第43話 結婚は めでたいけれど 式つらい 前編
ついにこの日がやってきた。
新郎である俺サワディ・スレイラと、新婦であるローラ・スレイラさんの結婚披露宴の日だ。
届け出はもう出してあるから、結婚自体は済んでる。
うちの家族は特になんでもない感じで「おめでと~」って言ってくれたぜ。
親父だけ涙を流しながら俺のことをハグしてきたんだが、遠くに嫁いでいく娘じゃああるまいし、感傷的すぎるんじゃないかな?
ふたりとももうとっくに着替えは終わっていて、俺は「黒髪に映えるから」ってローラさんが選んできた白い三つ揃えのスーツ。
そんでローラさん自身は地味な軍服。
胸元には勲章フル装備で、バカみたいに重そうだ。
もっとオシャレしたらいいのにと思ったんだけど、軍人さんもいっぱい来るからフォーマルな格好から外せなかったんだよね。
結婚披露宴の場所は魔導学園の多目的ホール。
ここは主に貴族が大規模な冠婚葬祭で使う場所なんだけど、今回はエストマ翁とマリノ教授の口利きで面倒なく借りることができた。
まぁローラさんも貴族だから普通に申請出せば借りられたと思うけど、教授陣が間に入ると話の進みが全然違うね。
特にエストマ翁は今回の件の仲人までつとめてくれる事になり、今後は本格的に頭が上がらなくなりそうな感じだ。
ていうか俺も最近聞いて驚いたんだけど、エストマ翁とローラさんは遠縁の親戚だったらしい。
普通に親しそうに話してるの見てびっくりしたわ。
まぁ、英雄の親戚は英雄って事なのかな?
ローラさんの豊かな胸を押しつぶさんばかりの勲章を横目で見ながら、そう思った。
うちの奴隷音楽隊が奏でる音楽をバックに、そうそうたるメンツの来賓が入場していくのを待機場所から見ていると、口から自然とため息が漏れた。
普通に学校の知り合い呼んで披露宴するだけのつもりだったのに、なんでこんな大事になっちゃったのかなぁ……
とにかくどちらを向いてもいかつい軍服の人と、その嫁さんばかりだ。
大半は俺が治療した相手だが、知らない人もぽつぽつといる……
現役軍人は退役者に比べると少ないが、胸の勲章を光らせたローラさんの元部下とかいう人が何人も来ていて胃が痛む。
そして極めつけが……急遽ねじ込まれてやって来た学園長の叔父とかいう陸軍元帥の名代だ。
来賓の一覧を見た周りの軍人たちがざわついている。
そりゃそうだろ、俺なんか単なる平民のいち学生なんだぞ!
来る理由がないだろ!
どういうイジメなんだ!
やっぱ、海軍の人間と喋ったら殺すぞってことなのか……?
「それでは、新郎新婦の入場です」
会場がほとんどオリーブドラブ一色に塗り尽くされたところで、ようやく俺達の入場が始まった。
慣例では男性が一歩ひいた女性の手を引いてエスコートするって形になるんだが、俺達がそうしたって身長差があって滑稽なだけだ。
2人横並びで、万雷の拍手の中をメイン席へと歩いていく。
バックでは俺が音楽隊に教えたメンデルスゾーンの結婚行進曲が鳴っていて、最高に結婚式って感じだ。
この感覚がわかるの、この世界で俺しかいないのが寂しいけどね。
ロマンチストと笑われてもいい、俺はこの幸せを、俺なりにきちんと噛み締めたかったんだ。
俺にとっての幸せといえばテンプレ結婚式。
そして俺にとってのテンプレといえば、メンデルスゾーンだった。
異論は認める。
異世界までご祝儀持って言いに来てくれ。
「先生!おめでとう!」
「美人捕まえやがって!この幸せもん!」
「子供はすぐ作れよ!」
「こんな酒どこで買った!」
左右をむくつけき軍人に囲まれたヴァージンロードを渡りきり、ようやく席に腰を据えた俺はヘトヘトに疲れ果てていた。
いかついやつらに歩いてる間じゅう祝福されながら背中をバンバン叩かれてもうフラフラだ。
いやいやしょうがない、ここは我慢のしどころだ。
一生に一度の結婚式なんだからな。
たしかここからは、新郎新婦紹介からの……
ん?なんだ、元帥の名代の人がこっちに歩いてくるな。
ローラさんの方を見ると、小声で「ラスプ元大将だ」と耳打ちしてくれたけど、そういう事じゃない。
胸に1つだけクソデカい勲章をつけたそのおじさんは、俺たちの座るメイン席の真ん前に陣取って客席を向いた。
「それでは、式次第の前に、来賓のセンチュリオ元帥の名代であります、ラスプ元大将からのお言葉がございます。全員、その場で傾聴!」
司会者の言葉に全員がラスプ元大将の方を見る。
え、何?
マジで聞いてない。
ローラさんを見ると、彼女は目を大きく見開いたまま首を横に振った。
ローラさんも聞いてないわけ?
俺の結婚式、わけもわからず会ったこともないおじさんのスピーチから始まるの?
3つの袋の話でもしてくれるのかな?
「まずは、このよき日に参列できた事を嬉しく思う」
ロマンスグレーのラスプ元大将は、よく通る低い声だった。
さすが大将ともなると貫禄が違う。
ゆっくりと魔具のマイクロフォンに向かって語り始めた彼に、会場中が一瞬で惹きつけられていた。
「『光線』のローラ・スレイラ元少佐の事は皆もよく知っているだろうが、その花婿のサワディ・スレイラ殿の事は知らぬ者も多いだろう」
俺もあんたのこと知らないんですけど。
「彼は、今や軍に不可欠な存在となった魔結晶交換式造魔の実質的な発明者である」
会場がどよめく、俺の心もどよめいてるよ。
なんでいきなりそれをバラされてんの?
功績横流しの、暗黙の了解はどこに行ったんだよ!!
「さらに、近頃巷を騒がす
会場のどよめきは、さきほどよりもさらに大きくなった。
「彼の身辺保護上の理由により、長らくこの事実は極秘案件として隠蔽されてきた。だがしかし、この大功績者に、国が報いずしてなんとする!彼の偉大さを満天下に知らしめるのに、この吉日より相応しい日はない、そうであろう!」
拳を握る元大将殿の力強い言葉に、会場から大きな拍手が沸き起こった。
いやいやいや、指笛とか鳴らさなくていいから。
うっ、なんか吐き気がしてきた……
「故に、彼に対して国防省より剣付き高鷲勲章を授与するものとする。並びに大蔵省より、菱形三輪勲章を授与するものとする。サワディ・スレイラ!前へ!」
「はっ!」
言葉の内容をよく理解しないまま、体が
学校で徹底的に教えられた、目上の人から物を受け取る動きが勝手に再生されていく。
やはり学校教育というのは偉大だ、きちんと役に立つ。
ラスプ元大将の前に踵を鳴らして直立不動で立ち、言葉を待つ。
「おめでとう!」
「光栄であります!」
元大将殿により勲章を手渡された俺は、くるりと客席の方を向き、また深々とお辞儀をした。
今日一番の、新郎新婦入場の時よりも大きな拍手が沸き起こる。
なんなんだこれは……
流されるままに、年金付きの勲章を2つも貰ってしまった。
頭を上げると、苦笑したエストマ翁の顔が見えた。
もしかしてエストマ翁、この事知ってたんですか!?
後ろから、ポンと肩を叩かれる。
背後に立つ元大将殿から、割と気さくな声で「悪く思うな、元帥は人を驚かすのが好きでな」と耳打ちされた。
いやいや、そんなご無体な……
そりゃ、あなたはお役目なんでしょうけども……
わかってるなら、事前に裏で連絡ぐらいしてくださいよぉ……
ふにゃふにゃの足取りで席に戻った俺は、腰が砕けてしまって真っ直ぐ座ることすらできなかった。
しかし、勲章か。
新米貴種としてはこの上ない箔付けだけど、これってもう完全に陸軍閥に取り込まれてるって事だよな?
縋るようにローラさんの方を見ると、目と目が合った。
彼女は気まずそうに顔を逸らして、ぽつりと言う。
「多分、
ああ、なるほどね。
王家が興味を示した大事業に関わった者が評価
後でバレて問題になるぐらいなら、平民から貴種になるのを待ってたって事にしたってこと?
いやー、キツいっす。
俺は俺の紹介文を読む司会の声を、聞くともなく聞いている。
空は青、俺の心もまっ青。
ただ新品のスーツの穢れなき白さだけが、無性に目に痛かった。
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