は成果物があるから楽だよな。


作った造魔とその運用例を見せれば一発だもの。


金儲けするにはこんなにいい学問ないよ。


マリノ教授からも太鼓判を貰ったし、これで肩の荷が一つおりた気持ちだ。






だが、俺の場合、金儲けの場は学校だけじゃない。


その気になれば商会、奴隷達、陸軍へのコネ、なんでも使って稼ぎまくる事ができる。


よく考えたらそれはそれで、家に帰っても常に仕事があるって事で結構しんどい気がするが、そこは考えないでおこう……


俺は後で楽をするために、今だけ頑張っているんだ。


うん、若いうちの苦労は買ってでもしろと言うし……


実際金払ってまで苦労するのは絶対に嫌だけどな!




「王都からまた『ローラ・ローラ』を融通してほしいと連絡が来ているよ」


あれ・・ですか……」


「おいおい、売れて嬉しくないのかい?」


「嬉しくないわけじゃないんですけど、作るのが大変なんですよ」




学校から帰ってきて飯を食ったあと、寝るまでの時間はこうして寝室で二人会話を楽しむ事が多い。


研究室の話、商売の話、馬の話、飯の話。


不思議と俺とローラさんの間に話が尽きることはなかった。


人間としては似ても似つかない二人だけど、単純に馬が合うんだろうな。




「君の強化魔法で作ってるんだったかな?よくそういう事を思いつくものだな」


「発想力に元手はいりませんからね、思いつくままに試してみているだけですよ」




そう、ローラ・ローラってのは俺が強化魔法で酵母を超強化して作る、変な酒なんだ。


味はドクター○ッパーに激似で、結婚式に引き出物として出してからは一部でカルト的な人気を誇っている……らしい。


ただ、手間がかかるんだよなぁ。


だからあんまり売りたくないんだけど、コネを維持していくためにはあまり出し惜しみをしてもいられない。


いつか大きな魚を釣るための撒き餌だと思って、思考停止でやらざるを得ないだろうな。


その代わり、噂を聞きつけた王都や諸都市の商会の問い合わせなんかは全て突っぱねてる。


こっちは貴種で商人だぞ、なんで同業他社に儲けさせなきゃいけないんだよ。


こうして強気に出られるのも貴種になって良かったことのひとつだな、ドヤれる相手は平民限定だけど。


この夏から動き出した造酒所にて造魔で大量生産してる超高濃度スピリッツや、それを元にしたリキュール類なんかも結構売れてる。


特にスピリッツは衛生管理のためにと軍に売り込んだら、魔導列車に毎便載せられて売られていくようになったからな。


親父が喜びでタップダンスをするぐらいには需要があるそうだ。


一応世の中にも微生物の存在は確認されていて、アルコール消毒の知識は学校でも教わるぐらいだから、麦の原産地での大量生産大量輸出はそこそこ魅力なんだろう。


だが、それでもローラ・ローラの利益率の前には屁みたいなもんだ。


こっちは正真正銘魔法使いの作る、唯一無二のオリジナル酒だからな。


卸値で一瓶金貨三枚取ってるから、一樽作れば金貨五百枚だ。


ま、実際はそんなに一気に売れないんだけどね。


それでもちょっと金銭感覚が麻痺しそうな感じはある。


作るのが面倒な事には変わりはないけど。


やはり理想は不労所得、広く浅く人の上前をはねたいものだ。




「そういえば、即席麺の方はどうですか?」


「揚げ麺ねぇ……軍の一部でも試験が始まったそうだけど、どうだろうね」




ソファでくつろぐローラさんは、膝にのせた小翼竜のトルフを撫でながらグラスを傾ける。


魔導灯による間接照明にぼんやり照らされた彼女の姿は少し妖しく、瑠璃色の目だけがきらりと輝いて見えた。


ローラさんのかっこよさもあってか、なんかめちゃくちゃ漫画やアニメの悪側のボスっぽい。


ピンヒールのロングブーツ履いてそう。


となると俺は怪人を作る博士役か……


実際人造怪獣を作りまくってるからな、洒落にならんぞ。


この世界に正義の主人公がいたら倒されてるところだった、危なかったな。




「即席麺の開発には結構苦労したんですけど、ちょっと値段が高くなっちゃいましたね」


「ああ、普通の乾麺の方がよっぽど安いからね。でも乾麺の方は軍に売れているんだろう?この間義父上ちちうえ殿からお礼の手紙を頂いたよ」


「そうなんですよね。うーん、コスト面の折り合いは難しいなぁ、粉末ソースだけでも売り込もうかな」


「コス……?よくわからないけど、揚げ麺も結構美味しかったから上層部が買うんじゃないかな」


「いやいや、ああいうものってやっぱり大量に作って大量に売らないと利益が薄いんですよ」


「ふぅーん……君は考える事が多くて大変だな。ほらトルフ、多忙なご主人さまを癒やしてやれ」




ローラさんが膝の上の黄色い小飛竜を掴み上げて俺の方に向けると、トルフは小さな羽をばたつかせながらゆっくりと飛んできた。


広げた手を無視して、なぜか奴は俺の頭の上に陣取る。


マウント取られてんのかな?


それとも俺の天パ頭の居心地がよっぽどいいのか?


造魔とはいえ、動物の行動はどうにも読めない。






昨晩夫婦の寝室で話していた即席麺だが、実はあれは開発に三年ぐらいかかった大作なんだ。


麺を揚げて保存が効くようにして、更にお湯をかけるだけで食べられるようにする。


言葉にすれば簡単だけど、作ってみるとこんなに難儀なものはなかった。


まず上手く麺に味がつかなかったんだ。


材料に練り込んだり、揚げる油にも味をつけてみたりと色々やったが、どうにもうまくない。


そりゃいくらかは成功もしたけど、コストがかかりすぎたり工程が増え過ぎたり。


趣味の料理ならいいが、商品だからな。


商売として採算の取れるものにしなければいけない。


失敗作は全て奴隷達のおやつとして胃袋に収まったから無駄ではないけどね。


結局完成品では味付けは粉末ソースを湯切りした麺に絡めて行うことになり、即席焼きそばみたいな形になってしまった。


これはこれで美味いからいいんだけど、なんだかなぁ……




「えっ、揚げ麺ですか?普通に人気ですよ」


「そうなのか?」


「本部の購買部でも売ってますけど、朝に来る依頼者の人達がよく食べていきます」




マジカル・シェンカー・グループ本部に揚げ麺について相談しに来てみると、うちの番頭のチキンから意外な話が聞けた。


一般向けにも売り始めたって話は聞いてたが、普及自体は進んでないと思っていたからな。




「あとメンチさんがやたらと揚げ麺好きで、揚げ麺用にいろんな調味料を部屋に隠し持ってるって噂です」


「へぇ〜、意外」




強面の鱗人族、クランの頭領であるメンチがねぇ。


イメージでは血の滴る骨付き肉に齧りついてるって感じだったけど。




「あの人は夜食用に揚げ麺を買いだめしてますよ。案外新しいもの好きで、喫茶店の新メニューも必ず食べに行きますからね」


「ふぅーん」




ほんとに意外だなぁ。


クールで無頼なイメージがあったが、飯にうるさいタイプだったのか。


チキンに預けた造魔の子犬が、膝に乗っかって胸元に頭を擦りつけてくるのをあやす。


青い毛並みに生える、瀟洒な刺繍の入ったグレーのベストを着ていて、なかなか可愛がってもらっているようだ。


チキン自身は黄色いサマーセーターにインディゴのパンツを履いていて、金縁の伊達眼鏡をかけている。


相変わらずの着道楽だが、ちゃんと貯金とかしてるのかな?


それにしても、ファッション誌もない世界でこういうのはどう学ぶんだろう。


セレクトショップみたいなのがあるのかもしれないけど。




「あとボンゴが最近料理に凝ってまして、揚げ麺に肉や野菜を入れて鉄鍋で焼いたものを作ってましたよ」


「へぇ、ボンゴがねぇ」




それ焼きそばじゃん!


まさか即席焼きそばから、本物の焼きそばが再発明されるとはな……


ちょっと複雑な気持ちだ。




「ピクルスにしか食べさせたがらないんで味はわからないんですけど、美味しそうだったって話です」


「そうなんだ」


「キャン!キャン!」




急に犬が執務室の扉に向かって吠え始めたかと思うと、間をおかずに人が入ってきた。


赤毛の魚人族、マジカル・シェンカー・グループ副頭領のロースだ。




「おうチキン、領収書頼むわ」


「あなたねぇ、ノックぐらいしなさいよ」


「あれっ、坊っちゃんいらしてたんですか」




彼女はいつまでたっても俺のことを坊っちゃん呼びだ。


まぁ別にいいんだけどね、リアルお坊っちゃんだし。


赤毛の魚人族の肩には、赤い毛並みの造魔の子猫が襟巻きのように巻き付いている。


白い首輪が巻かれていて、毛並みも美しい。


あっちも結構可愛がってもらってるみたいだな。




「ロースは即席麺食べたかい?」


「揚げ麺ね、仕事中に時々食べますよ。お湯沸かしてふやかすだけだから、水場と鍋がありゃあ食べれるんで重宝してます」


「冒険者には売れそうかな?」


「トルキイバの冒険者はあんまり遠出しないんで、そもそも野営をしない奴も多いんですよ。キャラバンとかになら売れるかもしれませんけど」




ふーん、キャラバンかぁ。


労働者にも売れてるみたいだし、売り込み先次第じゃ、揚げ麺もまだまだやれるかもな。


時間がかかってもいいから、せめて開発費だけでも回収したいもんな……


よし!




「チキン、行商人に売り込みをかけろ」


「わかりました、担当者に言っておきます」


「クゥーン」




俺はふんぞり返って足を組み、子犬の喉を撫でながらチキンに指示を出した。


俺も悪の大物に見えるかな……?


犬好きの中坊にしか見えんか。






夏も終わりかけとはいえ、まだまだ暑い。


この間作ったプールは、非番の奴隷達で盛況なようだった。


レジャープールとして作ったから、すり鉢状になっていて一番深いところでも胸元ぐらいまでしか水がないんだけど。


それでも溺れた奴隷が出たらしい。


幸いすぐに助けられて少し水を飲んだだけだったらしいが、危ないよな。


ここらへんはド内陸だからな。


ここいら出身のやつは大抵泳ぎ方なんか知らない、そりゃ溺れるか。


軍隊出の奴なんかは水泳の訓練も受けてるし、ナチュラルボーンに河童な魚人族もいる。


泳げない奴もそういう奴から泳ぎ方を徐々に学んでいくとは思うが、とりあえずの対策も必要かな。


ということで、水に浮くヤシの実みたいなものが市場にあったので、それを網に詰め込んで浮き輪のようなものを作ってプールに置いてみた。


これは結構みんな喜んで使ったらしい。


浮き輪の登場でただでさえ多かったプールの利用者数が跳ね上がったんだとか。


気を良くした俺は竹を束ねて小さい筏のようなものも作ってみた。


涼しい水の上にプカプカ浮いているだけでも楽しいからな。


はじに頭ぶつけて怪我したりしないように処理するのが大変だったけど、工作自体は面白かった。


これもみんな大興奮で上に乗り、大変な評判だったらしい。


筏の登場によりただでさえ芋洗い状態だったプールに、更に人が詰めかけたそうだ。


なんで全部伝聞形かって?


現場には見に行ってないからだよ。


上役が遊び場に来たら嫌だろ。


まあ幾人かにプールの感想とお礼を言われたから、俺はそれで満足だ。


もともと自分用に作ったんだしな。


俺の用意した浮き輪や筏にしても自然素材だから、来年を待たず駄目になると思うが、後は自分達で素材を調達して交換していくだろう。


こういうのは最初のアイデアが難しいわけだからな。


あとは自分達で発展させてくれたら、それでいい……


なんてことを思っていたら、奴隷たちは早速不思議な発展のさせ方をしたらしい。


週末に訪れたプールサイドには、竹や木を組んで作った、巨大な滑り台のようなものが鎮座していた。




「これ、何だろうねぇ」


「たぶん、プールに勢いをつけて飛び込むためのものだと思いますけど」


「さすが君の奴隷だ、変なものを考える」




これ、誰か使ったんだろうか?


こんなもん水着で滑ると、摩擦でケツがバチバチに痛いと思うんだが。


なにかしら工夫してやってるんだろうな、水でも流しながら使ったのかな?


竹の滑り台をぐっと押してみるが、小揺るぎもしなかった。


頑丈にできている。


木の細工の部分を見る、細かい作業が丁寧で、組んだ場所に隙間がない。


いい仕事をしているな、後で誰が作ったのか聞いておこう。


今ちょうど、こういう細かい仕事ができる職人を探していたんだよね。

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