第38話 責任と 楽しいことは 不釣り合い

ゆうべはおたのしみでしたね




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秋も深まり、朝方は息が白くなってきた、そんな日。


俺はマリノ教授に無限魔結晶の論文と実物を提出した。


この論文は別にローラさんの名前で出してくれてもいいし、マリノ教授の名前で出してくれてもいい。


俺は作った物を売って儲ける事で益を得ているから、それで問題ないんだ。


欲をかいて王都行きを命じられたりしたらそれこそ笑えない。


トルキイバ下民界のお山の大将の立場は、誰にも譲らんぞ!


だが、そんな俺にマリノ教授から返ってきたのは想像もしていなかった言葉だった。




「シェンカー、これは君の名前で発表するんだ」


「えっ……」


「君も貴種になるんだ、名前付きの成果の一つぐらい出しておきたまえ」


「えっと、じゃあサワディ・スレイラ名義ってことですか?」


「そういうことだ。君が成人するまでは、ゆっくりこの研究を伸ばしていこうじゃないか」


「あ、ありがとうございます……」




そりゃいいけど、それで王都行きはいやだぞ……


俺の腰の引けた様子で察してくれたのか、マリノ教授は続けて言った。




「もちろん、君を王都へは行かせないさ。私はゆくゆくは君を助教に推すつもりなんだ」


「えっ!本当ですか?」




マリノ教授は鷹揚に頷いた。


平民から助教ともなれば、もうそれで頭打ちとも言えるぐらいの大出世だ。


つまり最大限に目をかけてもらってるって事になる。


ぶっちゃけそんな仕事はしたくないが、そんなことをはっきりと言っていては社会は渡っていけない。


ここは謝意を示し、後に調整すべきだ。




「ありがとうございます」


「おや、ありがたいのかい?」




教授はくすくすと笑う。


ローラさんも笑っていた。


あ、なるほど、そこらへんは把握済みなのね。




「えっと、その……」


「助教にするとは言ったが、まぁそれは君へのお礼が半分、もう半分は君達の子供のためさ」


「はぁ……?」


「才人の子供は才能があるにせよないにせよ期待されるのさ。その時に親に功績があるとないとじゃあ、過ごしやすさが全然違うからね」


「あ……ありがとうございます!」




けっこう遠大な話だった。


でもたしかにありがたい。


俺は貴族相手に這いつくばる事なんかでもなかったが、子供にそれを強いるのは無理があるというものだろう。


若い男が一人で立つにはプライドが必要なんだ。


虚勢でも、親の力でもいい、心の拠り所にできるプライドがね。




「それにね、これは私だけが決めた話でもないんだよ」


「えっ、どういうことですか?」


「実は、学園長宛に陸軍のさる筋から何枚か感状が届いていてね。学園長の家はほら、叔父上が元帥でいらっしゃるだろう?」


「あっ、ああ……なるほど……」




思わぬ筋からの援護射撃があったということか。


これ、教授が教えてくれたから良かったけど、不義理するとヤバい話だったな。


ちゃんとローラさん経由でお礼をしておくべきだ。


軍人貴族なんて超DQN界隈に関わった時から嫌な予感がしてたけど、完全に派閥闘争に巻き込まれてるっぽいな俺。




「それとね……」




ま、まだあるのか!?




「大陸間横断鉄道の件だけど、王族が興味を示されたらしくてね。工廠に巡幸じゅんこうがあったそうだ」


「巡幸」




つまり、王族が大陸間横断鉄道の製造過程を視察にやってきたという事だ。


そこまでいくと話が大きすぎてもうついていけない。


ふらつく頭を押さえると、後ろからローラさんに肩を掴まれた。




「どうだい、陸の連中はあれでなかなか義理堅いだろう?」




胸を張ってそう言うローラさんには悪いが……


その義理堅さって、カタギの義理堅さとはまた質が違いますよね?


しかし、俺がそう問うことはなかった。


彼女だって陸軍の人間なのだ。


わかりきった話だった。






その日は久々に一人で家路についた。


色んなことが身に降りかかりすぎて、まだうまく咀嚼できないでいる。


今日は少し遠回りして、思考を整理しながら帰ろう。


とりあえず、学校のほど近くにできた2店舗目の喫茶店に寄ってみる。


今の俺には、時間と同じぐらいカフェインが必要だった。




「あれっ、ご主人様!いらっしゃいませ!」


「ああ、珈琲頼むよ、持ち帰りで」


「わかりました!」




ウェービー茶髪のメイド服店員にオーダーを告げ、店の外で手持ち無沙汰にしながら待った。


店の中は庶民の世界だからな。


俺だって庶民だけど、魔導学園の制服を着ていればそうは見られない。


いたずらに人を怖がらせる趣味はない、蝙蝠には蝙蝠なりの気遣いがあるんだよ。




「おまたせしました」




さっきの店員が、蓋のついた紙コップの珈琲を持ってきた。




「ご苦労さん、はいこれ」


「わっ、ありがとうございます!」




俺から駄賃を受け取った店員は頭を下げて小走りで店に戻っていった。


まじまじと、珈琲を見る。


紙で作ったコップに、『アストロバックス』という名前のハンコが押されている。


この紙コップは高級品だ。


単純にコストがバカ高いんだよな。


テイクアウトにすると珈琲の値段が倍になるんだぞ、バカバカしい。


それでも買っていくやつは多いらしい。


めかし込んで、こいつを持ちながら歩くのが粋なんだそうだ。


よくわからんけど、そんなに人気なら店の名入りのTシャツとか売ったらどうなのかな?


ラーメン屋みたいになっちゃうか。




ぶらりと町を歩くと、以前よりもずいぶんと活気づいているように思える。


人も店も増え、人種も様々な子供達がボールを持って路地を走り回っている。


そういえば親父が大規模な製麺所を作って、麺食文化と共にシェンカーの乾麺を他の都市に輸出してるんだよな。


その関係もあって人が増えたのかもしれん。




「いよっ!坊っちゃんじゃないですか」




角を曲がると、酒売り屋台の前でエールを飲んでいる退役奴隷のロースに出くわした。


ロースは平然としているが、部下の子達が気まずそうに俺から酒を隠したりしている。


こいつ、給金全部酒に変えて奢ってんじゃないだろうな。


俺はとりあえずロースに手招きをして、いくらか小遣いをやった。




「こんなとこで飲んでないで酒場にいけよ」


「おっ、いいんですかい?おいお前ら!坊っちゃんが軍資金をくださった、酒場に行くぞー!」


「えっ!ありがとうございます!」


「あざまーす!」


「ありがとうございます!」




鎧を着た女達とロースは、口々に礼を言ってすぐ近くの酒場に吸い込まれていった。


うーん、酒かぁ。


なんだかんだと需要は大きいんだよな。


いっそ造魔で酒を作れないかなぁ。


いや、こうやって何でも自分で商売に繋げようとするから大変になっていくのか……


このままじゃ前世と同じように過労死してしまうぞ。


ほどほどにしておこう。




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スターバックスの由来をはじめて調べました。

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