天秤の契約

 何処だここは? 


 気付けば俺は白い世界に立っていた。天を衝くビル群。純白のそれらは何処かで見たことがある様でこの世の何処にもない形をしていた。


「や、亮君♪」


 振り返ればそこには俺の神様オモイカネが居た。


「まったく、霊力の過剰消費で倒れた物だから深層まで落ちて来てるじゃ無いか。これあんまり良くないからダメだぞ?」


 深層? 


「心の奥深く。いつも見てる夢はその浅瀬。きみの精神が通常ではあり得ない疲労を受けた物だから魂の近くまで意識が落ちてるんだよ」


 俺の心ってこんな殺風景なのか? 


「うんにゃ。ここは君の持つ記憶の中で一番こう言うのに適してるって彼が判断して構築しただけだよ」


 彼? 


「ほら、其処に居るだろう?」


 気付けば眼前に白いモヤの様な人型が立っていた。シルエットだけでは不明瞭だが、どうも1秒おきに形状が変わっている様だ。


「まったく、儂の出番はもう少し後だと言うのに、この【大戦レギオンレイド】でお主に死なれては困るからのぅ。致し方無いわ」


 見た目に反してその声はしわがれた老人のようだ。


「おっと。まだ名乗っていなかったのう。儂は……」


 ちょっと待て。当てるから。


「なんじゃい」


 お前は、いやお前絶対チギリだろ。おれの相棒【簒奪竜刀チギリ】だろ! 


「全然違うわい」


 何でだよ! これまんまブリーチの斬月との会合シーンじゃん! じゃあお前誰だよ!? 


「だから名乗る前にお主が勝手に騒ぎ立てたのじゃろうが! ……まあよい。儂の名前は■■■■じゃ」


 なんて? 


「じゃから■■■■と、ああ今の段階では名乗れぬのか」


 やっぱブリーチじゃねえか。


「違うと言っておろう! 全く、折角手助けしてやろうと思っておったのに……」


 手助け? 


「あの【魔王】を倒す手助けじゃ。このままではお主ら確実とは言わんが負けるぞ」


 何だと? 


「奴の【境界鍵】は残り三本。それだけで終わると思ってはいないじゃろう? 仮にも相手は【魔王】じゃ」


 だから俺達が勝つために手助けをすると? 


「その通りじゃ」


 勿論ただじゃねえよな? 


「無論。これは言わば経験の先取り。当然対価は未来のお主が支払う事となる」


 で、それでどれくらいの力が得られる? 


「もうやる気でいるか。良い、実に良い。儂が授けるのは未来のお主が会得する力。それを三度まで今の状態で行使出来る様にしよう。それだけあれば勝率は……」


 勝率は? 


「最低でも6割と言った所かのう。勿論お主がどれだけ上手く使いこなせるかによるがのう」


 上等だ。その契約。乗っててやる。


「フハハハハハ! 流石は最初の英雄よ! 即断即決は実に好ましい!」


《秘匿アナウンス》

《『始天試練First Order』より【No.050 万物二分天秤 ライブラ】へ『等価契約』の使用申請を確認》

《【No.050 万物二分天秤 ライブラ】がこれを受理しました》

《対価:『始天試練First Order』を刹那から涅槃へと上昇》

《報酬:『始天試練First Order』クリア報酬『■■■■』の三度の使用権》

《このアナウンスは秘匿されます》


「ここに契約は成った! 一を降りて分を超え、刹那の先の虚空の果てに涅槃は在る。お主が其処に至る事を楽しみにしとるぞ!」


 こうして俺は謎の契約を交わした。だが、俺は主人公では無い。世界は俺を待ってはくれない。俺がこうして新たな展開を迎えたならば、別の場所でもまた新たな展開を迎えているのである。


 ~~~


 それは戦場にありながら争いには最も遠く、されどこの戦局を司る場所。つまり人類側の作戦司令部。その中でもダンジョンの解析に当たっているチームの話だ。そこでは上司と部下の関係にある二人の研究員が頭を突き合わせて悩んでいた。


「駄目だ。やはり外部とのやり取りは出来るが空間が完全に封鎖されている。【電脳仮想領域 インターネット】の他のダンジョンには入場出来ても【仮想都市 OZ】にはログイン出来ないです」


「ここで外部からの援軍を見込めれば戦局はこちらがかなり有利になるのだが……どうにかならないか?」


「無理です。空間連続性は保たれていますがアクセスする為に必要な空間座標情報が厳重にブロックされています」


「ふむ。そもそも何故この【大戦レギオンレイド】以降、空間座標の情報の情報封鎖などと言う面倒な手順を踏む必要がある? 空間座標情報自体を消してしまえば我々もこんな抵抗など出来ない筈だ」


「恐らくそれはこのダンジョン【電脳仮想領域 インターネット】の性質の所為では無いかと考えます」


「と言うと?」


「その名の通りこの【電脳仮想領域 インターネット】に内包されるダンジョンは全て所謂ウェブページに相当される物なのではないでしょうか。だから実際のウェブページで言う所のIPアドレスに相当する空間座標情報は消せないのだと思います。消してしまえば二度とこの場所にアクセス出来ず、我々も出られなくなりますからね」


「成程。面白い考察だ。後程レポートに纏めておいてくれ」


「わかりました」


「さて、問題はこの空間座標情報のロックをどう破るかだ」


「【電脳仮想領域 インターネット】の全ダンジョンからアクセス自体は出来ますけど空間座標情報を入手する為にはダンジョン毎に個別のパスワードが設定されているみたいですね」


「全く、あの天変地異からこっち、科学に魔術の要素が加わって加速度的に法則解明の難易度が跳ね上がっているな」


「さっきからここのシステムにハッキングを仕掛けて見てますけど少なくとも10以上の系統が違う術理防壁が組まれてます。霊術、魔術、聖術、仙術、法術、理術、天術の有名どころに加えてマイナーな奴もわんさか入ってますよ。何だったら神聖術や天仙術なんかの上位術理の痕跡もありますね」


「無理だな。大人しくパスワードを解明する方が何万倍も速い」


「ですね」


 “ピピッ”


「「うん?」」


 二人が顔を見合わせてコンソールを見つめる。そこは各ダンジョンから【仮想都市 OZ】にアクセスする為の空間座標情報を引き出す為の画面。パスワードを入力するテキストボックスあるだけの場所だった。そして、いつの間にかそのテキストボックスの下にテキストが現れている。だが、それは決して読める物では無かった。文字化けですら無い。無数の言語の群れが常時そのテキストを書き換え続けている。恐らく一意に定まるであろうその言葉は【No.100 全言語理解柱 バベル】の力を以てしても読み取れ無い。


「あれ? ここだけ読めますよ。て、言うかこんなゲージありました?」


 部下の研究員が指さす所には、またいつのまにやら長方形のゲージバーが現れていた。


「何だこれは。英語か? 進行率は13%」


「“フィデイ”ですかね。こんな英単語ありましたっけ?」


【fidei rate 13% ■□□□□□□□□□】


 そのゲージバーに刻まれた言葉に違和感を抱いた部下の研究員がその言葉を翻訳にかけた。


「あ、いやこれ英語じゃないですね。原文は……ラテン語?」


 そのウィンドウは何もかもが異質だった。【No.100 全言語理解柱 バベル】の恩恵で言語の壁を破った人類に読めない物は無い筈なのにこのウィンドウを見るときだけはそれが出来ない。


「fideiはラテン語で“信仰”rateは英語そのままに“割合”この場合では“率”か。つまりfidei rateは“信仰率”か」


「なんだそれは進行率と信仰率を掛けているのか? 何の意味がある。そもそも我々は神々の実在を理解した。理解した上でその恩恵すら得ている。それで信仰率が13%は低すぎるのでは無いか?」


「……あっ!」


「どうした」


「さっき休憩時間で掲示板覗いてたんですけど、その時に掲示板に天照大御神様が降臨したんです」


「何とも荒唐無稽な光景だな……」


「その時の天照様が言ってたんですよ。ほらこれ!」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 294 【天照大御神】

 勝利を祈れ

 言霊を紡げ


 295 【天照大御神】

 祈りは力

 力は祈り


 296 【天照大御神】

 信仰を以て我らを神の位階へと押し上げたのなら祈りを絶やすな


 303 【天照大御神】

 お前たちの祈りを聞き届け形にする


 304 【天照大御神】

 そんな男を私は選んだのだから


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「祈りは力。力は祈り。そして最期のあの男を選んだ。つまりこれは大神異界将を指しています。つまりこの信仰率とは実在した神々では無く大神異界将。つまり【覇王】に対する信仰率を指しているのでは無いでしょうか?」


「荒唐無稽だな。そもそも何故大神異界将ただ一人に絞れる?」


「現在【覇王】は大神異界将を除けば一人として居ません。そして信仰とは神聖なものを信じる心です。神々が現れたこの時代に信仰を必要としながらあまり信仰されていない存在はそう多くありません。大神異界将は謂わば現人神。人類の生んだ新たな象徴。だが、未だその名は無名で信仰は薄い。そう考えたら大神異界将以外あり得ないと感じたんです」


「そう言えば君の【固有能力アビリティ】は」


「『大局感』です。重大な局面に於いてのみ超常的な直感を得られる」


「それが今発動したと?」


「はい」


「成程。うむ、わかった上には私から伝えておく」


「ありがとうございます」


「ところで」


「はい?」


「それ程強力な【固有能力アビリティ】を持っていながら何故そんな平の研究員に甘んじている? 君ならもっと上へ行けるだろうに」


「決まってますよ」


 部下の研究員は笑顔で答えた。


「この【固有能力アビリティ】が発動するような大局の最前線何てとても怖くて居られません。僕はまだ死にたくありません」


「それもそうだな」

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