第34話 鉄道は 西へ東へ 物運ぶ

クリーン&無尽蔵、そんな夢のエネルギー『無限造魔動力むげんエンジン』搭載の列車がついに完成した。


普段は軍人かチケットを持つ貴族にしか近づけない駅の中で、俺は線路に鎮座する黒く大きな列車を見上げていた。


高さ4メートル、幅3メートル、長さ20メートル、が6両。


6両のうち5両が動力車で、パワーは客車1両分だ。


ヤバいハイパワー・・・・・だろ?


これでなかなか頑張ったんだよ。


最初に完成させた1両なんて調整が上手く行かなくて定員1名だったんだからな。


今日が終われば、ようやく後の事は王都の研究者かなんかにお任せだ。


だいたい俺はこんな省エネの極みみたいな研究は好みじゃないんだよ。


男ならコンパクト&ハイパワーだ。


コストを食う燃料まけっしょうは自分で作ればいい、そうだろ?


まあ考えるのは明日からにしよう。


今日はこの無限列車のお披露目だからな。




「それでは、試運転を始める」


「かしこまりました」




いつも飄々としていたマリノ教授が、発表会なんかで着る正装でガチガチに緊張しながら運転席に座る。


かたや我が婚約者ローラ・スレイラ嬢は、マリノ教授の隣でいつもどおりの泰然自若とした態度。


軍服に数え切れないぐらいの勲章もぶら下げてるし、傍から見てるとどっちが上役かわからんぞ。


まぁそれも無理もないか。


なんと本日の無限列車の試運転には、王都から陸軍少将閣下が送り込まれてきているんだからな。


もう研究室一同上へ下への大騒ぎだ。


閣下だぞ閣下。


陸軍はどれだけこの研究を重要視しているのか。




「では、出発します」




マリノ教授が始動キーを回すと、エンジン周りの結界が解けて空気中の魔素を吸った造魔達が動き出す。


ガッコン!と逞しい音が鳴り、車輪がゆっくりと前に回りはじめる。


ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと……




あれから10分経ったが、列車はまだ駅を出ていなかった。


俺達はこのパワーのなさを体感で知っていたが、話に聞いていただけの陸軍の人員たちは困惑していたようだ。


となりのおじさんもしきりに俺に「これで本当に大丈夫なのか?」と聞く。


大丈夫です、仕様なんです。


そう返すほかない。


人が20人も乗ってるんだ、動いてるだけで大金星だよ。


客車の前の方を見ると、マリノ教授は大汗をかきながら少将閣下に説明をしている。


あんなに緊張してちゃあ目的地のルエフマまでもたないぞ。




それから30分後、列車はようやく走り出した。


といっても子供の漕ぐ自転車ぐらいの速さだ。


客車の中を爽やかな風が通り抜け、ちょっと眠くなってしまう。


あー、帰って風呂入って寝たいなぁ。


となりのおじさんもあくびを漏らす。


二人で顔を見合わせて、にやりと笑った。




トルキイバを出発してから1時間がたった。


スピードが乗り始めて、今列車は下道の法定速度ぐらいで走っている。


少将閣下も安心したようで、マリノ教授やローラさんと話をしているようだった。


俺はといえば、となりのおじさんと、前の席のおじさん二人を巻き込んでカード麻雀のようなゲームをやっていた。




「どうだ?」


「おいおい怖いな」


「それ、もらいます」


「ぼうず、あんまり鳴くと大勝ちできんぞ」


「へへ、家が商家なもんで、堅実にいかせてもらいますよ」


「子供のくせに賢しげなこと言いやがるぜ……男はどかんと勝負、どうだ?」


「あがり」


「ぐっ……」




前の席のおじさんが飛んで、銅貨6の払い。


一応仕事中だ、レートは低めにしてる。


不真面目だけど、見張りの兵以外はみんなこんな感じだ。


常に緊張していては兵隊はもたないからな。


閣下も黙認、列車の上だから誰も見てないし。


周りは見渡す限りの麦畑だしね。




出発から3時間、普通の魔導列車ならこの3分の1の時間で着くところだが、今はまだまだ中間地点といったところだ。


いくらコストが低いとはいえ、さすがにこのままでは使えないだろうな……


不意に、車内の空気が変わった。


見張りの兵が安全帯をつけ、昇降口から身を乗り出し、空に向かって素早く火球を撃った。


列車の外に生まれた強烈な熱と光が、一瞬だけ車内の影を強く濃くする。


数秒ののち、遠く離れた麦畑の上になにか巨大な生き物が燃えながら落下していくのが見えた。




「ありゃタマゴクワガタだな。今産卵期なんだよ」


「へぇ〜、強いんですか?」


「弱いけど、草刈りの人らには倒せないから会っちまったら大変だろうなぁ」




そう語るとなりのおじさんの顔に、一瞬だけ窓枠の影がさした。


また火球が撃ち出されたようだ。




「おーい、手伝ってくれー」


「了解!」




前の席のおじさんが手早く安全帯を結び、乗り降り口から天井に上がっていった。


群れが来てるんだろうか?


考えていると、にやけたおじさんに肩を叩かれた。




「ぼうず、お前もやってみるか?腕っこきの軍人さんに教えてもらいながら巨獣撃ちなんてなかなかできねぇぞ」




楽しそうに窓の外を指差すおじさんだが、それはちょっと無理なんだ。




「いやーすみません、僕攻撃魔法が使えないんですよ」


「なに?全然か?」


「全然なんです、回復は得意なんですけど」




おじさんはバツの悪そうな顔をして、俺の肩に手を置いて話し始めた。




「そりゃ悪い事言っちまったな、ぼうず。いいか、攻撃魔法が使えないなんてのは気の毒だが、くさっちゃいけねぇぜ?おめぇは研究者なんだ、周りになんか言われるようなことがあっても、そっちで見返してやれ、な?」


「大丈夫ですよ、研究室はいい人ばっかりですから」


「そうか、それならいいんだ」


「いえ、ありがとうございます」




そんな意外と優しいおじさんとの心温まる交流をしていたところで、空の上の方から物凄い爆音が聞こえた。


天井から笑い声も聞こえてくる。




「うるっせえぞ!このバカチンが!もっと静かにやれねぇのか!!」


「そうだ馬鹿野郎!」


「寝てたんだぞ!!」




みんな口々に天井に罵声を送っている。


窓から見える斜面の向こうの麦畑に、バラバラになった甲殻が落ちていくのが見えた。


こりゃあ、世界一安全な列車だな。


俺は安心して、大あくびをしてしまった。


着くまで寝てようかなぁ……






昼前に出発した列車がルエフマの駅についたのは、夕日が地平線の向こう側に沈み始める頃だった。


物珍しそうに無限列車を眺めるルエフマの駅員たちの前に俺達は降り立ち、ビシッとした格好で少将閣下に敬礼をした。




「これにて、魔結晶非搭載型造魔動力列車の試運転を完了したものとする」




敬礼をしたまま、全員で「はっ!」と返し、閣下が手を下ろすのを待ってから手を下ろした。


軍人さん達とマリノ教授とローラさんはこのままルエフマに泊まって王都に行くらしいが、俺や他の研究員はトルキイバにとんぼ返りだ。


なんせこの路線では明日の朝からまた魔導列車が走り出すんだからな。


なぁに、帰りは魔導列車に引いてもらえるから1時間ぐらいだ。


そこから撤収作業があるが……


まぁ朝には終わるかな……


終わればいいな。


まあ、覚悟はしておく。






試運転でハチャメチャな遅さを見せつけた無限列車だったが、王都の答えはGOだった。


どうやら「いっぱい動力車作ればよくない?」という考えらしい。


列車の長さが真剣に都市の全長を超えるぞ!


慌てた俺はマリノ教授とローラさん、ほか数名を巻き込んだ連名で、既存の魔導列車を使ってパワーの必要な初速を稼ぐハイブリッド方式の草案を王都に提出した。


これは好評を得たようで、名誉なことに開業予定の大陸横断鉄道グランド・レイルロードには研究室長のマリノ教授のファーストネームが冠される事になったそうだ。


教授の名前はフランク・マリノだから……


大陸横断フランク鉄道になるのかな?


グランド・フランク・レイルロードだな。


後世まで名前が残ることが決定した日の教授は、男泣きに泣いていた。

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