第36話 頼むから 定年あとも 働いて

奴隷、奴隷、奴隷。


毎週毎週、トルキイバには奴隷が山のように送り込まれてきている。


その9割が欠損奴隷。


そう、うち向けの奴隷だ。


なにやら他の都市では、欠損奴隷でも働ける都市として有名になってきているそうだ。


馬鹿か?


横着せずに各都市で面倒見ろ。


もううちは地上じゃ住むとこが間に合わなくて、地下に横穴掘って住んでんだぞ。


地下の奴隷が住むための地上の奴隷マンションを、突貫作業で奴隷が作る。


そんな泥縄気味な日常を過ごしていた俺なんだが……


ある日、兄貴の子供達と遊んでいてふと思った。


「奴隷たちって、子供とか作るんだろうか?」と。


うちの奴隷たちは俺の趣味で女ばかりだ。


職場恋愛はありえない。


かといって、そのまんま奴隷の身では恋愛結婚も難しい。


そんな中、俺だけが結婚して子供作って、幸せになって……


それって、恨まれるんじゃないか?




恨み。


それは一番怖い言葉だ。


前世の会社の部長はある日突然胸を抑えて倒れた。


心筋梗塞だ。


彼は一命を取り留めたが、結局そのまま職場へ帰ってくる事はなく。


家に私物を届けに行った俺にこう言った。




「いいか、人から恨まれるな。死に際に顔が浮かぶぞ」




いつも顔を真っ赤にして机を蹴飛ばしていた彼が、真っ青な顔をしていたのをはっきりと覚えている。


そうしてその数年後に過労死をした俺が今際の際に思い浮かべたのは、やはり家族の顔ではなかったのだ。




「どうしたらいいんだ」




自問自答する。


そりゃあ、結婚させて家庭をもたせてやるしかないだろう。


結婚。


それも奴隷のだ。


あんまり聞いたことないが、まぁあるにはある。


たとえばうちの実家の粉挽き奴隷なんかは家庭を持っている。


これはうちの実家の創立何周年とかで奴隷に花嫁を買ってきてやったものだ。


他にも、知識奴隷や技術奴隷なんかだと普通に一般人と家庭を持つことも多い。


奴隷と一言に言うからややこしいが、立場や雇い先によって扱いは千差万別なんだ。




俺は真剣に考えた。


まず地下の穴の件があるから、奴隷解放は不可能だ。


旦那を買ってくるのもいいが、性格の不一致が有った場合に最悪だ。


この世界では離婚率自体が高くないが、それでも離婚はあるにはあるからな。


となると、一般人との結婚が現実的なセンだろう。


そうすると、奴隷たちの立場が問題になってくる。


妻となり、母となっていく奴隷たちを毎日毎日派遣して金を稼ぐってわけにはいかないからな。


上前をはねて稼ぐために買ってきた奴隷達にここまで悩まされるとは……


やはり俺に人を使う立場は向いていないんだろうな。






一週間後、カラッと晴れた空の高い秋の日だ。


奴隷達の本拠地である漬物工場跡、地上1メートルほどのお立ち台の上で、俺は集まった奴隷達の前で演説をかましていた。




「諸君、普段は勤労ありがたく思う。もうすぐ私は成人し、結婚をする」




奴隷達から歓声が湧き、口笛が吹き鳴らされる。


気さくすぎるかもしれないが、俺と奴隷の関係はこんなもんでいい。


こっちもビジネスでやってるんだ、敬ってほしいとか怖がって欲しいなんて思わない。




「自分の人生と同じように、諸君らの人生についても私は責任を持っているつもりだ。諸君らも私と同じように家庭を持ち、幸せになる権利を与えるつもりだ」




奴隷達がざわめきはじめたが、メンチが槍の石突きで床をドンと叩くとすぐに収まる。


まだまだ話は続くぞ、ついてこいよ。




「残念ながら君たちを奴隷から完全に解放するわけにはいかない、我が社には秘密にしなければならないことが多すぎる。だが、限定的な自由と、給与規則の改定で君たちに報いたいと思う」




俺が合図を出すと、最初の5人の奴隷がお立ち台の上に上がってきた。


ケンタウロスのピクルス。


鳥人族のボンゴ。


鱗人族のメンチ。


魚人族のロース。


人族のチキン。


ピクルスはデカいから前足をはしごにかけただけだが、まぁいいだろう。




「我が社で三年間真面目に働いた者は、以後同じ職務でも正規の給料を支払うものとする。他、特別に望むものには住居の自由、就労の自由、婚姻の自由を許すものとする」




奴隷達は小さな小さな声で「どういうこと?」「わかんない」と話しているが、詳しいことは後でチキンあたりに聞いてくれ。




「ピクルス」


「はい!」


「ボンゴ」


「…………は……い……」


「メンチ」


「はっ!」


「ロース」


「はいよっ!」


「チキン」


「はい」


「この5名を、退役奴隷とする」




俺はそれぞれに退役記念のメダルを手渡した。


別にこんなものいらないかもしれないが、まぁ年金のつかない勲章みたいなものだ。


頑張って働きましたで賞だな。


5人はさめざめと泣いている。


そりゃあそうか、やりたくもない仕事を超低賃金で5年もやらされたんだもんな。


いいんだよ。


トルキイバからは離れさせてやれないけれど。


これからは自分の人生を生きてくれ。




「ご主人様、私は冒険者としてシェンカー家に残りたいです」




ズイッとお立ち台に登ってきたピクルスがそう言う。


お立ち台の支柱が曲がっていくのを感じる。


もんどり打って転げ落ちそうになったところをピクルスにしがみついて凌いだ。


なんだいきなり!


俺と一緒で体幹がクソザコなチキンなんて地面に転げ落ちてしまったぞ!




「ご主人様……私も同じ気持ちです」


「これから給料上がるってんなら、もっと奉公させてもらうよ」




メンチとロースも近づいてくる。


やめろ!お立ち台のバランスが!


必死になってメンチとロースにもしがみつく。


何やら大きな拍手と歓声が聞こえたが、それどころじゃないんだよ!!


早く台から降ろしてくれ!!




結局この日退役した5人は、今までの仕事を続けてくれる事になったが……


これからの退役式では、お立ち台に登るのはやめようと思った俺なのだった。

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