第35話 イキるとも 自覚のないまま イキりけり

この町にもずいぶんと知り合いが増えた。


もう前に住んでた都市よりも、ずうっと友達も知り合いも多い。


町に立ち並ぶ八百屋さん、大工さん、酒場、看板屋さん、植木屋さんから揚げ芋の屋台まで、全部仕事で行ったことがある。


私達みたいな一般奴隷は、できる事が増えれば増えるほどお手当が増えていくんだ。


そりゃ知識奴隷や技能奴隷にはぜんぜん負けちゃうけど、それでも頑張りが認められたみたいで嬉しいんだよね。


それに、やったことのない仕事をやる時はいつも楽しい。


新しい出会い、新しい技術、今まで勉強してきたことが通用したりしなかったり。


今日も今までやったことのないちんどん屋さんのお仕事で、酒屋さんの新商品を宣伝に行くんだ。


楽しみだなぁ。




プァー、ピッ、プゥー


ラッパの調子を確かめる。


こういう仕事は普段夜に酒場で演奏してる人達なんかのものなんだけど、今日はたまたまラッパの人が風邪ひいちゃったんだって。


シェンカー一家の中でラッパが吹ける人の中から、たまたま私が選ばれたんだ。




「ウサギの嬢ちゃん、こないだレンガ焼いてなかったかい?」


「ああ、そういう仕事もしたことありますよ」


「モイモは酒場でも働いてたよな」


「そういう日もありますねー」


「そんでラッパも吹けるのか?なんでもできるんだなぁ」


「なんでもはできませんよ、できることだけです」


「へぇー、よし、じゃあ行くか!」


「はいっ!」




ドン、ドン、ドンと太鼓が鳴って行進が始まる。


今鳴っているのは、休みの日に教えてもらってよく練習してた曲だ。


ほんとは喫茶店の演奏係になりたかったんだけど、ラッパでも笛でも太鼓でも、私より上手な人がたくさんいるからなぁ。


キツめの化粧をした美人な猿人族の踊り子さんが看板を持ってクルクル踊る。


あれはキツそうだ。


歌も踊りも一通り上手な人に教えてもらったことあるけど、やっぱりどっちも本職級にはなれなかったんだよなぁ。


その分色んな仕事に活かせるようになったけど、専属の仕事がある人には憧れがある。




「わぁーっ!ちんどん屋さんだー!」


「どこ行くのー?」


「ついてこーついてこー!」




子供達が集まってきたな。


演奏仲間もみんな手を振ったり、ウインクしたりしてサービスしてる。


私もラッパをくるっと回してサービスだ。


子供が集まってくると大人も集まってくるしね。




「モイモちゃーん」




名前を呼ばれて振り返ると、この間仕事に行った屋台の女将さんがいた。


音の切れ目で手を振り返す。


女将さん、手を怪我したとかで私が代わりに料理をやったんだ。


煮物の屋台だったからなんとか務められたけど、繊細な包丁さばきや絶妙な焼き加減を求められる現場だと厳しかったかも。


要練習だね。


休みの日は有志で集まって台所番に料理を教わったりしてるんだ。




「晩酌のお供に、新製品のがぶ飲みくんはいかがですか?南方のラムが隠し味、今だけこっそり増量中。がぶ飲みくん、がぶ飲みくんはいかがですか?南町のケンドリック酒屋で今日から発売中」




踊り子のお姉さんは踊って喋って看板振って、やっぱり一番大変そうだ。


後で化粧について聞いてみたいけど、教えてくれるかな?


そんなことを考えてたら、誰かが手をふるのが見えた。


そっちを向くと、東町の大工の棟梁と従業員の人達がニタニタ笑いながら手を振っていた。


私がちょこっとアドリブを入れてからラッパをくるりと回すと、棟梁達から「モイモーっ!」って野太い歓声と、口笛が響いた。


あそこの仕事、次行ったときにからかわれるんだろうなぁ。


でも行くたびに色々教えてもらえて楽しい現場なんだよね。


廃材運びや買い出しから始まって、セメント混ぜ、砂利敷き、水周り、水平出しと色々とやらせてもらえた。


奴隷じゃなきゃ雇いたい、なんて言われたけど、お世辞でも嬉しかったな。




だいたい10曲ぐらい演奏し終わったところで休憩になった。


昼ごはんを食べて、あと20曲ぐらいやったら今日の仕事は終わりだ。


肉体労働ってわけでもないし、美味しい仕事かな?




「ウサギの嬢ちゃん、知り合いいっぱいいるんだなぁ」




ラッパの水抜きをしていると、ちんどん屋のかしらさんが話しかけてくれた。


こういう仕事で、自分の腕だけで食べてる職人の中には気難しい人もいるからありがたいな。




「シェンカー一家の方針で、色んな仕事に行くんですよ」


「へぇー、それって選べないのか?」


「できる事から任されるって感じですかね。今日の仕事もラッパが吹けたんで、任せてもらえました」


「そういう感じなのか、楽器はどこで習った?」


「夜とかに暇な人に教えてもらったりして勉強しました。新しいこと覚えるのって好きなんですよ」


「向上心が凄いなぁ。じゃあよぉ、ウサギの嬢ちゃんは他にどんなことができるんだ?」


「うーん、私はあんまり出来がいいほうじゃないんで……計算、土木、荷運び、料理、歌、ラッパ、太鼓、馬の世話、簡単な治療、ああ、あとこの間はちょい役なんですけど演劇もやりました」


「えっ、ちょっと待ってくれよ……」




かしらさんはなんだか困惑したような顔をして手で頭を揉んでいる。


大丈夫かな?


マッサージもできるからやってあげようかな。




「モイモちゃーん」




かしらさんになんて言い出そうか迷っていると、不意に声をかけられた。


南町の髪結いのトーンおばさんだった。




「こないだありがとねぇ、これ、差し入れね。みんなで食べて」




おばさんは屋台で買ってきたらしき料理をいくつも私に手渡してくれる。




「トーンさんお久しぶりです、いいんですかこんなに?すいませんなんか」


「いいのよ、この間はほんと助かっちゃったんだから」


「嬢ちゃん、知り合いの人かい?」


「ええ、南町で髪結いをやってらっしゃるトーンさんです」


「あらやだごめんなさい、はじめましてトーンです〜」


「あっ、いえこちらこそ、普段西町のリステル酒場で演奏をやってるキワタです。すいませんなんか差し入れもらっちゃって」




かしらさんはペコペコ頭を下げている。




「いいのよ、皆さんで食べてくださいね」


「すいません、いただきます」


「じゃあね、モイモちゃん」




トーンさんはいつもどおりおちゃめに、ウインク一つ残して去っていった。




「いいのか?頂いて」


「ええ、みなさんでいただきましょう」


「こないだって、何かあったのか?」


「大した事ないですよ、休日に暇だったんで忙しそうな店を手伝っただけです」


「えっ!?髪結いを?」


「髪の編み込みぐらいなら、仲間のを普段からやってますから。髪も切ってますしね」


「嬢ちゃんやっぱ、なんでもできるんじゃないの?」




最近はよくこう聞かれるが、私が返せるのはまだまだこの言葉だけだ。




「なんでもはできませんよ、できることだけです」




そうだ、シェンカー一家には凄い人がいっぱいいるんだ。


身体が半分残ってれば治しちゃうって噂のご主人様に、めちゃくちゃ強い勲章持ちの奥方様。


いつでも公明正大で、目が回るようなお金をきちんと管理してるチキンさん。


勇猛果敢なメンチさんに、面白くて頼りになるロースさん。


他にも勉強になる専門家がずらりと並んでる。


私なんかまだまだ下っ端だ。


もっともっと色んなことを覚えて、もっともっと人の役に立ちたい。


それで、奴隷の身なのにいつかは劇や本みたいに頼れる殿方と恋愛しちゃったり?


ふと、自分の平らな身体を見下ろす。


今のままだとちょっと難しいかな……?


今度巨乳の凄い人に、大きくする方法を聞いてみよう!




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無自覚チートイキり奴隷回その1

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