第39話 おこのみで ソースをかけて 召し上がれ

トルキイバもこのごろは雪がちらつきだした。


前にいた南の方じゃ見たこともなかった雪。


支給品のコートだけじゃ冷えが防げなくて、みんな編み物のできる子に教わったりして色々と防寒具を作っている。


お金のあるチキンさんは素敵な毛皮の襟巻をつけていたけど、まだ退役していない私達はマフラーで我慢だ。


ご主人様がお酒を作ってみたくなったとかで、最近は寒い中あちこちを歩き回って良さそうな物件を探している。


理想は人通りが少なくて広くて安いところ。


ただでさえトルキイバは最近人が増えてきていて、さらにシェンカー一家が物件をたくさん買って相場が上がってきてるのに、そんなの見つかりっこないよ。


小さい家ならいくらか売りに出てるけど、広い場所って限られるからなぁ。


不動産屋にも今はいい物件がない状態で、私達は良さそうな物件の持ち主に直接交渉をかけてるところだ。


さっきダメ元で寄った不動産屋なんか「ダンジョン周りの土地なら安く買えるんじゃないですか?」なんてバカにして。


ダンジョン自治区の土地なんてお貴族様でも買えないじゃない。


都市の外に掘っ立て小屋立てろっての?




空と地面から同時に攻めてくる冷えを我慢できず、辻売りの蒸留酒を一杯引っ掛けた。


銅粒5個かぁ、高いなぁ。


でも身体がかあっと熱くなる。


勢いでシェンカー一家の屋台でトルキイバ焼きも買う。


もうヤケだ、寒くてやってられない。




「あー、お酒くさーい、ジレンったら悪いんだー」


「もう寒くてやってらんないのよ」


「私達火のそばだから暖かいよねー」


「ねー」




屈託のない笑顔が腹立たしい。


チキンさんについて知識奴隷への道を選んだのは私だけど、今は一般奴隷の彼女達の気楽さが羨ましい……


鉄板の上でじゅうじゅうと薄く丸く伸ばしたタネが焼けていく。


キャベツ、薄切り肉、茹でたペペロンチーノ・・・・・・・、摩り下ろした芋が入ったごく普通のトルキイバ焼きだ。


これもご主人様が考えたんだっけ、器用な人だよな。




「ソースはたっぷりね」


「しょうがないなージレンは」


「ないなー」




ドロドロっと黒いソースがかけられると、鉄板の上からじゅわーっという音と一緒に匂いが漂ってきた。


たまんないねーこの匂い、エールも飲もうかな。




「お嬢ちゃん達、次おじさんね」


「俺も俺も」


「あたしは大きさ半分のやつで」




いつの間にか屋台の周りには人だかりができていた。


やっぱり寒い日は熱〜い粉ものだよね。




「ジレン、あれつける?」


「白ソース?たっぷりお願い」


「しゃしゃしゃしゃしゃー」




出口の細い入れ物からクネクネと白い線が飛び出し、黒いソースのキャンバスにきれいな模様が出来上がっていく。


このソースはけっこう口に合う人と合わない人が分かれるから聞くことにしてるんだって。


あたしは断然好きだけどな。


ご主人様は白ソースが嫌いな人がいるって聞いてめちゃくちゃびっくりしてたらしい。


酸味が鼻につく所があるから、しょうがないと思うけど……




「はいお待ち!」


「まちー」


「ありがと」




出来上がったトルキイバ焼きは二つ折りにされて、爆裂モロコシの葉っぱに巻かれて出てきた。


そうそう、片手で食べれるところもいいのよね。




「はっ、あつっ、ふん、ふん……はぁーっ……」




あったまる〜。


やっぱ寒いときは暖かいもの食べなきゃだめだね。


私は次のトルキイバ焼きに取り掛かった二人に手を振って、次の訪問先へと足を向けた。


両手でも収まらない量にこの味、腹持ちもいいし、社割りで銅粒3個は最高だわ。




とぼとぼ歩いてやってきたのは東町の元木賃宿。


通りからは奥まったところにあって、墓地の隣で広さもまぁまぁ。


春先に火の不始末で全焼して、それからずっとそのまんまなんだとか。


だいたい木賃宿なんかやってる人間が貯金できるわけないものね、


私は焼け跡の隣に建てられた粗末なテントへと向かった。




「帰ってくれ、ゴホッ!ゴホッ!」


「お話だけでも聞いてくださいませんか?」


「ここはな、先祖代々の土地なんだ、墓守も任されてんだ。売れねぇ」


「そうおっしゃらずに、こちらを整理されて静養なさっては……」


「俺はな、死病なんだ」




たしかにこのご老人、顔色が物凄く悪い。


真っ青なのに所々に黄色い斑点ができていて、今にも亡くなりそうだ。




「どなたに言われたんですか?」


「医者だ、そんなこと聞かんでもわかるだろう!ゴホッ!ゴホッ!」




あ、これってもしかしてチャンスなんじゃない?


同じように死病だった私を簡単に治したご主人様なら、このお爺ちゃんも治せるだろうし、それと引き換えに……


いやいや、でもご主人様を働かせるのを勝手に奴隷の私が決めるってのもなぁ。




「いいから帰っ……て、くれ……」




ばたり、と。


悩む私の目の前で、ご老人がうつ伏せに倒れた。


一瞬、頭が真っ白になった。


えっ!


どうしよう!


まだ交渉途中なのに!


これ……私が殺したと思われる!!


近くの医者を連れてきたって、お爺さんが死んだら奴隷の言い分なんか信じてもらえないだろう……


最悪、警邏に突き出されて縛り首だ!


私は足をもつれさせながらなんとか大通りまで走り、近くで店をやっていた仲間たちと一緒にお爺さんを本部へと運んだ。


事後承諾だけどしょうがない、命がかかってるんだ!




ご主人様が学園から帰ってくるのを待っていても、生きた心地がしなかった。


お爺さんの顔色はもうほとんど土気色で、息もしてるかしてないかわからないくらいだ。


このままお爺さんが死んでしまったら……


地上げに行って相手を殺したと思われたら、私はトルキイバ当局に差し出されるかもしれない。


せっかく暖かい寝床を手に入れたのに。


せっかく仲間ができたのに。


せっかく生き延びられたのに!!


目を覚まさないお爺さんの前でぐすぐす泣いていると、誰かにくしゃりと頭を撫でられた。




「治ったよ、間が悪かったんだなお前」




魔導学園の制服を着た、ご主人様だった。


死相の出ていたお爺さんの顔は、もうすっかり赤みを取り戻している。


助かった……でも、釈明をしなくちゃ!




「ひっ……その……ひっ……う……ひっ……」




なぜかうまく言葉が出ない。


釈明しないといけないのに。


絶望感が心を埋めていく。


息が苦しくなってきた。


そんな私に片手を振って、ご主人様は微笑みながらこう言った。




「気にするな、話は聞いたよ。これで良かったんだ」




その言葉に涙は引っ込んで、代わりにずるりと鼻水が出た。


息が苦しいのもなぜだか治らない。


頭もくらくらして、目が回る。




「でもな、もし爺さんが駄目だったとしても、お前を売ったりはしなかったよ」




くしゃみがひとつ出た。


おかしいな、また涙がぶりかえしてきた。




「お前も風邪か、支給のコートだけじゃ防寒が足りんのかな」




ご主人様は私にも回復魔法を使って、チキンさんの方へと歩いていく。


私は急に押し寄せてきた眠気に身を委ね、そのまま意識を手放した。






その後、ご主人様と大旦那様を交えた話し合いがあって、ご老人は墓の隣に家を建てることを条件に土地の売却を決めたらしい。


酒造場はもう建設が始まっていて、夏ごろには完成する予定なんだそうだ。


結局私はお咎めなしで、そのままの仕事を続けている。


1つ変わったことと言えば、毛皮の帽子と襟巻きが支給されたぐらいかな?


草食み狼の毛皮を贅沢に使った、あったかくてありがた〜い代物だ。


マフラーはほどいて手袋と靴下にした、これでもう風邪はひかずにすみそうだ。




これは余談だけど、付近の商売人達から、シェンカー一家に地上げの依頼が殺到してきたらしい。


半殺しにしてから治して話す、えげつない地上げ方法として噂になったんだとか……


そんなんじゃないのに!!

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