第42話 リハーサル 好きになれない その響き
ドンドンドン!
ッタッスタタタ!
ドンドドドン!
プィープァープゥー
ベェェェェェェッ!
「いいぞー!ねぇちゃんたちー!」
「モイモー!かっこいいよー!」
今日はご主人様の結婚式前日。
私達は技能奴隷の私設音楽隊。
いまは明日の結婚式で演奏するための、楽器と行進の最後の練習をしているのだけれど……
シェンカー一家本部の前の通りは、もう朝から大変な混雑になっていた。
立ち見座り見は当たり前、近所の人なんか家の窓際を見物席として貸し出して商売していたりする。
これは今日だけじゃない、ここのところずーっとなんだ。
私たち音楽隊は、冬から半年間かけて明日の結婚式に向けての準備をしてきた。
楽器や指揮の先生をつけてもらい、古典から大衆音楽、ご主人様の作曲した結婚式用の曲に至るまで、ひたすら練習を重ねてきたんだ。
最初はまともに音が鳴らせない子も結構いた。
行進で蹴躓いて楽器を壊して怒られた子もいた。
意見の合わないときは、人垣でリングを作って殴り合った。
雪の降り止む頃には、だんだん音が途切れずに出るようになり。
春の日差しを感じる頃には、喧嘩もなくなった。
コートを脱ぐ頃には、足並みが揃うようになり。
強い日差しを感じるようになった頃には、私達は家族になっていた。
最初の頃は一家の仲間達だけだった見物人が、だんだん増え……
いつの間にか通りを埋め尽くし。
ほかの町から見物人が押し寄せ。
今やトルクスやルエフマから、私達目当ての観光客までやってくるようになった。
当然のように通りには屋台が立ち並び、用心棒代わりの冒険者組も常駐するようになる。
行進の場所を確保するために縄張りをやって、人をどけてと案内人が何人も立つようになった。
いつの間にやら大商いだ。
何がそんなに珍しいのか、ほんとうに毎日毎日色んな人が入れ代わり立ち代わりやってくる。
しまいには隣の通りでも、全然関係ない楽団が演奏を始める始末。
もうこの半年は本当に大変だった。
ご主人様は私達のために、町長さんにこの通りを貸し切る手続きをしてくれたんだよね。
結構お金払ったみたいだけど、元は取れたのかな?
うちの屋台の売り上げは毎日凄かったらしいから、大丈夫かな。
でもそういう乱痴気騒ぎも、もう今日で全て終わり。
泣いても笑っても、今日が最後の練習だ。
明日はお貴族様の前で、技能奴隷として演奏を発表する晴れ舞台なんだ。
「その衣装いくらしたんだー!?」
「キャー!かっこいいー!」
そう、晴れ舞台だから、晴れ衣装を着ている。
ご主人様が特注で作ってくれた、白と青を基調に、赤の差し色が入ったかっこいい衣装。
袖のないブレザー型で、ところどころが金色のモールで縁取られている。
生地自体にもキラキラの糸が織り込まれていて、大変な値打ちものだと一目見るだけでわかった。
ボタンのついたかっこいい帽子もついていて、袖を通したその日から、街のみんなの注目の的だ。
ただ、下は白のスカートだから男は着れないのだけどね。
揃いの白い長ブーツの踵を鳴らして行進すると、街の子供達が周りを走ってついてくる。
キラキラのお目々を大きく開けて、私が小太鼓を叩くのを一生懸命見つめているところを見ているとなんだか面映い気持ちになっちゃう。
私も子供の頃は、大道芸人をこういう目で見ていたなぁ。
ズッタカタッ!
ズッタカタッ!
タカタッ!タカタッ!タッタッタッ!
曲の切れ目を私の小太鼓で繋ぎ、次の曲に入る。
先頭を歩く指揮者が大きな指揮棒をくるくると操って、観客たちから歓声が飛ぶ。
低い大ラッパの音で始まったのは、私達の持ち曲の中で一番お堅い、一番有名な曲。
この国の国歌だ。
本来は清聴するものだけれども、ここは街角。
集まった全員が大喜びで歌いだす。
"西の尾根まで馬走らせて
東の果てまで攻め立てる
南の美姫達侍らせて
北の海割り街を焼く
朝の日差しで弓を張り
昼の最中に敵を撃つ
夕に奪って酌み交わす酒
夜に紛れて山を焼く
太陽なぞり煌めく畑
星の並びに時を知る
龍にまたがり燃える胸
我らクラウニア月を焼く"
気づけば、みんなが両手を上げて『クラウニアに!』と万歳三唱をしていた。
ああ、楽しいなぁ。
ずうっとやっていたい、このお祭り騒ぎを。
隣で大太鼓を叩いている狐人族のムハラと視線を交わして笑い合う。
いい顔だね、ムハラ。
多分私も、こんないい顔をしているんだろうなぁ。
乱痴気騒ぎは太陽が沈むまで続き、見物客達は別れを惜しみながらもそれぞれのねぐらへと帰っていった。
私達は楽器を磨きながら、明日の最終打ち合わせをする。
といっても、半年間毎日毎日聞いている事。
こんなことしなくたって完璧にこなせる。
でもほとんど習慣になっちゃってるから、誰も何も言わなくてもみんなが集まっちゃうんだよね。
「いいか、来賓が全て揃われるまでは音を止めるなよ。ちゃんと合図があるからな」
「わかってるよ、
「違いない!」
「アルプ、トチんなよ〜」
みんなの視線を受けると、急に緊張してきた。
私が始点になる曲ばっかりなんだよねぇ……
大丈夫かな、曲目飛ばしたりしないだろうか?
「これ、明日の曲目書いといた、大太鼓の横に貼っとけ」
「あ、ありがとう……」
指揮者のレオナさんから小さな紙を手渡された。
大太鼓のムハラとはいつでも隣だ、貼っておけば見ながら動けるからありがたい。
そういえばむかしご主人様が教えてくれたんだよね、手のひらに自分の名前を10回書いて飲むと緊張しなくなるって。
あれ、アルプってどう書くんだったっけ?
「お前今から緊張してどうすんだよ!」
お調子者のシーナのそんな言葉にドッとみんなが笑ったのはいいのだけれど、私は全然笑えない。
急に自分が自分じゃなくなったみたいに体がぎこちない。
前日からこんなことでどうしようか……
「そういやアルプ、お前もうすぐ退役だろ、どうすんだ?」
「えっ、退役?ああ、退役ね。このまま音楽隊に残れたらなって思ってる」
「まあ、よそに働きに行く理由がねぇしな」
膝を抱えて笑う犬人族のシーナは、退役したら屋台を持たせてもらいたいってチキンさんにお願いしてるらしい。
音楽隊に残ればいいのに、シーナの笛って素敵なんだよ?
「そーそー、ぜんぜん不自由してないもん」
「仲間もいるし、飯もうまいし、ご主人様はほっといてくれるしな」
そうなんだよね、特にご主人様の気分で怒られることがないって最高。
昔いた家では女主人の気分でムチが飛んでたから、みんないっつもハラハラしてたんだよね。
「だいたいよそとは稼ぎが違いすぎるのよね、シェンカー以上のお金持ちって、もうお貴族様ぐらいでしょ?」
「おいおい、明日からはご主人様もお貴族様だろ?」
「そういやそうだ!」
「明日だって、心付けが出るって噂だぜ。出どころはジレンだから間違いねぇ」
シーナは人差し指と親指で丸を作って下品に笑う。
だめだよ、シーナはもっとお淑やかにしないと、ときどきこっそり会ってる彼に振られちゃうぞ。
とりとめのない話が、夜に溶けていく。
指揮者のレオナさんも、ちょっと困ったような顔をして肩をすくめるだけ。
今更確認なんてしなくても、みんな体に流れが染み付いてるもの。
もちろん私だってそうだ。
いつの間にか、緊張もどこかに行っちゃったみたい。
うん、ここの皆なら大丈夫だよね。
あんなに何度もやってきたこと、失敗するわけがない。
そうだよね、私ももうすぐシェンカー家の
楽しみだな、何を買おうかな。
自分用の小太鼓、きれいな服、衣装につける飾り鎖、他の楽器でもいい。
あ、そうだ!
まずは奥様の名前のついた、あのお酒を買ってみたいかも……
お酒に名前つけてもらえるだなんて、うっとりしちゃうよね〜。
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国家は「線路は続くよどこまでも」のメロディです。
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