第41話 転生者 結婚前夜 腹座り

「やはり、この酒はうまいな」


「ローラさん、すっかりそのお酒にお熱ですね」


「仕方がないだろう、なんせ旦那様が作ってくれたお酒なんだからな」




そう言うと、ローラさんはうっとりと酒の入ったグラスを見つめる。


明日は俺の15歳の誕生日。


成人してすぐ結婚することは前々から決まっているから、今は俺とローラさんの結婚式の大詰めの打ち合わせ中なんだ。


思っていた五倍ぐらい披露宴に列席してくださる人達が膨れ上がってしまって、ここ最近はいろんなものの手配で研究どころじゃなかった。


ぶっちゃけ実家の跡取りである兄貴の結婚式よりもよっぽど規模が大きいんだけど、まぁそこは貴族と平民の感覚の違いなんだろうか……


割と秘密裏に進めていた魔臓欠損者の治療も、俺が貴種に連なるなら公然の秘密ぐらいの扱いになるらしくて、今まで治療してきた人達も来てくれるそうだ。


つってもあんま人となりも覚えてなかったから、事前に人相書きやらプロファイルやらを暗記するのでめちゃくちゃ大変だった。


万が一にも粗相があったらまずいからな。




そこらへんが完璧なローラさんは、月を眺めながら優雅にグラスを傾けているわけだ。


ローラさんは明日の衣装も軍服だから気楽でいいな、俺なんか知らないうちに真っ白なスーツが用意されてたんだぞ。




「しかし、いいのかい?」


「何がですか?」


「このお酒の名前、『ローラ・ローラ』なんてつけてもらってしまって」


「他の女性の名前をつけるほうが問題だと思うんですけど」


「そういうことじゃないさ……君はもう少し女心を勉強した方がいいね」




論文に纏めてくれたら読むんだけどな。


まぁ、結婚式の参列者にしか渡さないようなお酒なんだ。


新婚カップルのアツアツさをアピールする材料としては上々だろう。




俺が明日の列席者の資料を捲っていると、ローラさんは月を見つめてぽつりとこぼした。




「結局、私の実家の者は来なかったな」


「王都におられるんですっけ?」


「兄が陸軍の幕僚として務めていてな、父と母は辺境の領地に籠もっているよ」


「辺境、ここトルキイバみたいなとこですか?」


「いいや、もっと寒い、こことは正反対の場所さ。海に面していてね、年中魚を食べていたよ」


「そうだったんですか」




正直俺はローラさんの実家の事も、王都での事もよく知らない。


Need to knowの原則というやつだろう、別に俺は軍から禄を貰っているわけじゃないんだ。


そもそも貴族の情報にアクセスできるのは貴族だけだ。


俺が関わっていくのは真実明日からなんだ。




「別に家族を恨んだりはしていないよ」


「そうなんですか?」


「ああ、自分を追い越して老いていく娘や妹なんて、見たくはないだろう?」


「そうですかね、僕はあんまりわかりません」


「市井の者と貴族の考え方は違うということさ」




俺ならどんな状況になっても家族は見捨てないだろうが、やはり領地持ちの貴族ともなるとその背中には何百万人の下民の命が乗っかっているからな。


あんまり過剰にセンチメンタルになっているだけの余裕がないのかもしれないな。


でももし、俺の子供がそういう状況になったら、俺はどうするんだろうか。


貴族式にいくのか、俺の心を貫けるのか。


結局、そうなってみないとわからないんだろうな。




「昔、戦場でお互いの結婚式には呼び合おうと約束をした女がいてね」


「仲が良かったんですね」


「いや、逆さ。ライバルだったから、退役した後でも競い合いたかったんだ。彼女は飛行船乗りでね、あちらから奴隷を運んでたのさ。戦場でいつ落とされるかもわからない飛行船に乗るってのは、勇気のいる仕事だったよ」




その人はどうなったんだろうか。


聞きたいけど聞けなかった。


やはり戦争の話には、迂闊に踏み込んでいけないところがあった。




「おや、そんな顔をするなよ」




頭をくしゃりと撫でられた。


結局180センチもあるローラさんには、結婚までに身長が届かなかったな。


最も俺はまだまだ成長期だ、いつか追い越す事になるかも……なればいいなぁ……




「この女さ」




ローラさんは参列者のリストのうちの一人を指さした。


なんだ、生き残ってたのか。




「明日はやつの煙草に火でもつけて、驚かせてやろうと思ってね」


「はは、ほどほどにお願いしますよ」


「ふっ……」


「ローラさんは、明日はその人に勝てそうですか?」




彼女は一瞬だけ不思議そうな顔をして、苦笑しながら煙草を咥えた。




「もちろんさ」


「勝ち続けられるような家庭を築いていきましょうね」


「ああ、そうだな」




ローラさんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。




「子供は5人ぐらい欲しいです」


「ま、努力はしてみる」


「芝居にかまけてても許してくださいね」


「それも、努力してみるよ」


「最後にもう一つだけお願いなんですけど……」




そっぽを向いていたローラさんが振り返った。




「これから先、もし国に何かがあっても、もう戦場には戻らないでほしいんです」




口元から煙草をぽとりと落とした彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめ、不器用な笑みを浮かべて言った。




「それは、君の努力次第かな」


「それなら、僕も頑張ります」




俺は彼女の手を引き、少し屈んだ彼女と口づけを交わした。


煙草の匂いが鼻を通っていく。


もう腹は据わっている。


俺はこれから、うちの国が有利になるものならなんでも作ってやる。


俺の嫁さんや、その子供が死ななくて済むなら、俺はあの世でどんな罪でも被ってやる。


2人ぶんの人生を生きて、ようやく守るべきものを手に入れたんだ。


俺は男になったんだ。




ーーーーーーーーーー




一方、足元では絨毯が焦げていた。

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