知者嘲るは愚なる者 其の二


【愚者】の頭上に突如として出現したゲージバー。それは見る物が見ればあるものに見える事だろう。対象の生命力を表現するHPバーに。


「落ち着け!あれがまだHPバーって決まった訳じゃない。先入観を捨てて解析に当たれ!」


雑賀の呼びかけに一応の落ち着きを取り戻した冒険者達は指示通り謎の図形群の解析に当たる。


「仮にあれがHPバーなら下のいっぱいある円グラフ、いや円状のゲージか。あれは何だ?」


「兎も角攻撃しようぜ。一つだけチャージ中っぽいのがあるから残基とかでは無い筈」


近接部隊が攻撃を次々に仕掛ける。


「攻撃対象弄る奴に注意しろ!奴が何か能力を発動したら直ぐに退避だ!」


「能力が怖いから通常攻撃で行くぜ!」


「なさけねえなぁ…」


【愚者】の能力によって他人に攻撃を当ててしまう事を恐れてか、行われた攻撃は能力を介さない攻撃が主となった。


流石は【眷族】と言ったところで、【愚者】は素の身体能力も相当に高いのか、繰り出される攻撃を軽々とした身のこなしで躱している。


「おい、アイツ回避したぞ」


「ああ、能力を使わなかった」


「んで今ちょうどあの謎の円ゲージが回復した。試しに弓射かけてみようぜ」


「おう」


次々と飛来する無数の矢に対する【愚者】の反応は回避では無かった。


『『ガガガガガ自由奔放』』


【愚者】が能力を発動し、放たれた弓矢が明後日の方向へ乱れ飛ぶ中、先程完全な円状態に戻った円ゲージが一瞬で空になり、またチャージを始めるのを見て冒険者達は確信を持った。


「リキャストタイムゲージだ!」


────────────────────

リキャストタイム:一部のMMOなどで用いられるスキルや魔法などの再使用時間の事を示す用語。それぞれに割り当てられた時間はバラバラで、強力な物程長い傾向がある。

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「かかれ!今ならあの攻撃ランダムスキルは使えない!」


「ちょっ!まだ能力一個しか割れてないんだからそんな軽率な」


雑賀が止めるも如何せんこれは即席のパーティー、纏まりが今一つなのである。


『『ガガガガど忘れ』』


何人か冒険者達が能力を使った攻撃を仕掛けたその時、【愚者】が先程から何度も発動している能力とは別の円ゲージがリキャスト状態に入った。


「霞斬り!…ってあれ?」


「スラッシュ。…ん?」


「…特殊能力スキルが使えない?」


直後、攻撃を仕掛けた冒険者全員の発動中又は発動された特殊能力スキルが全てかき消された。


『『ガガガガガガガ栄枯盛衰』』


「っ!退避!」


更に続けて【愚者】は第三の特殊能力スキルを発動した。


「あっ…」


「うっ…」


「…」


その特殊能力スキルの発動直後、【愚者】の近くにいた冒険者が何人も倒れた。


「逸らし特殊能力スキルはまだリキャスト中だ!弓射かけろ!無事な者は負傷者を連れて退避!」


無数の矢がまた放たれ【愚者】のHPを削り取る。


「容態は?」


「外傷一切なし!ですがかなり衰弱してます。ポーションじゃ無理です。霊術による本格的な治療をしないと」


「くそっ!α班を5つの班に再編成する!内訳はさっき伝えた編成で行く!以降各班の呼称は火力班、防御班、遊撃班、後衛班、治療班だ!遊撃班は本部に負傷者を輸送、治療班はポーション投擲で戦線維持、遊撃は逸らし特殊能力スキルのリキャスト終了まで待機!残りの班は今のうちに仕掛けるぞ!これは現実であってゲームじゃ無い。だが今はゲーム気分で行け。俺達が倒すのは…レイドボスだ」


「「「「「「「おう!」」」」」」」


その時【愚者】の口が“ニィッ”と笑い新たな変化が発生した。


《双方の合意が確認されました》

《限定法則を適用します》

大規模戦闘法則レイドルールを適用》


途端、冒険者達の頭に【愚者】と同じくHPバーが現れる。


「つくづくふざけた奴だな」


「だがこちらもこれで各員の容態が正確に測れる。治療班が動きやすくなるだろう」


亮一郎のボヤキをひろった冒険者の一人がそう返す。


「ちげぇねぇ」


「火力班はDPS上げろ!防御班はヘイト稼げ!どうせふざけた戦いなんだ、楽しめ!」


「「「「「「「おおおおお!」」」」」」」


「そういや雑賀さんともう一人の【十二神将】猪鹿さんは?」


「さっき猪突猛進とか叫んで【愚者】に突撃してったよ。ヘイト稼ぎとDPS上げには完璧だけどそこまで考えてるようには見えなかったな」


~~~


α班が【愚者】を相手にレイドバトルを繰り広げる中、戦場の中央であるラブマシーンの繭の前では大きな変化が起きていた。


“パキッ”


大神の一撃を喰らっても、【眷族】が出現しても変化を見せなかったラブマシーンの入った黒繭が亀裂を立てて開いたのだ。


「ひっ!」


それは誰の声だっただろうか、だがそんなことはどうでもいい。それに悲鳴を上げたのは一人では無かった。

湧き出る圧力、物理的にはなんら影響を及ぼさない気配の様な物がその場の多くの者を震え上がらせた。


交わらない。

そう、交わらないのだ。

この気配の持ち主との友和など絶対にありない。

互いに互いを受け付けない。

片方が滅びるまで永久に争う因果の宿敵。

そういう物だと理解させられた。


「クルゾ」


その場にいる【十二神将】が一人、衣良図劔の言葉を合図にソレは姿を現した。


赤黒い筋骨隆々の肉体


以前背後に浮かべていた光輪は圧縮され頭上にあたかも天使の輪の様に浮かべている


光輪のあった場所には巨大な鍵が幾つも連なった鍵束を浮かべている


その上半身は正しく人外のソレであり三面六臂の阿修羅の如き作りをしている


下半身は以前とそれ程変わらないが、その身に纏う神々しくも機能美を備えた装備の数々が決定的な違いとなっている


六つの腕にはそれぞれバラバラの武器を構えており、その全てが凄まじい業物だと素人目にもわかる


これが【魔王】。これが人類が挑まなければならない究極の試練。その最初で最期化もしれない一体。


『待トウ』


「喋った!?」


『我ハ神ニヨッテ叡智ヲ授ケラレタ。喋レヌ道理ナド無イ』


それに返事をしたのはこの場のまとめ役を任された【十二神将・辰】こと佐藤恵一郎である。


「にしては片言というか合成音声みたいだな」


『ソレハ我ノ特性ノ影響ダ。諦メロ』


「そうか。それで、何を待つって?」


『無論、貴様ラノ【覇王】ダ』


「…何?」


『コレハ世界ノ所有者ヲ決メル戦イナレバ、王ヲ破ラネバ千ノ十字架ニスラ意味ガ無イ。故ニ我ハ貴様ラノ王ヲ待ツ』


「いいやお前は待つ必要が無い」


『何ダト?』


「お前は私達の王に合う前に、ここで消えていくんだからな!」


ラブマシーンは虚を突かれた様な顔をすると、途端に笑い出した。


『キシ、キシシシシシシシ!ヨカロウ。王ト戦ウ肩慣ラシダ。存分ニ遊ンデヤロウ!』


「その間に我々がぶち殺してくれよう!」


戦場魔物側中央にて最大規模の戦闘が開始した。


────────────────────

【TIPS】

ラブマシーンの様に他者を自身の手駒とするような能力を持たない限り、基本的に【魔王】の【眷族】とは一度っきりの最も信頼の置ける部下である。ならば当然【眷族】は絶大な力を持ち、それぞれの名を冠した強大な能力を保有する。その中でもとりわけ特別な能力を持つ【眷族】は【愚者】と【世界】である。

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