第37話 異世界で 人に出会って 生きていく
最終回ではないです。
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ずっと掘っていた地下の穴、あれがついに完成した。
ダンジョンの手前1キロ地点からダンジョンの魔素を拾って魔結晶を作る、魔結晶工場の完成だ。
もう、完成したその日からモリモリ魔結晶が出来上がってきていて、今は親父に他の都市で魔結晶を売りさばけないかと交渉をかけているところだ。
こりゃきっと俺も親父も人生最大の大商いになるだろう。
そう確信していた。
「サワディ様、今のところ
「貯めといてくれ」
「かしこまりました」
自慢の黒髪を三編みにし、ダークグリーンの三つ揃いを着て頭を下げるチキンは、まるでやり手の執事のようにも見える。
彼女は奴隷退役後もそれまでの仕事を続けてくれることになったが、給料のほとんどを衣服につぎ込んでいるようだ。
この間も、よくわからんターバンのようなものを頭に巻いた彼女を喫茶店のテラス席で見た。
着道楽は金かかるぞぉ。
もっとも、芝居道楽の俺の言えたことじゃあないがね。
意外と下の者たちも彼女のオシャレを羨望の目で見ているようだし、まぁ若い女が着飾るのは当然と言えば当然の事だろう。
「それと魔結晶のサイズですが、市場に流通しているものよりも幾分か大きいようで……」
「それはまずいな、いろんな大きさのものを作れるように調整するよ」
「よろしくお願いいたします」
俺は袋から取り出した魔結晶を掌で弄ぶ。
これならば、各地への荷物に少しづつ混ぜていけば判別つかんだろう。
庭に油田が沸いたようなものだ。
口元が緩むのを抑えきれない。
俺は絶対に、このシノギで大劇場を建ててやるぞ。
しかし、才能とは怖いもので……
またもや俺はとんでもない発明をしてしまった。
それもある意味で、自分の首を締めるような発明だ。
俺は魔結晶が欲しくて魔結晶を作ったその矢先に、魔結晶の代替品を作ってしまったのだ。
その名も無限魔結晶。
つまりは、魔素を勝手に取り込む魔結晶型の造魔だ。
昼夜問わず使えるソーラーパネルみたいなもんだな。
もちろん、完全に魔結晶と置き換えが利くってわけじゃない。
無限魔結晶は例によって低出力なんだ。
魔結晶と同じ量だけ詰め込んでも出力は1/100ぐらいだろう。
そんなもんでもランタンやライター、コンロなんかには十分に使えてしまう。
もしかしたら魔具の方の省エネ次第では、魔力で水を生み出す
これらが庶民に行き渡れば圧倒的に便利になる。
小さいながらもエネルギー革命が起こるだろう。
街灯の数は増え、木は切らなくてよくなり、井戸を掘る必要すらなくなるかもしれない。
ただ、同時に影響力が大きすぎるとも思う。
ミクロな視点では失業者が増え、マクロな視点では技術革新の停滞を招くかもしれない。
たぶんこの技術はまだ人類には早すぎる。
俺は生まれたばかりの無限魔結晶を黙殺することに決めた。
俺にだって良心はあるのだ。
が、すぐにバレた。
「また何か開発したな、隠さずに言ってみなさい」
俺は勘の鋭すぎる婚約者のローラ・スレイラさんに、学校帰りに喫茶店に連れ込まれてしまった。
「君はすぐに顔に出るからな」
ぺたぺたと顔を触る。
自分ではわからない。
「そういうところさ」
ローラさんは苦笑しながらコーヒーとミルクをかき混ぜる。
まぁ、無限魔結晶に関しては発表しなければ問題ないか。
これから夫婦になるんだ、共有できる秘密は共有していかないとな……
「……というわけで、この技術は危険だと思うんですよ」
「たしかに、君の懸念はもっともだ。下民の失業に関しては我々の考えるべき事ではないが。ひとつ作ったら永遠に使えるような品があれば、国からの研究資金だって減らされかねないからな」
ローラさんは深く頷いて同意を示してくれた。
よかった、やっぱり封印だなこれは。
「だが、それも条件をつければ使えるんじゃないか?」
「条件ですか?」
「ああ、たとえば何回か魔素を吸収したらもう吸収しなくなるようにするとか……」
「あ、なるほど。デチューンするわけですね」
「でち……?」
要はこれだって元は造魔なわけだ。
寿命をつけてやればいいんだな。
そうすればノーメンテのソーラーパネルや風力発電みたいなチートエネルギーではなく、前世でいう電池のような立ち位置に収められるだろう。
製造過程にブラックボックスを作って、そうそう破れないようにしておかないとな。
「とにかく、一度マリノ教授に話を持っていってみるべきだと思うがね」
「あ、じゃあ試作品が出来上がり次第話してみます」
「そうしたまえ」
俺とローラさんは、その後も何時間も喫茶店に居座り、暗くなっても与太話を続けた。
芝居の話、新しい馬具の話、歌劇の話、研ぎ師の話、造魔の話、珈琲の話。
俺達は噛み合っていないようで、芯の方で噛み合っていた。
認めあっていたと言ってもいいだろうか。
お互いに、不思議と恋愛感情を超えた敬意を持ち合っている。
少なくとも、俺はそう考えていた。
ふと、ローラさんの瑠璃色の瞳が、俺の瞳の奥の奥を見つめた気がした。
「君、やはり秘密があるだろう」
「えっ、なんですか?」
胸が早鐘を打った。
「技術とか、研究とか、そういう話じゃなくて……君はどこか、ズレたところから物を見ているな」
「え……?」
「前から違和感はあったんだ。奴隷の扱い、研究での異次元的な発想力、それに、その身に纏う空気」
「空気ですか?」
彼女は俺の耳の後ろに指を這わせ、笑みの消えた目で言った。
「死人の空気だよ。一度死んだはずの人間。死んで生き返って、おまけの人生を過ごしている人間の匂いだ」
「なんでそんなこと……」
「私がそうだからかな」
ローラさんは苦笑を浮かべながら、親指で自分の腹を指す。
たしかに彼女の瞳の奥は、現世の淀みから解き放たれたような、からっと乾いた色をしているように見えた。
「死んだ気になれば……なんて言うが、そんな事は死んだ気になってみないとわからない」
「それは、そう……なんですかね?」
「君は、どこでどう死んだんだ?」
「……言っても、わからないと思います」
自分でも、どうしてそんな言葉が口から出たのかわからない。
油断していたといえば、していたんだろう。
弱さがあったといえば、あったんだろう。
でも一番大きかったのは、俺が彼女に、ローラ・スレイラに、自分という男をもっと知って欲しいと思ってしまったことだ。
なぜか、涙が出た。
心の中が情けない気持ちでいっぱいになってしまった。
彼女よりもはるかに年上の男であるはずの自分が、なぜこんなにも煮え切らない。
話すこともせず、拒絶もせず、ただ甘えたような言葉を返してしまった。
自己嫌悪に押しつぶされて、机のシミになって消えてしまいそうだ。
だが、彼女はそんな俺の肩に手を置いて言った。
「わかるかどうかには自信がない。だが、受け入れる事に関しては私は大ベテランだ」
「…………?」
涙で言葉にならなかった。
ローラさんは左手の人差し指と親指で丸を作り、にやりと笑ってそこに右手の中指を突っ込んだ。
「ダンジョンの
「…………」
彼女はどこまでも透き通った目を俺と合わせて、拳を握って言う。
「こうしよう、私は次に、君がなんと言おうとこう返してやる。『なんだそんなことか、大丈夫だ』ってね」
ローラさんは鼻水まみれの俺の唇に、ぎこちなくキスを落とした。
一見無責任な、でもこれ以上ないぐらい真正面から俺を受け止めてくれる言葉だ。
こんな事、誰にも言われたことはなかった。
今世でも、前世でも。
親からだってそんな受け入れ方はしてもらった事がなかった。
俺は嗚咽を堪えられず、涙に溺れそうになりながら、腹の底からなんとか絞り出して彼女に言った。
「俺、異世界人なんです」
その日、2人は帰らなかった。
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