知者嘲るは愚なる者 其の一


《【大戦レギオンレイド】を開始します》


その合図に反応して最も早く動き出したのは大神さんだった。今まさにこの時のため、あの人には神々が直々に十重二十重のバフが掛けられている。

筋力強化、敏捷強化、知覚強化、肉体強度強化、耐性強化etc…


本来人の身で受け入れられる許容量を遥かに上回るそのバフ達は、あたかも呪いの様に大神さんの身体を蝕み、今にも倒れてしまいそうな程に血が流れている。だがそれでもあの人は止まらない。過剰強化によって発生するダメージは同じく神の力で癒し、無理やりにでも身体を動かし続ける。なぜかと言えばこれこそが作戦の第一段かだからだ。


~~~


「なぜ神は攻撃の出力に制限がある?」


それは作戦会議の折に何処からか発せられた疑問だった。

それに対する回答は明確で、要は世界(この場合はダンジョン)を壊す様な出力の攻撃を行われては困るという事らしい。そしてそこに一つの疑問が投げかけられた。


「ふむ、オモイカネ様に一つ尋ねたい」


「なんだい大神君?」


「その出力制限は攻撃のみか?バフやデバフ、回復といった物にも影響はあるか?」


「ないよ~」


「承知した。ではもう一つ聞かせて欲しい」


「どうぞどうぞ~」


「その攻撃の出力制限は


「…ふふっ♪」


それに対するオモイカネの返答は妖艶な笑みだった。


~~~


「他者へのバフに制限は無い。人間の攻撃に上限は無い。ならばこれは想定された攻撃だという事だ」


最早大神を包むバフの輝きは混ざりに混ざって虹色と化している。鞘に納めれられた【墨刀 筆しらべ】からも鞘越しに光が溢れており、本人だけでなくその武器にも過剰なバフが盛られていることがよくわかる。

ラブマシーンは未だ黒い繭の内に包まれており、その周囲を十重二十重どころか百重二百重に偽物達が防衛ラインを築いている。繭の四方にはいつのまにやら小さな黒繭が四つ発生しており、その中身が恐らく件の【眷族】なのだろうと予想がついた。


「我々にとって最大の脅威は【魔王】であることは変りない。だがその次の脅威は【眷族】ではなく圧倒的な数を誇るその軍勢だ。ならばその彼我の戦力差、限界まで縮めさせてもらおう」


既に両者を隔てる結界は消失し、敵軍の先鋒が迫っている。だがこちらは誰も動かない。自分たちの【覇王】を信じ、各々の討伐対象のことだけを考えて今は踏みとどまる。


「我に付き従うは空想なる十三の獣神。現象を操りし虚構の神々は眷族に宿り形を持った。束ねられし十三の御業、その極地をご覧に入れよう」


“シャンッ!”


非常に澄んだ心地のいい音が響いた。既に大神は抜刀を終えており、その太刀筋は綺麗な真一文字であった。


「眷属神が壱【断神】」


その太刀筋は不思議なほどに明確に見え、未だその残滓を残している。


「『一閃』零式」


“斬”


先程の抜刀の際に発せられた音とは比較にならない重い音が響き渡る


「「「「「「「うわぁ…」」」」」」」


泣き別れという言葉を知っているだろうか。いくつか意味があるがその一つに「一緒にしておくべきものが別れ別れになること」という意味がある。


要はそれが実演されたのだ。


視界内に広がる無数の偽物たちの首と頭が綺麗に泣き別れした。凡そ億単位の人間の首が一斉に宙を舞う光景、グロいより先にレアだという感想が湧く。序にラブマシーンが入った黒い繭も切り裂かれた。


「一騎当千って普通無理だろって思うけど一騎当億をこの目で見るとは思わなかった」


ふと誰かの呟きが響いた。周囲に広がる同感という思いが少し結束力を高めた気がする。


「ゴフッ…」


「!?大神さん!」


静寂を破ったのは大神が吐血する音だった。能力の行使によって掛けられていた回復を上回る反動を受けたのだ。


駆け寄る救護隊を片手で制し、血にまみれながらも男は高らかに叫びをあげた。


「行け!今ので敵の【魔王】と【眷族】が倒れたとはとても思えん。確実にその息の根を止めたと確信するまで一秒たりとも気を抜くな。行けえぇぇぇぇぇ!!!!!」


「「「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」


無数の声が響きたり『鑑定』の特殊能力スキル持ちによって確認された各々担当の【眷族】を目指して駆け出す。


作戦討伐対象【眷族α】こと【愚者】は何というかボロボロのローブを纏った痩せこけた男の姿をしていた。


『ググググググググググググググググ』


痩せこけた身体から発せられる声はノイズ交じりのくぐもった合成音の様で如何にも不気味だ。


『ガガガガガ!』


【愚者】がくぐもった声で何か笑い上げる様に何かを発動した。


《特殊領域に侵入しました》

《特殊領域:否定されし叡智の塔》

《術行使が禁止されます》

《能力の発動は制限されません》


大方の予想通り【愚者】の能力は術行使不能だった。だが俺達は術より能力に重点を置いた前衛パーティだ。こんなもの然したる影響はない!


「かかれえっ!」


「『一刀両断』」


「『破城槌』」


「『多角天射』」


各々の特殊能力スキルが【愚者】目掛けて乱れ飛ぶ。何かされる前に殺す。それが出来れば万々歳。駄目でも敵の能力の検証に繋がる。故に俺達の初手は様子見では無く全力ぶっぱだ。


『ガガガガガ!…『ガガガガガ自由奔放』』


発音は理解出来ない。だがはっきりと何らかの特殊能力スキルが行使された。そしてその結果は一目瞭然。


「は?」


「え?」


「ちょっ!?」


【愚者】目掛けて放たれたあらゆる攻撃が遠近問はずにその全てが【愚者】とは何の関係も無い明後日の方向に反れたのだ。中には別の者に斬りかかりそうになった者までいる。


「攻撃対象のランダム化か!?」


「負傷者はいるか!?」


「弓がかすった奴が複数居るがそれ以外は無事です!」


「どうする?これじゃ攻撃のしようがないぞ」


「近接組は後退!遠距離組は面射………放て!」


即席とはいえ皆場数を踏んだ歴戦の猛者共だ。判断も行動も早い。

物は試しと弓やそれに準ずる遠距離武器を有した奴が面制圧を目的とした狙撃を行う。


『『ガガガガガ自由奔放』』


だがまたもや逸らされてしまう。だが今度は起動が捻じ曲げられ、他の矢に当たって更に起動が変わった一本が【愚者】に掠った。


「よし、攻撃完全回避ではないようだn「雑賀さんあれ!」何だ!」


矢が掠り極小とはいえダメージを受けた【愚者】に変化が起きた。


「おい、まさかあれって…」


「ああ、あれだよな」


「でも何で?」


“ブウン”


【愚者】の頭上に突如として黒縁に白く塗りつぶされた長方形のホログラムとその下にいくつもの円が展開された。円の内一つは円グラフのようになっており、緑と白の二色で塗り分けられたそれが徐々に緑一色へと染まっていく。

やけに横に長い長方形は右端が一ミリにも満たないがその内側が少し灰色になっている。さもそれが何かしらのゲージを示すかのように。


「なんで」


ぽつりと漏らしたのは俺達α班隊長の雑賀妙斗。


「何で敵にHPバーが出てくるんだよぉっ!」


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【TIPS】

神々が人々のイメージにより、性格、性質、或いは性別すら変質してしまう様に、モンスターの最初の発生時も集合の無意識の影響を受けてしまう事が少なからずある。

例を挙げるならゴブリンから妖精の性質が薄れたり、スライムの物理耐性の減衰等が有名なところだ。

これは、そのダンジョンが存在する国家内での影響が多分に出る為、別国では同一モンスターのでも全く別の性質を持っていることもしばしある。

ではいかなる国家にも属しながら如何なる国家にも属さないという性質を内包する【電脳仮想領域 インターネット】内で、これは一体どの様な影響を齎すのだろうか?

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