全知を求める簒奪の求道者 其の四

【魔王】ラブマシーンと【覇王】大神照義の戦いは苛烈を極めている。ラブマシーンが紅く燃える剣を振るえば大気を焼く炎が斬撃となって飛び出し、それを難なく弾いた大神の【墨刀 筆しらべ】からお返しとばかりに彼我の距離を無視した斬撃が放たれる。刹那さえ置き去りに、秒針が一切動かない内にラブマシーンに到達したその斬撃を、されどラブマシーンは自身が保有する億を超える【擬似権限体サーヴァント】に肩代わりさせることで怯みもせずに追撃を放つ。【十二神将】達も隙を見ては攻撃を行ってはいるものの、【王】同士の戦いは余りにも異次元であり、手を出しあぐねる事も少なくない。例えるならそれは戦略級兵器のぶつけ合いなのだ。多少強い程度の人類では赤子と変わらない。そう言う次元の戦いなのだ。


 そしてそれを眺める日本国の神々たちもまた、思考を巡らせていた。


「不味いわね」


「ええ」


【王】達の戦いを眺めながらそう語るのは天照大御神そして須佐之男命である。


「このままいけば神将以外の子供達は置いてきぼりね」


「はい。あの【英雄】や詳細不明の【魔法少女】であれば可能性はありますが、それ未満の人類はこの先について行けません」


「それじゃあ駄目よ。この戦いは、人類の存亡を掛けた戦いは前提として全員参戦。少しでも戦えるのであれば戦列に加わらなければいけない。そういう難易度で設計されている。このままいけば確実に負けるわ」


「それに数も足りていません。今この戦場にいる全員が協力しても数の差で負けるでしょう。初めに行った大神君が我々のバフを極限まで重ねた一撃をもう一度打てるチャンスは来ないであよう。現在戦場に展開されている【擬似権限体サーヴァント】はおおよそ一千万。先の一撃で1億削られたにしても、まだ1億9千万近く残っています。【魔王】がそれらを塊で出してくれれば俺達が薙ぎ払えますけど、乱戦の中に小出しにされるとそうもいきません」


「“神は天に在りて人を侵さず”ね。全く、面倒な制約もあったものね」


「ええ。俺達は子供達に物理的な干渉が出来ない。如何にこの場では死なないとは言え、子供たちごと薙ぎ払う事は出来ません」


「やろうとした馬鹿はもう高天原に送り返されたしね」


 そう、この戦いに神々は直接介入出来ない。人間側が一塊であれば手の出しようはあったものの、現在の乱戦ではどうしようもない。ならば何故人間を抑えて神々だけで戦わなかったのかと言えば、それもまた幾つもの制約による物である。


 “世界が崩壊するような攻撃をしてはならない”

 “人類の存亡に初めから関わってはならない”

 “【魔王】を倒してはならない”


 等々、余裕綽々で出て来た割に神々は意外と雁字搦めなのだ。だからこその【覇王】なのだが、仮に【覇王】が【魔王】を倒せても、その前に人類軍は壊滅必至だろう。過干渉は出来ない。しなければ終わる。そんなジレンマに陥っている。


「っはぁ……しょうがないわね」


「姉上?」


「面倒だからやりたくないんだけど仕方無いわね」


 そう言いながら天照大御神は虚空に向けて何かの操作を行う。それはこの戦いを配信越しに見届けている人々へ向けたメッセージ。正確には一人の【覇王】の映像だ。


『すぅ……大神照義!』


「うん!?」


『ガ?』


 突然戦場に響き渡る神言。それは数多の雑音を押しのけて明瞭に響き渡る。あまりに突然のことに一瞬とはいえ全域で戦闘が停止した程である。


『続けよ』


 そのたった一言で戦いは再開された。これが神言。それも日本神話に於いて最上位クラスの信仰を集めた神の言葉である。


『これより貴様に三つ問う』


 後にしろ。大神はそう言いたかったが、声が出ない。身体は戦闘を継続したまま、意識は響き渡る言霊に逆らえない。


『ただ人でありながら天皇家を押しのけ日本国の王位に就いた貴様に問う』


 それはこの先の、戦いの先に待つ大神の進退すら決定付ける問い。


『貴様はその力を以て何を成す? 新たな皇家を興すか? 世界を支配するか? はたまた何一つ成さずに無為に暮らすか?』


 現在の大神の力を以てすればそれら全ては児戯に等しい。全てが思うが儘。この戦いを乗り越えられたのならと言う枕詞さえ付くが、不可能では無い。


『答えよ。日本国【覇王】大神照義』


 天照大御神の問いかけに対し大神は……


「くだらん」


 そう吐き捨てた。


「権力も、支配も、そんな物はこの国を護るのに必要とする以上は一切望まん。この身、この命はこの国に捧げると決めている。王の座何て物に未練も愛着も無い。これら全てはこの国を護る為の道具に過ぎない」


 言い切った。この場は世界数十億人が画面越しに見ている。自覚は無いのかも知れないが、そんな場で権力など要らないと平然と言いきったのは相当な事である。


『そうか』


 天照大御神の返答は実に淡泊。初めからわかっていたと言わんばかりだ。


『ではもう一つ問う』


 戦いの最中だと言うのに問答は続く。


『お前はお前を【王】と慕うをどう思う? そしてこの場に居ない戦える筈の者達をどう思う?』


 次なる問は先程自身が道具と言い切った物の中に含まれる人々への考え。


『邪魔と思うか? 道具と割り切るか? 知らないとそっぽを向くか? 人は道具では無いとその口で抜かすか?』


「……」


 大神の即座な返答は無い。それはラブマシーンが強力な術を放った所為かも知れないし、単に押し黙っただけかも知れない。一時の空白を経て、人々は答えを求める。今現在人類の中で最も最強に近い男の返答を。


「申し訳ない。そう思っている」


『ほう』


「俺が【覇王】に選ばれたのは事故に近い。本当はもっときちんとした方法で選ばれるべきだった。俺が【覇王】になった所為でこの【大戦レギオンレイド】は始まった。唐突に人類の存亡を掛け皿に乗せてしまった。だと言うのに苦戦している。今この戦いを見て己の無力を全ての人に俺は謝罪する義務がある。俺で無ければこうはならなかったかもしれない。可能性を言えばキリが無いが、結果が全てだ。俺は数多の人に申し訳なく思っている」


『それは傲慢と言う物だ。貴様が選ばれたのは必然、【大戦レギオンレイド】が起きたのはあの神による罠、無力を嘆く者が居るのも必然である』


「そうかもな」


『そうだ』


 大神とラブマシーンの戦いはより苛烈になる。光刃と陽炎が討ちあい、最も死に近い幻想的な光景が咲き誇る。


『最後に問う』


 最後の問答が始まる。


『お前はその臣民が原因で窮地に陥ったらどうする? 見捨てるか? 救うか?』


「救う。当たり前だ」


『ではそれが原因でお前自身が死に追いやられるとすれば?』


「救う。俺には日本国民を救う義務と権利、そして使命がある」


 その時、別戦場からの流れ弾が大神の背後で弾け大神がたたらを踏む。


『迷いは?』


「無い。恨むことも無い。俺の命で誰かが救えるのならそこには値千金の価値がある。俺が斃れようと問題は無い」


 隙在りとばかりにラブマシーンが凶刃を振りかぶった。


『何故?』


「俺のは必ず居る。次の誰かが俺の使命を成し遂げる。だから俺は死を厭う必要が無い」


【十二神将】は誰も間に合わない。ラブマシーンが牽制用の【擬似権限体サーヴァント】を文字通りの肉壁として立ち塞がらせたからだ。大神を護る者は誰も居ない。


『自己の命を大切にしない者は他者の命も救えない』


「その時は……」


 振り下ろされる凶刃。大神がいつかの亮一郎の様に【神格】による絶対防御で護られる事は無い。【神格】は【神紋】へと至った事で専守防衛から願望を叶えるリソースへと性質を転じている。大神がこの場で自身の防御を請わない限り、絶対防御が働くことは無い。

 だが、大神は求めない。


『その時は?』


「きっと救い上げてくれる【】が居る」




 光が、音が置き去りになった。ラブマシーンが操る六本腕。その全てが肩の辺りかあ切断されて宙を舞う。

 気付けば二人の【王】の間には一人の男が立っていた。


「……いやぁ。よくもまあそんなクサい台詞吐けますね」


「俺もまた男だ。カッコつけて何が悪い」


「天下の【覇王】様が言うと説得力があることで」


 仮にその瞬間の映像をコマ送りに見た所でその男を捉える事は出来なかっただろう。正しく虚空から現れたに近い。現出とでも言うべき登場でその男は【覇王】を救った。


「さて、大神さん」


「なんだ」


「今の技後二回しか使えないからそれまでにやっちゃってください」


「そうか。ならば急ぐとしよう」


『舐メラレタモノダナ』


 二人の会話にラブマシーンは露骨に機嫌を損ねる。


「いいや事実だ」


 男が刀をラブマシーンに向ける。


「宣言するぜ。今の技が二回使われた後、お前は死ぬ」


 男、【英雄】鈴木亮一郎は不敵にそう言い放った。


────────────────────

【TIPS】

固有能力アビリティ

 世界に於いてただ一人が持つ唯一無二の異能。その本質は“因果への干渉”或いは“既存の法則に対する著しい反逆”である。今回鈴木亮一郎が使用した『■■■■』もこれに当たり、回数制限があるとは言え、絶大な力であることに疑いは無い。




 ──それは加速であり、減速であり、反逆であり、秩序である。階梯の先に在るモノへと至る者にのみ、試練は訪れる。

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