令和デスゲーム

泡芙蓉(あわふよう)

殺し合いと言う名の遊び

5月1日、今日から新元号になり平成から令和に代わる。


元号が変わったとしても日常生活に影響がある訳ではない。

相原辰巳は昨日と同じく朝食を食べてから学校へ行く準備を整え、高校に行くはずだった。


だがベッドのすぐ側に見たこともない黒猫が何食わぬ顔で座っているのを見て嫌な予感を感じた。


(何でオレの部屋に猫がいるんだ?)


自室の窓が開いていてそこから侵入してのかと思い確認してみるが少しも開いていない。

部屋の入口も締まっている。


猫がドアや窓を開けて、しかも中に入ると丁寧に閉める筈はない。

これは自分をびっくりさせようと母親がいたずらをしたのだろうか。

そんなはずはのだけど。


ふと黒猫に目線を戻すとニヤリと笑った気がしてドキリとした。


「全員起きたようだから今から簡単な説明をした上でゲームを開始する」


「喋った!」


黒猫の口が動き、確かにこの獣から声が発せられた。

高い、少女のような声音だった。


漫画ではあるまいし、そんなはずはない。

猫にスピーカーでも取り付けられているんじゃないのか。


「呑み込みが早い者とそうでない者がいるようだが、話を続ける。君らは訳あって令和に行けず平成の時代に閉じ込められた。ネットでもカレンダーでもよいが、令和と記載されている筈のものが平成のままであることが確認できよう。それが私の話の信憑性に繋がる筈」


オレは慌てて枕元に置いてあるスマホを手に取りネットで今日の元号を調べた。

確かに今日は2019年5月1日であるはずだが、元号の表記が令和ではなく平成になっていた。


さらに確認するために令和という単語を調べてみたが、人名やよくわからない記事がヒットするだけで元号に関するものは何も検索できなかった。


(そんなことってあるのかよ)


自分で事実確認をしたにも関わらず、辰巳はまだ黒猫が言った言葉を信じることができないでいた。


「まあすぐに信じるのは難しいだろう。だが信じられなくても最後まで私の話を聞いた方がいい。これから君たちは命の取り合いをすることになるのだから」


(命の取り合い?!)


漫画や小説であるようなデスゲームをこれから始めようというのだろうか。


「君が想像した通りだよ。そのデスゲームだよ。若いから順応が早くて助かるよ」


黒猫はにこっと笑った。

表情豊かな猫はこんなに不気味に見えるのかと辰巳は思った。


「この町には君を入れて10人の人間がいる。デスゲームのよくあるお決まりとして最後の1人になるまで殺し合ってもらうよ。当然例外は認めない。命の取り合いって当然嫌だよね。怖いだろうし、誰だって痛いのは嫌さ。ほんとは私も君たちにこんなことしてほしくないんだけど、神様の命令だから仕方ないんだよ。みんなだって上司の命令には逆らえないだろ? 社会人経験のない君には関係のない話か」


何が可笑しいのか黒猫はふふと可笑しそうに笑った。


「こんなことに巻き込んだお詫びと言ってはなんだけど、特別に、最後の1人になるまで生き残ることができたら賞金として100億円をプレゼントするよ。みんなお金は大好きだよね。宝くじのようなものだから税金もかからないし、まるっと君らの懐に入るよ。だから頑張って生き残ってね」


「ふざけるなよ。いきなり命の取り合いしろって言われてはいそうですかって納得できる訳ないだろ! しかも金を上げるからってはいそうですかで納得できるかよ」


「君にとって最高の条件だと思ったんだけどな。妹さん病気なんでしょ。海外で手術しないと数年しか生きられないんでしょ」


なんでそれをこの黒猫が知っているのだろうか。

確かに辰巳の妹である相原優菜は心筋炎後心筋症という心臓の病気だ。

海外で移植手術をしなければならないが、費用が2億かかる。

両親は何とかするから心配しなくていいと辰巳に言ったが、お金の目途が立っていないのは彼にも何となく分かっていた。

募金で賄えればいいが、一般家庭の子供にそんな大金が集まる事に期待できる筈もなかった。


「こんなチャンスこれから絶対ないよ」


黒猫はニヤニヤと笑う。


確かに黒猫の言う通りだ。

妹が生きている間に2億という大金を稼ぐなんてことは不可能だ。


殺し合う相手がどんな人間か分からない。

けどやるしかない。


自分だけが生き残ればいいだけだ。

宝くじを当てるよりも確率は高い。

辰巳は大切な妹の為に覚悟を決めた。


「わかった、やるよ」


「納得してくれてよかったよ。嫌と言っても君たちには拒否権はないんだけどね。じゃあ簡単にルール説明をするけど、君たちはこの町から出られない。だから必然的にこの町の中で戦うことになる。武器は何を使ってもいいよ。武器を持ってない人は頑張って探してね。1人死ぬ度に放送でお知らせするよ」


外からゲームの音楽でお馴染みの勝利のファンファーレが鳴った。

人が殺された時の合図にしては何とも軽い音楽だと思った。


「デスゲームというくらいだからゲームの音楽を使ってみたんだ。これが9回鳴るのを聞けるようにみんな頑張ってね。あと最後に、スマホの画面を見て」


スマホを見ると、何も操作していないのにこの町の全体が映し出されていた。


「デスゲームの間はスマホの画面はこの町の地図で固定だからね。赤くて細い線はこの町の境界で、障壁があるからそこからは出られないよ。青い点は自分、赤い点はこれから殺さなければならない敵だよ。死ぬとその赤い点は消えていくから分かりやすいね」


スマホの画面には確かに辰巳がいる自宅の位置に青い点が打たれていた。

そしてすぐ裏――北側の家に赤い点が1つ。そして数件隣の家にも赤い点。

すぐ側に敵がいることにぞっとした。


「まだ始まってないから部屋から出ちゃだめだよ」


黒猫は肩をすくめるような動作をした。

ざっと全体の赤い点を確認すると画面が暗くなった。


「この地図は10分おきに表示されるよ。地図が表示される時間になったらスマホのバイブで教えるから、できるだけ確認してね。後は自分が好きなように殺し合ってね。じゃあ今から10数え終わったらスタートだから頑張ってね」


「おい! いきなりかよ」


黒猫は有無を言わさずに10数え出した。

辰巳はすぐ側に敵がいるとさっきの地図を見て分かっているので、数え終わるまでに部屋を出ようとしたが部屋の入口も窓も開かない。窓を割ろうとして物を投げてみたが、強化ガラスのようにびくともしなかった。


神様の力のせいなのか何なのか数え終わるまでは部屋から出したくないようだった。


「2、1、スタート!」


デスゲーム開始の合図が出た。


間を置かず北側から窓を開けるような音がした。

辰巳はとても耳がよかった。

その為部屋の中にいても外から聞こえる僅かな音を聞き取ることができた。


その音で敵が自分に何かを仕掛けてくると思った辰巳は、とっさに南側の窓を叩き割って外に出て身を伏せた。

瞬間、先ほどまで彼がいた場所を轟音と爆風が爆ぜた。


(爆弾持ってる奴がいるのか!? そんな奴相手にするなんてシャレにならねぇ)


耳鳴りが治まるのも待たず、屋根から庭に植えた樹に飛び移り下に降りる。


先程まで自分がいた屋根が爆発する。


塀を飛び越え、道に出て走り出す。

後ろを振り返るが誰もいない。

右の家の屋根の上を見ると、男がいた。その手から辰巳に向かって投げつけられる。


死ぬ――と思った瞬間、誰かに誰かに腕を引っ張られた。


寸でのところで脇道に引き込まれ、爆発に巻き込まれずに済んだ。

爆弾の威力は弱いようで、すぐ側に当たれば即死だろうが物陰に隠れれば怪我もせずに済むようだった。


助けてくれたのは30代半ばの男性だった。

着ている制服から警察だとわかった。


「行くぞ」


「何で助けてくれたんだ?」


「これでも警察のはしくれだ。殺されかけている子供を見つけたらほっとける訳ないだろ。あの爆弾野郎が俺たちを見失っている間に逃げるぞ」


辰巳は彼が話している時に視界の端に大きめの石があるのを見つけていた。

男がこちらを見ていないのを確認し、石を頭に叩きつけた。突然のことに男は怯んでいる間に男の腰のホルダーに収まっている銃を奪う。


「くそ、せっかく助けてやったのに」


頭から血を流しながら男は吐き捨てるように言う。


「頼んだ覚えはないけど」


両手で銃を支え、男に銃口を向け、セーフティを外す。


「よせ、やめろ。協力した方が生き延びる確率は高く――」


彼が言い終わる前に引き金を引いた。

思っていたよりも衝撃は大きかったが距離が近かったため簡単に頭を狙えた。


「1人しか生き残れないんだから協力する意味ないだろ」


勝利のファンファーレが鳴り、最初の脱落者が確定した。



ファンファーレが鳴り終わらない内に後ろの方から悲鳴が聞こえた。

爆弾男のいた方だ。

直後に爆発音。


誰かが襲われているらしい。


銃の中を見ると残りの弾は4発。

爆弾男と誰かがやりあってるならそのすきにどちらかを殺せるかもしれない。


確認するために戻ると、首から大量に血を流した男が倒れていた。

側に日本刀をもった男がいた。


また勝利のファンファーレがなる。

後ろを向いて気づいていない。

ファンファーレで気配に気づかない。

後ろから銃で狙った。

その時辰巳は何かが風を切るような音を聞いて咄嗟に伏せた。

刀を持って男から悲鳴が聞こえる。


男の背中には針が刺さっていた。

それだけなら致命傷にはならないが、毒が塗られているのか苦しいようで胸を押さえてもがいている。


背後を見ると中学校の制服を着た少女がいた。

妹と同じ年齢の女の子が大の大人を殺したとは目の前で見ても信じられなかった。


少女は辰巳に針を投げつける。

それを横に転がって回避し、走って脇道に入る。


少女は追いかけてくるかと思ったがすぐに少女がいた辺りから発砲音が鳴ったため襲われているのかもしれない。


あの少女とは2度と会いたくないと思った。

さすがに妹と同じ年齢の女の子を殺すのは気が引ける。

次対峙すれば彼女を殺さなければならない。

どうかあの少女は他の人に殺されるようにと辰巳は祈った。





デスゲームが始まって1時間経った。

この1時間で8回ファンファーレが鳴り、あと1人死ねばこの戦いは終わる。


もっと長期戦になると思ったが意外と決着は早かった。

結局辰巳はまだ1人しか殺していない。

持ち前の耳の良さで周りの状況を判断できたから危険を回避できたのかもしれないし、たまたま運がよかったのかもしれない。


妹の為、最後まで油断しないでいこうと心を引き締めた。


空き地の横を通った時、風に乗って僅かにカチリと音が気がした。

頭で考えるよりも先に体を捻る。

発砲音と同時に頭すれすれに弾が飛ぶ。


1瞬でも反応が遅ければ今頃頭を吹き飛ばされていただろう。


辰巳は空き地の草陰に向かって走る。

同時に銃のセーフティを外し、草陰に隠れていた男に銃を突きつける。


次の弾を装填していた男の動きが止まる。


「待ってくれ。俺には帰りを待っている家族がいるんだ。それに助けてくれれば半分はあんたの家族に――」


最後まで言わせずにトリガーを引いた。


男の頭に風穴が開いた瞬間最後の勝利のファンファーレが町に響き渡る。


最後まで勝ち抜けたんだ。

ほっとして力が抜け、膝を付いた。


「おめでとうございます! お見事でした!」


側に黒猫がいた。


まったく足音がしなかった。


「最後の1人になったから100億はオレのものなんだよな」


とんだ茶番に付き合わされた気分だが、これで妹は助かる。

そして余ったお金で家族と旅行いったり家を買ったりなんでもできる。

終わってみると命をかけたかいはあったのかもしれないと思った。



「何を言っているんですか?」


黒猫はとぼけたように言った・


「何って」


「そうでした。この状態じゃまだ記憶は戻らないんですよね。うっかりしてました」


黒猫はそういうと辰巳に近づき、彼の体に手を付いた。


瞬間周りが暗闇に包まれた。


そして辰巳の記憶が戻った。


「お帰りなさい、神様」


(そうだった、オレが神だったんだ)


神はとても暇だ。

やらなければいけないことはたくさんあるが、神の力を使えば簡単に終わってしまう。

だから暇つぶしに人間を集め、殺し合いをしていた。


「今回はどうでしたか?」


「つまんなかったな。次はもっと強い奴を集めろよ」


「かしこまりました」


さて次はどんな奴と殺し合えるのだろうか。

それかもっと楽しそうな遊びを考えた方がいいのかもしれない。


想像して神はにやっと笑った。

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